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148 神の声

 俺は腰を踏まれながら言う。


「体重が軽いからです」

「それだけか?」

「あと、気配と魔力の雰囲気」

「ふむ。弟子。考えたことを言ってみろ。聞いてやる」


 こういうとき、ケイ先生に対しては回りくどく前提などを話さない方が良い。


「先生。その体は本体じゃないでしょう?」

「ふむ」

「恐らく本体は……どこかで封じられているのでは?」

「続けよ」

「封じた理由は、大魔王になってしまったから、いや、なりかけているからとかでは?」

「なるほど。鋭いではないか。まあ、正しい」


 ケイ先生は俺の腰をフミフミしながらそう言った。


「登場したときから、怪しいとは思っていたんですよ。こんな極寒で標高の高い場所に、中に入れる確証もないのに本体が来るわけないですし」

「それは違う。わしは、どんなとこにだろうと、必要があれば行く」

「本当ですか?」

「当たり前だ。……ただ、どことは言わぬが各地に擬体ぎたいを用意してはある」

「擬体?」

「この仮の肉体のことだ。本当の体に擬して作ってある」

「どういう仕組みで作られているのか知りたいんですけど。そんな技術ありました?」


 魔道具とは思えない。


「あったよ。教えていないし、わし自身忘れていたがな」

「擬体はいつ頃作りはじめたんですか?」

「わしが学院を去って、温泉療養に向かってからだな」


 つまり俺が学院を追放された後に作ったと言うこと。


「本当に最近ですね」


 俺が遠距離用通話装置、結界発生装置、パン焼き魔道具を開発している間に、先生は擬体を作っていたらしい。


「擬体は、ヴェルナーでも、そう簡単には作れまい」

「正直、見て触れているのに、作り方がわかりませんよ」

「そうであろう。魔道具の知識だけでは足りぬからな。……魔道具に神の奇跡をいくらか混ぜている」


 新しく開発した魔道具について説明する際、ケイ先生はいつも自慢げだ。

 だが、今回は、自慢げなところがなく、どこか悲しそうな声音だった。


「なるほど。最近敵が使っている技術ですね」


 ユルングを操っていた魔道具にも、神の奇跡が使われていた。

 前大王を封じていた結界にも、神の奇跡が使われていた。


「魔道具に神の奇跡を混ぜる方法はわしとシャンタルの二人で研究していたのだ……数百年前にだがな」


 ケイ先生は魔道具作りの専門家で、シャンタルは神の奇跡の専門家だ。

 二人が組めば色々できるだろう。


「もう、五百年、いや四百年前か。シャンタルとは喧嘩別れしてな。それからは会っていない」

「なるほど。ちなみに喧嘩の原因は?」

「些細なことだったと思うよ。今ではよく覚えていない」

「そうですか」


 四百年前から、二人はそれぞれ独自に開発を続けたのだろう。

 だが、根元の技術は共通だ。


「だから、敵の魔道具を先生の系譜だと思ったんですね」

「そうだな」

「なら、先生は、シャンタルが黒幕だって気付いていたんじゃないんですか?」

「可能性は常に頭にあった。だが、シャンタルは……そんなに悪い奴じゃないんだ」

「…………」

「いや、悪い奴じゃなかったんだ」


 ケイ先生は悲しそうに言う。

 喧嘩別れしたとはいえ、シャンタルはケイ先生のたった一人の妹なのだ。


「わしの……読みが甘かった。もっとあらゆる可能性を考えて考えて考えるべきだった」


 ロッテに対する態度をみるに、ケイ先生は肉親に対する愛情が深い。

 だからこそ、シャンタルのことを疑いたくなかったのだろう。


「色々なヒントはあった。だが、気付けなかった」

「そうですか」


 妹なら信じたいと思っても仕方ないですよ。

 人間、そういうときもありますよ。


 他にも色んな慰めの言葉を思いついたが、どれも口にはできなかった。

 弟子に慰められても、ケイ先生は嬉しくはあるまい。


「もっと早く動けと、罵られても仕方ないとは思う……すまぬ。ユルングにも迷惑を掛けた」

「……ゅ」


 ユルングは俺の鼻先で気持ち良さそうに眠っていた。


「先生。学院を辞めた後に擬体をつくったということは、あの時点でもう大魔王になりかけていたんですか?」

「そうだな。なりかけていた」


 ケイ先生は俺の腰から降りると、ベッドに座る。

 そして、ユルングを優しく抱き上げた。


「そんな気配は感じませんでしたが」

「声がきこえるのだ。邪神の声がな」

「大魔王になれと?」

「いや、お前は大魔王だと」

「ふむ。同じく神の代理人である勇者はそんな声を聞いていないようですが」

「神の方針の違いであろうな」


 邪神と、勇者の神は違う神だから、振る舞いも違うのかもしれない。


「過去にもそのような声が聞こえたものなのです?」

「そういう史料もある。最新の大魔王である魔猿が神の声を聞いたのかはわからぬが」

「神の声が聞こえたから、擬体を用意し、本体は封印の中に自ら入ったと」

「そういうことだな」

「それで、その封印は当てになるのです?」

「今のところは。神の声は届かなくなった」

「なるほど。それならひとまず安心でしょうか」

「だといいがな」


 俺も起き上がってベッドに腰掛けた。

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