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146 大魔王と大賢者

 俺は、俺の弟子たちを見る。

 ロッテは不安げな表情で、古竜の長老をぎゅっと抱きしめていた。


 コラリーは冷静にみえる表情でケイ先生を見つめながら、ハティの口元にご飯を押しつけている。

 ハティは呆然とし、押しつけられたご飯がボロボロこぼれるままにしている。


 冷静に見えるコラリーもどうやら動揺しているらしい。


「先生」

「なんだ? 弟子」

「先生が大魔王になるかもしれないと、聖女が考えていたという推測はわかりました」

「うむ」

「恐らく、その推測が当たっている可能性は高いと思いますが」

「回りくどいな。端的に言え」


 そう言ったケイ先生は、どこか楽しそうな笑顔だった。


「先生は、聖女の目的を何だと推測していますか?」

「ヴェルナーが推測しているものと大差ないよ」

「そうですか」


 俺はケイ先生とシャンタルの関係が実際どのようなものか知らない。

 だから、外部からみた浅い推測しかできない。


 シャンタルは、前大王を復活させようとしていた。

 そして、ユルングを使って、王都を壊滅させようともした。


 それが成功すれば、皇国は大きなダメージを受けていただろう。

 人族側は大魔王に対抗する力を失ったに違いない。

 その点から考えて、大魔王と化したケイ先生を討伐しようと考えていないと思う。


「ですが、先生」

「ん、弟子。言いたいことはわかるぞ」


 大魔王と化したケイ先生の手助けをしたいならば、ロッテを殺すはずだ。

 実際、シャンタルはロッテに憎しみの籠もった目を向けてはいた。

 だが、殺さなかったのだ。


「……愚妹は、一体何をしたかったのだろうな」


 宴会場が静まりかえった。

 その静けさを破ったのは大王だった。


「ですが、聖女はお亡くなりになりました。大賢者には悲しい出来事でしょうが……」

「いや、よい。自業自得じゃ。愚妹がこれ以上手を汚さぬ前に止めてくれて、ありがとう」

「いえ、とんでもないことです」


 大王に礼を言った後、

「みな、本当にありがとう。愚妹が迷惑を掛けた」

 ケイ先生は、俺とロッテ、コラリー、そしてハティにも頭を下げた。


「いえ、でも、あの、大賢者さま」

「どうした? ロッテ。おばあさまと呼んでも良いぞ?」

「そんな、畏れ多い……。あの聖女がお亡くなりになり、前大王も崩御されました。問題は概ね解決したと考えても?」

「かもしれぬな。だが、ロッテ」

「はい」

「安心せず励むが良い」


 そういって、ケイ先生はロッテの頭を撫でる。

 まるで初孫ができたおばあちゃんのようだ。


「ロッテ、頼みがある」

「何でしょう?」

「わしが大魔王になったら、そのときは殺して欲しい」

「そんなこと……」

「大王、古竜の皆。頼む」

「…………」


 大王は困った表情でケイ先生を見る。

 ケイ先生はにこりと笑うと、俺を見た。


「ヴェルナー。頼むぞ?」

「わかっています。お任せください。先生のことはきっちり殺して見せましょう」


 俺だって殺したくない。

 だが、ケイ先生が頼むならば、それ相応の理由がある。

 大魔王になってしまえば、死んだ方がましだという状況になるのだろう。


「うむ」


 満足げにケイ先生は頷いた。


「でも、大賢者さま」

「おばあさまと呼ぶがよい」


 ケイ先生はロッテにどうしてもおばあさまと呼ばせたいらしい。


「おばあさま」

「どうした? 可愛いロッテ」

「大魔王になったとしても、おばあさまはおばあさまです」

「ありがとう。だがな、そうではないのだ」


 ケイ先生は優しく諭すように言う。


「『呪われし大教皇』が高名な魔猿だったと話したな?」

「はい」

「大魔王になるまで、魔猿王は悪名高いわけではなかった。どちらかというと穏健で、人とも話し合いができる魔物だった。そうだな、長老」


 ケイ先生はロッテに抱かれた長老に向かって言う。


「大賢者のおっしゃるとおり。大魔王になる前の魔猿王に会ったことがあるが、話のわかる奴だった」

「……魔猿にしては珍しいですね」


 魔猿は基本的に凶暴な種族だ。


「うむ。ロッテ。そうなのだ。だが、大魔王になってからは人が、いや猿が変ったようになった。もう別猿だ」

「それは魔猿王だけの現象だけではないのですか?」

「よい質問だ。例が一つでは特殊事例の場合もあるゆえな」


 ケイ先生はロッテを褒めて微笑んだ。


「代々の魔王や大魔王は、性質が、性格、人格が全く別物であるかのように変っている。そうだな、大王」

「はい。元の性質が極めて凶暴で変化がわからなかった者もおりますが、基本的には激変しています」

「そういうことだ。魔猿王だけの現象だけではないと考えるべきであろう」

「そんな」


 悲しそうな表情を浮かべるロッテの頭をケイ先生は撫でる。


「恐らくだがな。大魔王は悪しき神の地上での代理者。神の力を肉体に宿すのだ。肉体はただの器にすぎない」

「つまり、人格、いや魔猿の場合、人格と言っていいのかわかりませんが、その人格は消えると考えても?」

「そうだ。ヴェルナー、表面的にはその通りだ」

「おばさま。表面的には、とはどういう意味でしょう?」

「中がどうなっているか、外からはわからぬ」


 つまり、大魔王に元の人格の意識が残っているか誰にもわからない。

 そう、ケイ先生は言っているのだ。

 残っていた場合、自分の肉体が行なう悪行をずっと見せられることになる。


「ロッテ、このおばあさまを救うと思って、その時は頼む」

「わかりました」

「うん、つらい役目を任せることになるかも知れぬ。すまぬな」


 ケイ先生は、ロッテのことをぎゅっと抱きしめた。


 俺は大魔王となったケイ先生のことを仕留める覚悟はある。

 だが、大魔王となったケイ先生を仕留められるのは、恐らくロッテだけだろう。

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