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145 大魔王という存在

 姉への報告を終えると、俺は宴会場へと戻る。

 そして、楽しそうに古竜たちと話しているケイ先生の隣に座る。


「ん。報告は済ませたか?」

「はい。姉に報告すれば皇太子殿下にも伝わるでしょう」

「そうだな」


 その時、長老の一頭が言う。


「して、大賢者。聖女の目的は何なのでしょう?」

「……わしにもわからぬ」


 だからこそ、対応が後手に回ったのだ。


「だが、推測はできる」

「その推測をお聞きしても?」


 古竜たちはじっとケイ先生のことを見つめている。


「…………その前にヴェルナーとロッテ、コラリー、そしてハティのために昔話をしよう」


 きっと大人の古竜たちは知っていることを話すのだろう。

 そして、その知識が無ければ、ケイ先生の推測を聞いても理解しにくいに違いない。


「ヴェルナー、千年前の大魔王『呪われし大教皇』についてどれだけ知っている?」

「大王陛下から聞いたことしか知りませんが……」

「それでよい。知っていることを話せ」

「疫病と呪いの神の祝福を受けた強力な魔猿だったと」

「うむ」


 ケイ先生は深く頷いた。


「古竜の皆は知っていることだが、『呪われし大教皇』は元々高名な魔猿だった」

「凶暴さで、ですか?」

「違うな。その強さと賢さで、だ」


 ケイ先生の言葉に頷いた大王が言う。


「元々魔猿王として高名な魔物だった。温厚とまでは言えないが、理知的で比較的友好的な猿だったよ」

「縄張りを侵したものには容赦無かったが、残酷ではなかったな」


 古竜の長老の一頭もそういって頷いた。


「して、ロッテ。大魔王になる条件は知っているか?」

「邪なる神の祝福を受けたものなので……神のみぞ知るでしょうか?」

「まさにその通りだ。もちろん傾向というものはあるがな。あくまでも神のみぞ知るだ」

「その傾向というのはなんでしょうか?」


 ロッテが尋ねると、ケイ先生は笑顔で答える。


「うむ。その神に好まれる性質を持っているというのはある。だが、神が何を好むかは本当にわからぬ」

「我ら地上のものたちに、神の考えは到底わからぬよ」


 大王が遠い目をして、そう言った。

 それを聞いた古竜の長老たちもうんうんと頷く。


 数万年生きた長老たちは、神の思考は理解できないと思い知らされているようだ。


「性質の他にもう一つ大きな傾向がある。コラリー、何かわかるか?」

「…………強さ?」

「その通りだ。さすがはわしの孫弟子」


 そういって、ケイ先生はコラリーに微笑む。


「先生、コラリーは弟子ではないですよ」

「ならば、弟子にしろ。コラリーそれでよいな?」

「……うん。いい。よろしくヴェルナー」

「わかった。よろしくな」


 あっさりとコラリーの弟子入りが決まってしまった。


 そして、何事もなかったかのように、ケイ先生は話を続ける。


「ヴェルナー、ロッテ、コラリー。大魔王となる基準について理解したな?」

「はい。選ばれる性質は神のみぞ知る。客観的な基準は強さのみ、ですね?」


 俺が答えるとケイ先生は頷いた。


「その通りだ。そして、大魔王はおよそ千年おきに出現している。わしは、千年しか生きておらぬが、万年生きる古竜の方々は知っておる。そうだな、大王」

「はい。大賢者のおっしゃるとおりです。数十年の誤差はありますが、千年おきに出現します」


 数万年生きている古竜がいうのだから、そうなのだろう。


「さて、弟子と孫弟子とハティが、前提を理解したところで、本題だ」

「聖女が一体何を目的としているか、ですね?」


 大王がそういうと、古竜たちの目が鋭くなった。


「うむ。大王、そして古竜の方々、お待たせした」

「いえ。それで大賢者はどう推測なされているのですか?」

「わしにも確証はない。それを理解して聞いて欲しいのだが……」

「わかっております」

「妹シャンタルの性格から考えた推測に過ぎぬのだが……」


 ケイ先生は、推測に過ぎないと強調した後、古竜たちを見回した後、俺の目を見た。


「シャンタルは、次の大魔王に、わしが選ばれると思っておるのだろう」

「先生が?」

「ああ」

「大賢者さまが大魔王になるなど、あり得ません!」


 ロッテが力強くそういうと、ケイ先生は優しい笑みを浮かべてロッテの頭を撫でた。


「ありがとう、可愛いロッテ。だがな。あり得ぬとは言えまい? ヴェルナー、どう思う?」


 ケイ先生は俺を見た。

 冷静で客観的な意見を求めているのだ。


「性質は神のみぞ知る」

「そうだ」

「客観的な指標は、強さのみ。……なるほど、先生が選ばれても不思議はないですね」

「その通りだ」


 実際にケイ先生が大魔王になるかどうかは、神のみぞ知ることだ。

 だが、シャンタルがそう思ったとしても不思議はない。


「なるほど。腑に落ちました」


 だから、シャンタルはロッテにだけ厳しかったのか。

 大魔王を倒せるのは勇者だけ。

 つまり、大魔王となった場合、ケイ先生を殺せるのはロッテだけだ。


 数十代離れているとは言え、ロッテはシャンタルの子孫、血縁だ。

 だが、シャンタルにとって、ケイ先生はたった一人の姉なのだ。


「当代にわしより強いものがおるのか? おらぬだろう?」


 地上でもっとも強力な生物である古竜たちに向かってケイ先生は言う。


「そうでしょうな」

 その古竜たちの中でもっとも強いはずの大王はあっさりと、ケイ先生の言葉を認めたのだった。

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