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147 師と弟子

 ケイ先生はしばらくロッテを抱きしめた後、体を離すと、古竜たちに言う。


「さて、わしが知っていることと現時点での推測は大体話した。他に知りたいことがあれば聞くが良い」


 すると古竜たちは、次々とケイ先生に質問をぶつけはじめた。

 質問はシャンタルに関することだけではない。

 魔法技術や魔道具技術についても尋ねている。


 そして、質疑応答に入ってから大体一時間後、

「……りゃむ」

「む、ユルングはもう眠そうだな」

「赤ちゃんですから。大王、ユルングを眠らせたいので、私はここで」


 宴会を中座しようとすると

「そうか。わしも実は疲れておってな。わしも休ませて貰うぞ」

 ケイ先生も立ち上がる。


 大王はそんなケイ先生を引き留めようとしたが、

「少し、弟子に話さねばならぬ事もあるゆえな」

 意味深な表情でそういった。


「ハティも主さまに」

「それには及ばぬよ」

 ケイ先生はじっとハティを見つめた。


「ロッテとコラリーもしばらく楽しんでいくがよい」

「は、はい」

「…………ん」


 ロッテとコラリーは素直に従う。

 ケイ先生の、二人にしろと、付いてくるなという言外のメッセージが伝わったのだろう。

 大王もそのメッセージを理解して引き留めることはなかった。


 宴会場を出て、俺とケイ先生は昨日泊めてもらった客室へと歩いて行く。


「先生。もしかして、俺の弟子の前では言えないことですか?」

「そうだな」

「……なにか叱られることしましたっけ?」


 弟子の前では言えないこと。

 つまり、めちゃくちゃ叱られると言うこと。


 弟子の前で叱られたら、師匠としての威厳がなくなってしまう。

 それにロッテとコラリーとしても師匠が頭ごなしに叱られる姿など見たくなかろう。

 とても、気まずくなるし、できれば勘弁して貰いたいものだ。


「配慮はありがたいですけど」

「なにを言っているのかわからんが……」


 そんなことを話している間に、客室に到着した。

 中に入ると、ケイ先生はベッドに飛び込んだ。


「先生。靴ぐらい脱いでください」

「脱がしてくれ」

「仕方ないですね」


 俺は眠っているユルングをケイ先生の近くにおいて、靴を脱がせた。


「ありがと」

「いいえ」


 靴を脱がし終わると、ケイ先生が言う。


「歳だから腰が痛い、マッサージしてくれ」

「……仕方ないですね」


 俺はケイ先生の腰あたりをマッサージする。

 昔からやっているので、慣れたものである。


「で、俺の弟子たちとハティに聞かせたくないことってなんですか?」

「何だと思う?」

「相変わらず、面倒臭いですね」


 うつ伏せのまま、ケイ先生は寝ているユルングを撫でている。


「普通に考えたら、めちゃくちゃ叱られると思ってましたが」

「……ああ、もちろん叱るネタは山ほどあるが……、そこそこ」

「はいはい」

「可愛いロッテのことだ。……もう少し強くて良いぞ」

「はいはい。ロッテとなると勇者の件ですね」


 ロッテが勇者であることは、ケイ先生の他には俺と大王しか知らないことだ。


「うむ。……まだ足りぬ、痛い痛い」

「まだ足りぬっていうから」


 力を入れたのに、痛いという。


「違う。ロッテのことだ」

「なんだそっちか」

「相当腕を上げている。だが、まだ、わしには届かぬ」

「それはそうでしょうね」

「わしは、可愛いロッテを殺したくはない」


 その気持ちはよくわかる。


「…………だからもっと鍛えなければならぬ。頼めるか?」

「もちろん。ロッテは弟子ですから。ですが」

「わしがなぜ鍛えないのか? であろ?」

「はい。その方が絶対強くなるのが早いでしょう?」


 俺は弟子を育てた経験が乏しいのだ。


「わしが鍛えたら、ロッテの戦い方が、癖がわかってしまう。わかってしまえば……」

「なるほど。わかりました」


 経験豊富なケイ先生ならば、その癖を利用して有利に戦いを進めることができるだろう。


「だから、わしは……ロッテの訓練も見ない。そうしなければ、ロッテの勝ちの目が薄くなる」

「そっか」

「うむ……そこそこ。ヴェルナー腕を上げたな」

「練習しているわけじゃないんだけどね。……ところで、どのくらいあるんです?」

「わしが大魔王になる確率か?」

「そうです。まあ一番強いの先生だとしても、先生が神の眼鏡にかなうとは限らないわけですし」

「まあ、……そうだと良かったのだが」

「含みがありますね」


 ケイ先生は起き上がる。


「ヴェルナー、楽になったぞ」

「ならよかった」

「お返しにマッサージしてやろう。横になれ」

「いいんですか? ありがたいですけど」


 俺はベッドに横になる。

 すると、ケイ先生は腰を両手で揉んでくれた。


「どうだ?」

 体重が軽いので、揉む力が弱く感じた。


「先生は体重が軽いのでいっそのこと乗ってください」

「仕方ないな」


 ケイ先生は俺の腰の辺りに立って足踏みしはじめた。

 体幹が鍛えられているからか、ふらつくことなく、しっかりと足踏みしてくれる。


「踏んでもらって気付いたんですが」

「なににだ?」

「もしかして、相当やばい状況ですか?」


 一瞬足踏みが止まる。


「……なぜ気付いた?」


 ケイ先生の声はこれまで聞いたことないほど低かった。

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