俺はケイ先生に尋ねる。
「まだシャンタルが生きている可能性があると、先生は思いますか?」
「可能性はあるだろう、……だが」
ケイ先生は真剣な表情で考えているので、俺は黙って続きを待った。
「とっくに死んでいる可能性も低くないと思っている」
「死後、擬体だけ動いていたと?」
「そうだな、それは可能だ」
「つまりシャンタルの生死は不明と言うことですね」
「そうなる」
死んでいるならばそれでいい。
だが、生きているならば、再び襲撃される可能性がある。
「ロッテの護衛をもう少し増やした方が良いか」
シャンタルが何かするとしたら、ロッテに対しての可能性が高い。
「それよりも、鍛えてやってくれ。わしにはできぬから、頼んだぞ」
「わかりました。ところで、先生の本体はどこに?」
「……ふむ」
「聞くべきではないならば、聞きませんが」
機密は知る者が少ない方が漏洩しない。
だから、誰に教えるかは身長になるべきなのだ。
「…………ふむ。そうだな。ヴェルナーになら教えても良かろう」
しばらく考えてからケイ先生はそう言った。
「いざというとき、ヴェルナーは知っておいた方が良かろうし」
知らなければ対応できないというのも事実だ。
「わしの本体は……そなたの実家の近くにある」
「シュトライト辺境伯領ですか?」
「うむ。まさか帝国に封じるわけにも行かぬし」
「それはそうでしょう」
シャンタルは帝国に対して大きな影響力を持っている。
帝国にケイ先生の本体が封じられていれば、何かあったとき、対応が難しくなる。
「かといって、ラメット王国は頼りない」
ロッテの故郷、ラメット王国は小国なのだ。
それに、シャンタルはラメット王国の建国母でもある。
シャンタルの影響力はとても大きい。
「となると、ラインフェルデン皇国になるわけだが、どこでも良いというわけでもない」
「まあ、王都周辺は選びにくいですよね」
人口密集地に近ければ何かあったときの被害が大きくなる。
「もちろん、辺境伯領の領民の被害を軽視しているわけではないのだが」
「わかっていますよ」
辺境伯領の位置は、皇国の端。帝国との国境沿いだ。
領民の数は多いが、もちろん王都ほどではない。
それに強力な軍事力を持ち、帝国も手を出しにくい。
「すまぬな」
「ちなみに、辺境伯領のどの辺りでしょう?」
「ええっと」
ケイ先生はポケットから折りたたまれた小さな紙を取り出した。
それを広げると、たちまち巨大な地図になる。
「どういう原理……あ、
「一目で見抜くか。やるではないか」
ケイ先生に頭を撫でられた。
「魔法の鞄は俺が開発した魔道具ですし……、でも折りたたんだ紙に応用する発想はなかったな」
「ふふ。励め」
どや顔でケイ先生は胸を張る。
「それでっと、まあこの辺りだ」
ケイ先生は大きな地図の一点を指さした。
「ほう。辺境伯家の本城に近いですね」
「うむ。帝国もここならば、容易には手を出せまい」
「そうですね。ちなみに父上は?」
「知っておる。さすがに辺境伯に知らせずにこのようなことはしない」
父が知っているならば、俺が言うことは何もない。
「さて、ヴェルナー。何か聞きたいことはあるか?」
「ええっと、とりあえず大丈夫です」
「わかった」
そういうと、ケイ先生は立ち上がって歩き出す。
「先生、どこに?」
「ん? 抱っこして眠って欲しかったか?」
「変な冗談はやめてください」
「ふふ。大王にも説明せねばならぬからな」
ケイ先生は扉に手を掛けながら、こちらを振り返った。
「ヴェルナー。そなたの知る情報は、そなたが教えたほうが良いと思った者に、教えた方が良いと思ったタイミングで教えるが良い」
「難しいことを言いますね」
「なに、そのぐらい、我が弟子ならばこなせるであろう。そなたは当代における我が唯一の弟子なのだ」
「光栄だといえばいいんでしょうか」
「もちろんだ」
「あ、先生、ロッテが勇者であることは大王は知っています」
一応、教えておくべきだろう。
「そうか。さすがは大王だ。ラメットと一緒に戦っただけのことはある」
ケイ先生は寝ているユルングの頭を撫でる。
「ん、よく眠るのだぞ」
そして背伸びして、俺の頭も撫でた。
「では、行ってくる。ヴェルナーも眠るが良い」
ケイ先生が部屋を出て行く。
俺はベッドに横になり、ユルングをお腹の上で抱いて考える。
シャンタルの生死は不明。残党の勢力も不明。
ケイ先生は大魔王になりかけていたが、とりあえずは封印のおかげで無事。
「うーん。俺にできることは……ロッテを鍛えるぐらいか?」
情報収集は専門家に任せるしかない。
考えていると、部屋の扉が開かれる。
「……主さま、お話は終わったのかや?」
小さなハティが扉から顔だけ出して、こちらを伺う。
「終わったよ。もしかして、話しが終わるのを待っていてくれたのか? すまない」
「いいのじゃ! みんな、終わったのじゃ」
ハティの言葉で、ロッテとコラリーが部屋の中に戻ってきた。
コラリーは部屋の中に入る際に、ハティのことを抱っこした。
「ロッテ、コラリー、お腹はいっぱいか?」
「はい。おかげさまで」
「……うん。食べ過ぎた」
いっぱい食べたおかげか、コラリーは眠そうだった。
「コラリー、眠っていいよ」
「……うん」
コラリーはハティを抱いたまま、俺の隣に横になる。