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053 オイゲン商会の魔導具師

 それは、今年卒業予定の俺の教え子の一人だった。

 卒業研究も全て終わっているが、卒業式はまだなはずだ。


 名前をベルント・クリールという。


「どうしたんだ? あ、オイゲン商会に就職したのか?」

「はい! 先生の教えのおかげです!」


 まだ卒業していないが、働きたくなって来ているのだろう。

 勤勉なことである。

 オイゲン商会の魔道具師は高給なので、働きがいもあるに違いない。


「それはよかった。就職おめでとう」

「ありがとうございます! 全て先生のおかげです」

「いやいや、俺は何もしていないさ。クリール君が頑張ったからだよ」


 そういうと、クリールは首を振る。


「私が賢者の学院を卒業できたのも、魔道具作りを好きになれたのも、先生に会えたおかげですから」


 クリールは、人格者で知られる大審院判事の息子である。

 親の良いところを受け継いだのか、いつも謙虚で礼儀正しいのだ。


「それだけに卒業式で先生に会えないのは残念です」


 そうクリールは心底悲しそうに言う。

 俺が再就職したことは知らないのだ。


「卒業式は俺も行く予定だよ」

「え? 大丈夫なんですか?」

「ああ、再就職したからな」


 そして、俺は新しく得た役職をクレールたちに教える。


「それは、おめでとうございます!」

「とはいえ、当面学院では研究しない予定ではあるのだが……」

「先生は、辺境伯家の庭にある離れで研究されておられるんですよね?」

「そうそう。そちらの方が便利でな。研究室のベッドもシャワーもあるからな」

「いいですね! うらやましいです」


 学院の研究室にベッドを置くのはためらわれる。

 だから泊まるときは毛布にくるまって眠っていた。

 身体が痛くなるし、冬はとても寒いのだ。



 それから、俺はクリールや他の魔道具師にロッテを紹介する。

 王女であることは言わずに、単に俺の新しい弟子であると紹介した。


 そして、皆が気になっていたであろう俺の肩で大人しくしているハティのことも紹介する。

 竜を見るのは初めてだった者も多かったようだ。



 ロッテたちと魔道具師たちの挨拶が終わると、俺は持ってきた魔道具を工房の机の上に置く。

 二種類の魔道具を複数個並べていった。

 そのほとんどは俺が息抜きにパパッと作った物だ。

 だが、その中に一つだけロッテが作ったパン焼き魔道具も混ぜてある。


「これが先生の新作ですか?」

「一種類は改良版だから、完全新作は一種類だけなんだがな」


 クリールを含めたオイゲン商会の魔道具師たちが俺の魔道具を観察する。

 クリールがお湯を作る魔道具を手に取って言う。


「先生。こっちはお湯を作る魔道具ですよね」

「その通りだ。よくわかったな」

「はい。構造がほとんど一緒ですし、基本的な魔道具作りの方針も一緒ですし……」


 そして、パン焼き魔道具を手に取る。


「これは何でしょうか? 加熱? する機構があるのはわかりますけど……」

「それはパンを焼くための魔道具だ」


 俺の言葉でクリールを含めた魔道具師たちが目を見開いた。


「……なんと? そんな物を作れるんですか? どうやってです?」

「教えてください!」

「えっとだな、まず——」


 前のめりになっている魔道具師たちを落ち着かせると、俺は説明をした。


「……そんな方法があったとは、流石ヴェルナー卿です」


 クリール以外の魔道具師たちは驚愕していた。

 だが、クリールはうんうん頷く。 


「新しい技術は使われてないのに、それを組み合わせてこんな物が作れるとは思いませんでした」

「発想は大事だ。と俺は教わった。使い古された技術でも組み合わせ次第で新しい物が作れると」

「大賢者ケイのお言葉ですか?」

「そうだよ」


 それから、俺は二種の、魔道具の作り方の解説を行なった。

 オイゲン商会の魔道具師たちは優秀なので、解説をすんなりと理解してくれた。


「まあ、わからないことがあったら、いつでも聞きに来てくれ」

「ありがとうございます!」

「サンプルは置いておこう。好きに解体するなり、売るなりしていいぞ」


 それから俺とロッテ、ハティはオイゲンと一緒に応接室へと戻った。

 そこで契約書を交わす。

 二種の魔道具の、独占的な製造販売の許可を与える代わりにロイヤリティ収入を受け取る契約だ。


 契約を交わすのは初めてではない。

 いつも通りの条件で契約を結ぶだけなので、すぐに終わる。


 契約を交わした後、オイゲンが

「ところで、ヴェルナー卿。ゲラルド商会についての噂はご存じですか?」

「噂?」

「まだ確定情報ではないということを念頭にお聞き頂けたらと思いますが」


 そう前置きしてからオイゲンは言う。


「ゲラルド商会は学院長、あ、既に前学院長ですね。彼と前魔道具学部長とつながっているらしいと」

「ふむ。それはなんとなく予想できるが……」

「それだけでなく、怪しげな秘密結社ともつながっているらしいと」

「光の騎士団か?」

「なんと、ご存じでしたか?」

「いや、知らない。なんとなくそうかも知れないと思っただけだ」


 俺がそういうと、オイゲンはロッテに目を向ける。


「ラメット王国とも関係のある噂ではあるのですが、ゲラルド商会と光の騎士団はガラテア帝国とつながっているという話も聞きます」


 それを聞いてロッテは真剣な表情で、オイゲンを見つめた。

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