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151 弟子と孫弟子

 俺はベッドから立ち上がって分厚いカーテンが掛かっている窓へと歩いて行く。


「いま、時刻はどのくらいだろう?」


 カーテンを開けて、外を見ると真っ暗だ。

 灯を外に向けると、猛吹雪だった。


「もう日は沈んだか」

「もう寝て良い時刻なのじゃ」


 コラリーに抱っこされたハティが言う。

 湖底から古竜の王宮に、朝帰ってきて、昼過ぎに起きた。

 それから、風呂に入り、葬儀に参列し、宴会に参加し会議もした。

 そして、ケイ先生と久しぶりに二人で話した。


「思ったより、時は過ぎていないみたいだな」


 日は沈んでいるとはいえ、今は冬。

 日が沈むのは早い。まだ眠る時間ではない気がする。

 だが、子供たちは眠たいならば、眠るべきだ。


「ハティも寝ていいよ」

「ハティはまだ眠くないのじゃ」


 そう答えたハティをコラリーはぎゅっと抱きしめる。


「……一緒に寝よ」

「わかったのじゃ、コラリーは甘えん坊なのじゃなぁ」


 ハティはまんざらでもなさそうだ。


 コラリーに抱っこされたままハティは俺の方を見る。


「……主さまのお師匠さまと何を話したのじゃ?」

「色々だよ。技術的な話とか、俺の実家の話とか」

「そうなのかや〜」

「あと、ロッテを鍛える話とかだな」


 ベッド、それもコラリーの近くに腰掛けたロッテが首をかしげた。


「私ですか?」

「ああ、以前から先生はロッテを鍛えるようにずっと言ってきていたし」


 ロッテは真剣な表情だ。

 先ほど宴会場で、ロッテはケイ先生から、もしもの時は殺してくれと頼まれている。


「おばあさまがどうあれ、私はもっと強くならなくては、ですよね」

「そうだな。先生が大魔王になるにしろ、ならぬにしろ、強い方が採れる選択肢が増える」


 俺は「大魔王になった後、殺すにしろ殺さないしろ」とは言えなかった。


「……ロッテは強い」

「ありがとう、コラリー」


 ロッテは横たわっているコラリーの足に触れた。

 そして、ロッテは立ち上がって、俺の方へと歩いてくる。


「お師さま、鍛えてください」

「ああ、わかっている。これからは訓練回数を増やした方が良いな」

「お疲れかも知れませんが、今からお願いできませんか?」


 ロッテの目はやる気に満ちあふれていた。


「今からか? 俺は疲れていないが、ロッテは疲れていないのか?」


 本当のことを言うと、俺も疲れている。

 シャンタルと前大王との戦闘が終わってから睡眠をとったし、腕の骨折は治してもらった。

 だが、疲れていないと言ったら嘘になる。


「私は疲れていません! でも、お師さまがお疲れなら……」

「俺は大丈夫だよ」


 弟子の前で「疲れた」とか言いにくい。

 ケイ先生は、俺の前でよく疲れた、また明日にしろと、よく言っていたが、俺は違うのだ。


「だが、訓練する場所が、あるかどうか」


 ここは古竜の王宮なのだ。

 訓練できる場所自体はあるだろうが、許可を取らねばならない。


「大王は……いま先生が話しに行っているから、侍従に言えば……」


 こういう簡単な許可は、大王に直接言わなくても侍従に言えばいい。

 古竜の王宮はいざ知らず、人族の王宮ではそうだった。



「大丈夫です。大王から許可をいただきました」

「ほう、準備が良いな」


 俺とケイ先生が去った後、ロッテは宴会場で大王に許可を取ったらしい。


「いつでも使って良いと、大王はおっしゃってくださいました」

「そうなのじゃ。王宮には古竜の子供が使う訓練場があるのじゃ」

「子供用なのか?」

「大きくなった古竜は、そもそも訓練などしないのじゃ」

「そりゃそうか」


 古竜の成竜が暴れたら地形が変ってしまうだろう。

 当然、室内で暴れるけにはいかないし、外でも暴れるのは余程のことだ。

 軽々しく、訓練などできない。

 されたら、人族に限らず、動植物や魔物を含めて、皆が困るだろう。


「そうじゃ! ハティが案内するのじゃ」

「……私も行く」


 コラリーがハティを抱っこしたまま、ベッドから起き上がる。


「コラリーは寝てていいぞ。眠いだろう」

「……横になったら目が冴えた」

「そっか、無理はするなよ」

「……うん」


 そして、俺たちはハティに案内されて古竜の子供用訓練場へと歩いていく。

 それなりの声量で会話しているのに、ユルングは俺にしがみついたまま眠っていた。


「訓練場はこっちにあるのじゃ」


 ハティが向かうのは玉座とも宴会場とも違う方向だ。


「当然だが、古竜の王宮は広いな」

「うむ。みんな体がでかいゆえ、広くなるのじゃ!」


 歩いていると途中、向こうから歩いてくる大王とケイ先生に出会った。

 大王は宴会場で別れたときと同様、小さな姿だ。


「おや? どちらに?」

「ロッテの訓練に行くのじゃ!」


 ハティが元気に答える。


「おお、もう訓練とは。努力家ですな。さすがは大賢者のお血筋ですな」

「いやいや、ロッテが特別偉いのだ。ラメット王家の血筋にもクズはそれなりにおる」


 そういって、ケイ先生はロッテの頭を優しく撫でた。


「大王、訓練場の使用許可をいただいたとのこと、ありがとうございます」

「うむ。存分に使ってくれ。今、子供の古竜といえば、ハティとユルングしからぬゆえ誰も使わぬのだ」

「ハティは大人の古竜なのじゃ!」

「そうじゃなぁ。そろそろ、ハティには訓練場は狭くなるかも知れぬな」


 そういって、大王は尻尾を揺らす。


「そうじゃ。大王。わしの可愛い孫にいい装備をわけてくれぬか? 古竜の宝物庫にいいのがあるだろう?」


 突然思いついたと言った様子で、ケイ先生はそんなことを言った。

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