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037 魔導具学部長の受難

 今まで温和な表情で、丁寧で低姿勢だったゲラルドの豹変に、魔道具学部長は恐怖を感じた。

 それに、鷲掴みにされた髪の毛がとても痛い。

 ブチブチと髪の毛が抜けて、ちぎれる音がする。


「待ってくれ、ち、ちがう、違うんだ」

「いいや、違わない。なぜ魔道具を完成させない? もっと俺から金をとろうとでも思っているのか?」

「本当に違うんだ! 難しくて——」

「難しくて? たかが助教の魔道具だ、俺ならすぐにできるって言ったのはお前だろうが」

「だ、だけど、本当に難しくて」

「ということはなにか? お前は怠慢でも私を舐めているわけでもなかったと」


 魔道具学部長は何度も何度もうなずいた。


「つまり、助教が完成間近まで完成させた魔道具を、完成させられないぐらいお前は無能ってことか?」

「…………」


 自分を無能と認めることは、プライドの高い魔道具学部長にとって難しかった。


「おい」


 沈黙した魔道具学部長を見て、ゲラルドが黒づくめの男に声をかけた。


「…………」

 男は無言で消えると、すぐに戻ってくる。

 その肩には布袋を担いでいた。


 男は布袋を魔道具学部長の前に投げ捨てる。


「ぐぇ」


 布袋の中からうめき声がした。

 なにやら布袋の中には、生きた人が入っているらしい。

 よく見たら布袋のいたるところが、血に染まって赤くなっている。


「だ、誰なんだ?」

「誰だと思う?」


 そう言いながら、ゲラルドは布袋の口を開ける。


「ひっ!」


 魔道具学部長は思わず悲鳴を上げた。

 中に入っていた人物は首から上しか見えないが血まみれだ。

 魔道具学部長には、まったく見覚えのない人物だった。


「ぅぁ……」


 呻く血まみれの人物に対して、ゲラルドは、

「おい、お友達を連れて来てやったんだ。挨拶しろ」

「…………ぅぅ」


 血まみれの人物は意識が朦朧としているようだ。

 まともな言葉を発することができていない。


「ったく。おい、まだ気付かないのか? お友達だっていうのに」

「と、友達だと? 俺はこんな男を知らない」

「薄情だな、お前と仲のいい学院長だよ」


 そういってゲラルドは笑う。

 何か所も顔の骨が折れているようで、人相が全く変わっている。

 髪の毛も力づくでむしられたようだ。頭皮が剥がれて血が流れていた。


 首から上がこの状態なのだ。

 恐らく首の下も、大変な状態になっているのだろう。


「私を舐めているようだったから『話し合い』をしたらこうなった」

「話し合いですか?」


 魔道具学部長は思わず敬語を使っていた。


「お前が無能なら、生かしておく価値はないんだがな」

「私は、無能じゃないです」

「なら、舐めていたのか? 『話し合い』が必要か?」

「ち、違います!」

「違う? どう違うんだ?」


 命の危険を感じた魔道具学部長は一瞬で頭を巡らせる。


「いえ、おっしゃる通りです。慢心があったのだと思います。申し訳ありません」

「ほう?」

「心を入れ替えて、すぐに完成させますので、どうかどうか、お許しください」

「ふむ」


 すると、ゲラルドは笑みを浮かべる。

 魔道具学部長が見慣れた、優し気でどこか卑屈な笑みだ。


「それならばいいんですよ、先生」

「あ、あぁ」

「私は、先生に、期待しておりますからね」

「お任せください、ただ、研究開発の道具が研究室にあって……」


 何とか解放して欲しくてそんなことを言う。


「ああ、それならば問題ありませんよ。先生のために研究室の開発道具や研究ノート、その他いろいろを丸ごと持ってきましたから」

「あっああ……」

「先生に、わざわざ帰っていただかなくても、ここで研究できるようにしておきましたからね」

「ですが……」


 魔道具学部長は、無事に解放してもらえるように色々と言おうと思った。

 研究員が必要だとか、資料がいるとか言えば、研究室に返してもらえるかもしれない。


 研究室に戻れば、人目がある。

 乱暴もされないだろうし、助けを求めることもできるだろう。


 そのとき、黒ずくめの男がゲラルドに言う。

「こいつ、どうしますか?」


 男の言うこいつとは、学院長だ。


「そうですね。これだけ痛めつけたら逃げようとはしないでしょうし、治癒魔法をかけてもいいでしょう」

「わかりました」

「まだ、色々使いようがありますから」


 男は布袋に入った学院長を担いで部屋の外に行った。


「学院長先生はねぇ。反抗的だったからああなったんですよ」

「反抗的……」

「研究は学院じゃないとできないとか、そういうことを、しつこくおっしゃいましてね」

「…………」

「しかし、私たちは優しいので、学院長先生を殺したりはしません。攻撃魔法の権威ですからね。色々と教えていただきたいこともありますし……」


 有用な間は殺されない。ならば、まだ希望がある。

 そう魔道具学部長は考えた。


「必要なのは知識ですからね。『話し合い』をすれば学院長先生は快く教えてくれます。最近では薬を使って——」


 ゲラルドはいかに脳を痛めないよう、精神を痛めつけるのかを楽しそうに語る。

 学院長は解放されたとしても、もう日常生活は送れないに違いない。

 そう魔道具学部長に確信させるに充分な内容だった。


「わ、私は、反抗しません。誠心誠意全力を尽くします」

「それなら良かったです。私も先生と『話し合い』なんてしたくないですからね」


 ゲラルドは優しそうな笑みを浮かべていた。

 その表情は、どう見ても善人にしか見えなかった。



  ◇◇◇◇◇

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