俺はベッドから立ち上がって分厚いカーテンが掛かっている窓へと歩いて行く。
「いま、時刻はどのくらいだろう?」
カーテンを開けて、外を見ると真っ暗だ。
灯を外に向けると、猛吹雪だった。
「もう日は沈んだか」
「もう寝て良い時刻なのじゃ」
コラリーに抱っこされたハティが言う。
湖底から古竜の王宮に、朝帰ってきて、昼過ぎに起きた。
それから、風呂に入り、葬儀に参列し、宴会に参加し会議もした。
そして、ケイ先生と久しぶりに二人で話した。
「思ったより、時は過ぎていないみたいだな」
日は沈んでいるとはいえ、今は冬。
日が沈むのは早い。まだ眠る時間ではない気がする。
だが、子供たちは眠たいならば、眠るべきだ。
「ハティも寝ていいよ」
「ハティはまだ眠くないのじゃ」
そう答えたハティをコラリーはぎゅっと抱きしめる。
「……一緒に寝よ」
「わかったのじゃ、コラリーは甘えん坊なのじゃなぁ」
ハティはまんざらでもなさそうだ。
コラリーに抱っこされたままハティは俺の方を見る。
「……主さまのお師匠さまと何を話したのじゃ?」
「色々だよ。技術的な話とか、俺の実家の話とか」
「そうなのかや〜」
「あと、ロッテを鍛える話とかだな」
ベッド、それもコラリーの近くに腰掛けたロッテが首をかしげた。
「私ですか?」
「ああ、以前から先生はロッテを鍛えるようにずっと言ってきていたし」
ロッテは真剣な表情だ。
先ほど宴会場で、ロッテはケイ先生から、もしもの時は殺してくれと頼まれている。
「おばあさまがどうあれ、私はもっと強くならなくては、ですよね」
「そうだな。先生が大魔王になるにしろ、ならぬにしろ、強い方が採れる選択肢が増える」
俺は「大魔王になった後、殺すにしろ殺さないしろ」とは言えなかった。
「……ロッテは強い」
「ありがとう、コラリー」
ロッテは横たわっているコラリーの足に触れた。
そして、ロッテは立ち上がって、俺の方へと歩いてくる。
「お師さま、鍛えてください」
「ああ、わかっている。これからは訓練回数を増やした方が良いな」
「お疲れかも知れませんが、今からお願いできませんか?」
ロッテの目はやる気に満ちあふれていた。
「今からか? 俺は疲れていないが、ロッテは疲れていないのか?」
本当のことを言うと、俺も疲れている。
シャンタルと前大王との戦闘が終わってから睡眠をとったし、腕の骨折は治してもらった。
だが、疲れていないと言ったら嘘になる。
「私は疲れていません! でも、お師さまがお疲れなら……」
「俺は大丈夫だよ」
弟子の前で「疲れた」とか言いにくい。
ケイ先生は、俺の前でよく疲れた、また明日にしろと、よく言っていたが、俺は違うのだ。
「だが、訓練する場所が、あるかどうか」
ここは古竜の王宮なのだ。
訓練できる場所自体はあるだろうが、許可を取らねばならない。
「大王は……いま先生が話しに行っているから、侍従に言えば……」
こういう簡単な許可は、大王に直接言わなくても侍従に言えばいい。
古竜の王宮はいざ知らず、人族の王宮ではそうだった。
「大丈夫です。大王から許可をいただきました」
「ほう、準備が良いな」
俺とケイ先生が去った後、ロッテは宴会場で大王に許可を取ったらしい。
「いつでも使って良いと、大王はおっしゃってくださいました」
「そうなのじゃ。王宮には古竜の子供が使う訓練場があるのじゃ」
「子供用なのか?」
「大きくなった古竜は、そもそも訓練などしないのじゃ」
「そりゃそうか」
古竜の成竜が暴れたら地形が変ってしまうだろう。
当然、室内で暴れるけにはいかないし、外でも暴れるのは余程のことだ。
軽々しく、訓練などできない。
されたら、人族に限らず、動植物や魔物を含めて、皆が困るだろう。
「そうじゃ! ハティが案内するのじゃ」
「……私も行く」
コラリーがハティを抱っこしたまま、ベッドから起き上がる。
「コラリーは寝てていいぞ。眠いだろう」
「……横になったら目が冴えた」
「そっか、無理はするなよ」
「……うん」
そして、俺たちはハティに案内されて古竜の子供用訓練場へと歩いていく。
それなりの声量で会話しているのに、ユルングは俺にしがみついたまま眠っていた。
「訓練場はこっちにあるのじゃ」
ハティが向かうのは玉座とも宴会場とも違う方向だ。
「当然だが、古竜の王宮は広いな」
「うむ。みんな体がでかいゆえ、広くなるのじゃ!」
歩いていると途中、向こうから歩いてくる大王とケイ先生に出会った。
大王は宴会場で別れたときと同様、小さな姿だ。
「おや? どちらに?」
「ロッテの訓練に行くのじゃ!」
ハティが元気に答える。
「おお、もう訓練とは。努力家ですな。さすがは大賢者のお血筋ですな」
「いやいや、ロッテが特別偉いのだ。ラメット王家の血筋にもクズはそれなりにおる」
そういって、ケイ先生はロッテの頭を優しく撫でた。
「大王、訓練場の使用許可をいただいたとのこと、ありがとうございます」
「うむ。存分に使ってくれ。今、子供の古竜といえば、ハティとユルングしからぬゆえ誰も使わぬのだ」
「ハティは大人の古竜なのじゃ!」
「そうじゃなぁ。そろそろ、ハティには訓練場は狭くなるかも知れぬな」
そういって、大王は尻尾を揺らす。
「そうじゃ。大王。わしの可愛い孫にいい装備をわけてくれぬか? 古竜の宝物庫にいいのがあるだろう?」
突然思いついたと言った様子で、ケイ先生はそんなことを言った。