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113 ヴェルナーの告白

 しばらくコラリーは沈黙した。

 研究所の中は静かだ。

 ユルングとファルコン号の寝息だけが聞こえてくる。


「………………身を守るために?」

「それで殺したこともあった」

「……も?」


 身を守るために殺すことは、たまにある。

 殺されそうになって反撃して殺した場合は、罪の意識はあまり覚えない。

 なぜなら、殺さなきゃ殺されていたから。

 誰だってそうするし、そうするべきだ。そう思う。


「それとは別にケイ先生の指示で冒険者をやったことがあってだな」


 ケイ先生は修行と称して、たまに魔道具とは関係ないことをさせるのだ。

 凶悪な魔物の巣くうダンジョンに放り込まれたこともあった。


「盗賊団退治の任務の際に殺した」


 生死構わずのクエストではあった。

 それに捕まれば縛り首になるのも確実だった。

 だが、俺がこの手で殺したのは間違いない。


「捕縛すればいい任務だったんだが、俺も未熟でさ。逃げられそうになったんだ」

「……それで」

「俺の身は危険ではなかった。俺に背を向けて一目散に逃げる盗賊を魔法で殺した」

「…………悪い奴だったんでしょ?」

「そうだよ」


 それまでに何人も、いや何十人もの罪のないものを殺した極悪人ではあった。

 そいつを逃がせば、ほぼ確実に、無辜の数十人が将来殺されることになっただろう。

 だが、未来のことは、ただの推測だ。


「もしかしたら、今回のことに懲りて、心を入れ替えて真面目に働くようになったかもしれない」

「……そんなことは」

「将来のことはわからないからな」


 そいつは楽しそうに無辜の民を殺し、女子供を犯し、財物を奪ってきた極悪人らしい。

 だが、もしかしたら仲間の目が怖くて楽しそうに振る舞っていただけだったのかも知れない。


「そいつにも人生があり、いろいろな事情があったんだろう」

「……うん」

「でも、俺は殺したことを悪いことだったとは思っていない」

「…………」


 正直世の中のためになったとすら思う。


「というか、姉さんも、それに父上も人を殺している」

「……そうなの?」

「そういうものだよ。二人とも統治者だからな」


 極刑を廃止して、民を支配できるほど、統治能力の高い者はいない。


「ロッテだって、今は人を殺したことはないだろうが……。国に帰って要職に就けば、殺すことになる」

「…………」

「基本的に人殺しは悪いことだが、人を殺すことそのものが悪いわけではない」


 殺されそうになって、身を守るためにやむを得ず殺した者を非難する者はいない。

 極悪人を死刑にする統治者は民から尊敬されても、非難はされない。

 敵兵を大量に殺した兵士は英雄となる。


「……つまりどういうこと?」

「えっとだな。人殺しが悪になるかそうでないかは、状況次第。それはわかるか?」

「……わかる」

「お金のために人を殺したり、腹が立って殺したりとか、そういうことは悪いことだ」

「……うん」

「だが、魔道具で完全に身体の自由を奪われ、操られて殺人に手を染めさせられたのなら、悪いのは操った奴だ」

「……私は?」

「たとえ、その手で人を殺したとしても、悪くないよ」

「……本当?」

「本当」


 ロッテを殺しかけたハティや、近衛魔導騎士団や王都の民を虐殺しかけたユルングも悪くない。

 ハティもユルングも未遂で終わった。

 だが、たとえ、止めるのが間に合わず殺してしまっていたとしても、悪くはない。


「それと同じだ。コラリーも悪くない」

 悪いのはあくまでも魔道具を使って、殺させようとした奴だ。


「…………本当?」


 コラリーは念を押すように再び尋ねてくる。


「本当だよ。コラリーは悪くない」


 むしろ被害者だ。

 小さい頃、住んでいた村が襲われ、家族を殺されさらわれたのだ。

 その後、過酷な環境で虐待され、魔道具を使って道具として使われたのだ。


「コラリーは悪くないよ」

 俺は何度も繰り返す。


「……ふえ、ふぇぇぇぇ」

 コラリーは俺の背中にしがみついたまま、泣き始めた。


「りゃ? りゃぁ〜」


 目を覚ましたユルングが泣いているコラリーの頭を撫でに行く。


「りゃゃぁぁ」

「……ありがと。ふぇぇぇ」

「りゃ」


 ユルングに撫でられながら、コラリーはしばらく泣き続けた。

 そして、すすり泣く声は、寝息へと変わる。


「ユルング、良い子だな」

「…………ゃぁ」

 ユルングはコラリーの頭を撫でながら半分眠っている。


「寒くないか?」

 コラリーの頭を撫でるために、ユルングは布団の外に出ている。


「……すぅ」

 ユルングの返事はない。ほとんど眠っているらしい。

 風邪を引いたら困るので、俺はユルングを掴んで布団の中に入れると、お腹の前で抱いた。

 ユルングは俺のお腹をもみもみしはじめた。

 きっと甘えているのだろう。


 ユルングを撫でながら、俺も眠りについたのだった。

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