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051 学食とぼっちのロッテ

 研究拠点としては辺境伯家の離れに加えて二つ目である。

 とはいえ、今は辺境伯家の離れでの研究が気に入っているので、そちらで過ごすことになるだろう。


 俺は学院長にお礼を言って、帰宅することにする。


 広い賢者の学院の中を歩いていると、

「面白そうなところなのじゃ」

「まあ、楽しいこともある」

「ここが、主さまが長年暮らしていた学院なのじゃなぁ」


 ハティは興味津々と言った様子で、きょろきょろしていた。


「せっかくだ。ハティ。適当に案内しよう」

「やったのじゃ!」


 俺はハティを肩に乗せて、広い学院を歩いてみてまわる。

 ハティはずっと目を輝かせていた。


 一通り見て回り、最後に学食によって、ハティにパンケーキを食べさせる。


「うまいのじゃうまいのじゃ!」

「それはよかった。学院の食堂は安くて美味い」

「すばらしいのじゃ」


 ハティは本当に美味しそうにパンケーキを食べる。

 そんなハティを見ていると、俺も食べたくなったので注文しにいった。


 学食は基本的に全部セルフサービスなのだ。

 パンケーキを受け取って、戻ってくるとハティが言う。


「主さま、ロッテがきたのじゃ!」


 ハティの指さす、食堂の入り口を見ると、ロッテがいた。

 ロッテは周囲を五人に囲まれている。


「ロッテは可愛いお友達が沢山いて楽しそうなのじゃ」

「可愛い……か」


 相変わらずハティは人なら誰でも可愛いという。


「ロッテも友達を沢山作って、馴染めているようじゃ。主さま、安心したかや?」

「…………いや、ハティ。あれをぼっちという」

「そ、そうなのかや?」

「ああ、ロッテの周囲に学生が皆無だろう?」

「そ、そうなのかや。気付かなかったのじゃ」


 古竜のロッテには学生とそれ以外の見分け方が難しいのだろう。

 賢者の学院は魔導の最高学府だけあって、歳をとった学生も少なくないので仕方がない面はある。


「ロッテの周囲にいるのは全員護衛だよ」

「護衛?」

「あんなことがあったばかりだ。近衛魔導騎士だろうな」


 皇太子によれば、ガラテア帝国と関係のある怪しい秘密結社が暗躍しているという。

 そいつらが狙うのは、ラメット王国の王女であるロッテだ。

 先日あった学院長たちの襲撃も、狙いはロッテに違いない。


「近衛魔導騎士だったのかや。みんな学生だと思ったのじゃ」


 歳のとった学生も少なくないとはいえ、ロッテの周囲にいるのは五人は全員おっさんだ。

 それも三十代から五十代の体格の良いごついおっさんばかりである。

 そのうえ、全員がものすごく顔が恐い。

 近衛魔導騎士は強大な魔物ばかり相手にしているので、そういう面構えになるのだろう。


「あそこまで体格が良く、しかも鍛え上げられている学生集団は滅多にいないよ」

「そうなのかや……。もしかしてロッテは仲間はずれにされて、いじめられているのかや?」

「そういうわけではないだろう。ロッテは王女だからな。学生たちも近づきにくいだけだ」


 そのうえ、顔が恐くて、でかいおっさんが常に周囲を固めているのだ。

 学生たちとしても近づくのは容易ではないだろう。


「ロッテがかわいそうなのじゃ」

「そもそも、賢者の学院は学ぶところであって、友達と遊ぶところではないからな」

「そうなのかもしれぬのじゃが……」


 友達が居た方が楽しいこともあるだろう。

 だが、友達は居なくても、何の問題もないのだ。


 そんなことをハティとこっそり話し合っていると、


「あ、お師さまとハティさんではありませんか」


 ロッテに気付かれた。

 ロッテは嬉しそうに駆け寄ってくる。

 護衛の近衛魔導騎士たちから黙礼されたので、俺も黙礼を返す。


「お師さま、ここ座ってもよろしいですか?」

「もちろんだ」


 ロッテはにこりと笑って、俺の斜め前に座った。

 正面に座るハティの隣である。


「ロッテはおやつを食べに来たのか?」

「いえ、お昼ご飯です」


 ロッテが座ると、護衛の一人が食事を注文しに向かった。

 警備の兼ね合いで、ロッテが自分で食事を注文しに行くと、護衛もぞろぞろとついて行くことになる。

 それは他の者の迷惑になりかねない。

 だから、護衛が注文しに行くのだ。


 王族というのは、学食で食事するにも、色々と気を遣うようだ。


「随分と遅い昼食なんだな」


 俺は皇太子との昼食会の後、会談した。

 それから新学院長に挨拶して、研究所に案内された後、散策がてらここに来たのだ。

 今は昼食と夕食の間ぐらいの時間である。


「昼食時は混んでいるので……」

「ああ、確かに混むよな」


 俺が学生だった頃も、お昼休みは学生でごった返していた。

 そんな混んでいる食堂に、護衛をぞろぞろ連れていくのは気が引けるのだろう。


「そんなことは気にしなくてもいいんだぞ?」

「いえ、お昼休みは自習したいので」

「なるほどなぁ」


 そんなことを話している間に、護衛の一人がロッテの食事を運んでくる。


「ありがとうございます。いただきます」


 ロッテは昼ご飯を食べ始める。

 その周囲を護衛はしっかりと固めていた。


「護衛の方々はお昼ご飯を食べましたか?」

「ご配慮ありがとうございます、ヴェルナー卿。ですが私達は午前と午後、夜間の三交代制でございますので」


 午後の護衛たちは昼ご飯を済ませてから来ているらしい。

 それならば安心だ。


 昼ご飯を食べながら、ロッテが尋ねてくる。


「お師さま。今日はどうして学院にいらっしゃったのですか?」

「皇太子殿下から聞いていないか?」

「はい。なにも」

「皇太子殿下の計らいで、賢者の学院に再就職することになったんだ」

「それは、おめでとうございます!」


 ロッテは嬉しそうにそう言った。

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