俺の魔道具製作の手が止まった。食欲が刺激される。
気付いていなかったが、どうやら俺はお腹が空いていたらしい。
「いい匂いだな。研究室にそんな食材があったとは」
「道具も材料も、屋敷からもらったのじゃ!」
ハティは、俺の知らないところで色々と準備をしてくれていたらしい。
「余りにいい匂いでお腹が空いてきたぞ」
「りゃむっりゃ!」
俺の懐の中にいるユルングの尻尾の揺れがさらに激しくなってきた。
そのうえ、俺の服の襟を咥えてしゃぶり始めた。
ユルングのよだれが凄い。
「もう少し待つのじゃ。まだ、完成ではないのじゃ!」
ハティは溶けたチーズの上にバターを載せる。
そして、さらに炎ブレスをそっと吹きかけた。
最後に溶けたバターの上にこしょうを振る。
「主さま! 出来たのじゃ」
「ありがとう。とても美味しそうだな」
「主さま、食べて欲しいのじゃ!」
「りゃあ」
そう言ってハティは真剣な表情で俺をじっと見つめてきた。
俺は最初にハティの作ってくれたチーズとバターを載せたトーストを口に入れる。
「あ、うまい」
「そうかや? よかったのじゃあ」
「りゃ!」
「ユルングも、ほら」
「りゃむりゃむ」
俺はトーストをちぎって、ユルングの口に入れる。
ユルングもおいしそうに食べた。
それを見て、ハティも自分の作ったトーストを食べる。
「うん。美味しいのじゃ。主さま。目玉焼きも食べて欲しいのじゃ」
「ありがとう。目玉焼きとハムも美味しそうだな」
白身の部分から口に入れる。
ほどよい塩かげんで、とても美味い。
半熟の黄身が濃厚な味わいだ。
ハムの塩加減も良い。トーストによく合っている。
「本当に美味い。ハティは料理が得意だったんだな」
「りゃりゃ」
催促されるので、ユルングの口にも目玉焼きを入れる。
自分とユルングが交互に食べている感じになった。
「それほどでもないのじゃ。屋敷で教えてもらったのじゃ」
「勉強熱心だな。ブレスの力加減も難しかっただろう?」
「美味しいものを食べるため、そして食べてもらうためなのじゃ!」
「ありがとう」
「えへへ」
「りゃむりゃむ」
ハティは自分の作った美味しい朝ご飯を食べながら、ご機嫌に尻尾を振っていた。
ユルングもご機嫌だ。
朝ご飯を食べ終わると、俺が皿とフライパンを洗う。
ハティは自分が洗うと言っていたが、その皿洗いぐらいはすべきだろう。
「りゃあ〜」
ユルングが皿洗いを手伝いたそうに、俺の懐に入ったまま、皿目掛けて手を伸ばす。
いや、手伝うというより、なんか面白そうだから手を伸ばしただけかもしれない。
「ユルングはまだ手伝わなくていいからな」
「りゃ?」
お手伝いは、もう少し大きくなってからでいい。
ユルングは人間でいえば一歳にもなっていない赤ちゃんなのだ。
俺が皿洗いをしていると、研究所に誰かがやってくるのがわかった。
「ハティ、誰か来たみたいだ。対応を頼む」
「わかったのじゃ!」
ハティはふよふよと玄関まで飛んでいく。
「隊長と近衛魔導騎士たちと、コラリーなのじゃ」
事情聴取の終わったコラリーを、わざわざ連れて来てくれたのかもしれない。
何度もコラリーへの丁重な扱いをお願いした。
ロッテにもコラリーをよろしく頼むと伝えてある。
「もしかしたら、コラリーについて責任を取れと言うことかも」
コラリーは操られていたとはいえ元犯罪者。それも、腕の立つ元犯罪者だ。
そして、辺境伯家の嫡子である姉を襲った実行犯でもあるのだ。
そのまま解放というわけにも行かないのだろう。
それに、敵から口封じ、もしくは見せしめに殺される可能性だってある。
そんなコラリーを安全に処遇するには、人手もお金もかかる。
だから、今後のコラリーについても、俺に任せようと言うことかも知れない。
「ハティ開けてやってくれ。対応を頼む」
「任せるのじゃ!」
ハティは結界を解除し、扉を開ける。
「コラリーと隊長、それに騎士たち、よく来たのじゃ!」
「おはようございます。ハティさま。コラリーさんの件についてご相談に……」
「わかったのじゃ! うむうむ」
「あのヴェルナー卿は……」
「主さまは、今皿洗いで忙しいから、中に入って待っているといいのじゃ。外は寒いのじゃ」
ハティがそう言って、隊長は始めて流しで皿洗いしている俺に気付いたようだ。
「え? あ、ありがとうございます」
どうやら、隊長は困惑しているようだった。