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149 人の技術と神の奇跡

 そうして俺はユルングを抱っこしてひざに乗せると、隣に座るケイ先生に尋ねる。


「で、先生、どうやったんです?」

「なにをだ?」

「本体と擬体を繋げる方法です。神の声が聞こえないっていうことは、本体と繋がっているんでしょう?」

「ヴェルナーにはわからんよ」


 そういってにこりと笑う。


「俺には、わからないってことは、神の奇跡ですか?」

「……それには気付くか」

「そりゃ気付くでしょう?」

「まあ、その通り。神の奇跡を使って、本体とこの体を繋げておる」


 遠距離通話用魔道具を作った際、俺は二つに割った魔石の特殊な性質を利用した。

 そのような工夫もなしに、神の奇跡で結界の内と外を繋げられるとは。


「結界に小さな穴を開け、大魔王を産み出す邪神とは異なる神の奇跡を使って、その穴を埋めるのだ」

「ふむ? 邪神とは異なる神の奇跡だから、邪神は干渉できないと?」

「そのとおりだ」


 確かに、神の奇跡は、神の数だけある。

 そして、互いに干渉しにくいという特性があるのだろう。


「神の奇跡って、便利すぎませんか?」

「そりゃあ、便利だ。結界の外と内を繋げることもできるし、損傷した肉体を治すこともできる」

「魔道具より神の奇跡を研究した方が良くないですか?」

「そういう考えもできる」


 ケイ先生はユルングを俺に手渡すと、ベッドから立ち上がった。


「だがな。ヴェルナー。これだけは肝に銘じよ」

「なにをですか?」

「神は、人にとって都合の良い存在ではない」

「そりゃ、そうでしょうが……」


 実際、千年前は邪神によって産み出された大魔王に人類は滅ぼされかけた。

 そのうえ、今は邪神により、ケイ先生は大魔王にされかけている。

 神が人にとって都合の良い存在のわけがない。


「ヴェルナー。そうではない。いやそういう面もあるが、そういうことが言いたいのではない」

「では、どういうことです?」

「邪神だけでなく、聖神も都合の良い存在ではない」

「それは、……もちろん畏れ多いからとかそう言う意味ではないですよね?」

「当然だ」


 ケイ先生は俺の頭をなで始めた。


「よいか。ヴェルナー。神は、自然でもなく、科学でもない。つまり?」

「…………再現性がないってことですか?」

「その通りだ。もちろん、神と人の流れる時間は違う。千年、二千年、同じ結果が出ることもあるだろう」

「だが、ある日突然、そうじゃない結果が出る可能性もあると」

「そうだ。神の奇跡を用いた魔道具は、いつ使えなくなるかわからん」

「なるほど、そういう危険については考えていませんでした」


 神には意志も意思もある。

 人族には理解できなくとも、神は神の理屈で動いているのだ。

 神の気が変れば、昨日まで使えていた神の奇跡が使えなくなることだってあるだろう。


「使えなくなるだけならいいんだがな。人を癒やす神具が、人を傷付ける神具に変化する可能性だってある」

「それは……そうですね」


 神の正義と人の正義は違うのだ。

 聖神と呼ばれている神だって、本当に人類を慈しんでいるかはわからない。

 例え慈しんでいたとしても、それが人族の価値観で理解可能な慈しみ方だとは限らない。


 人を癒やす奇跡を、人を病にする奇跡に変える可能性だってあるだろう。

 人を減らそうと思う神が、人を憎んでいるとも限らない。

 小麦農家は小麦を愛し、保護しているが、小麦を間引きするものだ。


「だから、人族は、人族の誇りと自立のために、神の奇跡ではなく魔道具に頼るべきだ。そう思っている」

「なるほど。……もしかして」

「ん?」

「いえ」


 もしかして、ケイ先生とシャンタルが数百年前に袂を分かったのは、その辺りの考え方の違いにあるのではないか。

 そんな気がした。


「でも、先生。神の奇跡を使っていますよね」

「使えるものはなんでも使う。明日使えなくなるかもしれぬが、一万年使えるかもしれぬからな」

「まあ、そうですね」

「敢えて神の奇跡を使った新技術を開発しようとは思わぬし、弟子に教えようとも思わぬが、使えるものは使う」


 それはケイ先生らしいスタンスだと思う。

 そう考えて、ふと気付く。


「……つまり擬体は新技術ではないと」

「そう言っただろう? 忘れていたが思い出して作ったと」

「もしかして、開発したのはシャンタルと共同研究していた頃ですか?」

「もしかしなくとも、そうだが……、それがどうした?」

「いえ、俺たちが倒したあのシャンタルは、本物だったのか、擬体だったのか」

「ふむ」


 擬体と本体は見た目で区別することは難しい。

 実際、見ただけでは俺も大王たち古竜も、ケイ先生が擬体だと気付けなかった。


「殺した後、シャンタルはすぐに灰になったのですが、それって擬体の特徴だったりしませんかね?」

「……この擬体は死んでも灰にはならぬ。普通の遺体と同じように腐っていくだろうな」

「そうですか。じゃあ、シャンタルは擬体じゃなかったのかな」

「そうとは言い切れぬ。むしろ擬体である可能性が高い」

「どうしてそう思ったんですか?」

「数百年前の技術で作った擬体は灰にならぬが、その後、シャンタルが技術を向上していないとは限らぬだろう」


 数百年あれば、技術革新がいくつか起こっていてもおかしくはない。


 ここで大切なのは、俺たちが倒したシャンタルが、擬体かどうかではない。

 重要なのはシャンタルが生きているのかどうか、だ。

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