ケイ先生が、俺にロッテを託した理由もわかった気がする。
過酷な環境にいると、ケイ先生は手紙に書いていた。
過酷すぎて、ロッテにぎりぎりの環境を用意できないのだろう。
まあ、ケイ先生が本当のことを言っているとは限らないが。
「まだまだ!」
俺は、これまでの動きではぎりぎりかわせない程度の攻撃をロッテに繰り出す。
「ひぁぅ」
情けない声を上げながら、ロッテはかわす。
コラリーとの試合も含めて、ロッテの訓練時間が一時間ほどになったとき。
「——」
突然、ロッテは立ったまま気絶した。
「ロッテ?」
「——すぅ」
綺麗な寝息を立てている。
頭を打って急に眠ったのならば心配すべきだが、頭は打っていない。
ただ、寝ているだけだ。
「魔力が尽きたか」
「……大丈夫?」
「りゃ?」「ふぁるる?」
ユルングとファルコン号も心配そうだ。
「大丈夫だよ。病気でも怪我でもないからな」
コラリーはかすり傷は負わせていた。
だが、俺はかすり傷も負わせていない。
手加減が、コラリーより俺の方がうまいからだ。
「遊ぶのに夢中になった子犬みたいだな」
楽しい楽しいとはしゃぎまくった子犬が、突然魔力が切れたかのように寝落ちすることがある。
楽しいとはしゃぎまくっているわけではないが、寝落ちの仕方が子犬に似ていた。
「……すごい」
「確かに凄いな」
俺は地面に布を敷いて、ロッテを優しく横にする。
「……どうやったら、そこまで限界まで動けるの?」
「俺にも無理だ。特技なんじゃないか」
「…………すごい」
コラリーが再び「すごい」と繰り返す。
俺も凄いと思う。恐らく、勇者の特殊技能の一つだろう。
普通の人は、魔力消費するごとに、疲労するごとに、徐々に動きが悪くなっていく。
だが、勇者は最後の最後まで、全力が出すことができるようだ。
(子犬というよりも、まるで戦闘用魔道具のようと言った方が正確か)
神の作った戦闘魔道具。
それが勇者なのかもしれない。そんな気がした。
「さて、コラリー、水でも飲んでゆっくりしよう」
「……ん」
俺はコラリーに水を渡して、自分も飲む。
ついでに、ユルングとファルコン号にも水をあげる。
俺はロッテの顔に付いた泥を拭う。
ロッテは全身泥だらけだ。死に物狂いでもがいていたからだ。
「それにしても……」
魔力が尽きて、気絶すると言うことは、魔法を使っていたと言うこと。
驚異的な能力発揮と成長は、恐らく勇者の固有魔法だろう。
限界まで全力で動ける特技と、能力発揮と成長を組み合わせれば、あっというまに強くなりそうだ。
そんなことを考えていると、水を飲み終わったユルングがコラリーの肩に乗った。
「りゃあ?」
ユルングが、コラリーの頭を撫でている。
気落ちしたままのコラリーが、ユルングは気になったのだろう。
「コラリー。すまない」
「……なにが?」
コラリーは首をかしげる。
「えっとだな……」
少し考えたが、コラリーには直接的に言った方が良いだろう。
「ロッテを殺しかけたと思ってへこんでいるんだろ?」
「…………」
「ああなることを俺は望んでいた。その方がロッテの訓練になると思ったからだ」
「……うん」
「実際、ロッテのよい訓練になったと思う。コラリーの最後の攻撃のおかげで緊張感をもって俺との訓練に入ってくれた」
「…………」
最初から俺相手に訓練していたら、ロッテはそこまで緊張感を持たなかっただろう。
ロッテは、俺が自分を殺すわけが無いと信じてくれているからだ。
それに、俺が手加減を失敗してロッテに怪我を負わせるとも思っていない。
信頼はありがたいし嬉しいが、命の危機を感じて欲しい訓練には邪魔だ。
「だけど、コラリーに対する配慮が足りなかった。すまない」
「……いい」
「これからは、俺とロッテで訓練しよう」
「……大丈夫。やる」
「無理をするな」
コラリーに精神的負荷を与えてまで、訓練することがいいとは思えない。
「……大丈夫。びっくりしただけ」
コラリーはそういうが、無理しているのは明白だ。
「そうだなぁ」
「…………大丈夫。できる」
コラリーがそう強弁するのは、役立たずだと思われたくないという意識が強いからだろう。
この状態でコラリーをロッテの訓練から外したら、却ってショックを受けそうだ。
「そっか、大丈夫か」
「……うん、大丈夫」
「それはそれとして、訓練法を練習しよう」
「……練習?」
「俺もコラリーも今回の訓練で、課題が見つかったからな」
「……うん」
「教えるのも技術がいるから、当然練習も必要だ」
「…………うん。当然」
「また、あとで練習するぞ」
「……わかった」
俺がコラリーの攻撃を余裕で受けられるという信頼を得ればよい。
そうすれば、はずみで殺してしまうかもという思いも薄れるだろう。
そのための訓練だ。
俺自身も、手加減の精度を上げたいという思いもある。
そんな話をしている間、ロッテはすやすや眠り続けた。