「失礼いたします」
侍従は一言そういうと、席を立ち、部屋の入り口へと向かう。
扉を開けた侍従は、
「…………お久しぶりでございます」
一瞬固まった後、なんとか口を開いた。
「うむ、久しぶりだな。大王はこちらか?」
「はい」
そして、部屋の中にケイ先生が入ってきた。
「ひぅ」
俺の右隣のロッテが一瞬びくりとした。
あまりにも、シャンタルに似ているからだろう。
改めて見ても、そっくりだ。
「やあやあ、古竜の皆。久しぶりだな」
「こ、これは大賢者。お出迎えもせず」
慌てて大王が飛び上がり、羽で飛んで入り口にいる大賢者の元へと向かう。
「よい」
ケイ先生は鷹揚にうなずいた。
そんなケイ先生に俺は言う。
「なにが、よいですか。王宮の外で待つのが礼儀です」
たとえ師だとしても、俺は小言を言わざるを得なかった。
案内もなしに王宮の中に入るなどありえない。
あまりにも古竜に対して礼を失している。
「む? そうはいうがな。ヴェルナー。外は寒い。凍死してしまうわ」
ケイ先生は防寒具を着ていなかった。
当然だが、シャンタルと違い、全裸ではない。
色は違うが、ロッテの服に形は似ていた。
「嘘でしょう? 全く濡れていないですし、魔法を使って防寒していたはずです」
「嘘ではないよ」
「まさか。通話の前から王宮近くで待機していたとかいいませんよね?」
俺が連絡したのとほぼ同時に、ケイ先生がこちらに到着したとは思えない。
何時間も前から、いやもしかしたら、それよりずっと前から王宮の近くにいたのではないだろうか。
「どうであろうな?」
そういって、ケイ先生はにやりと笑った。
ケイ先生は、俺が何を考えたか把握したうえで、笑っている。
表情が読めない。真相はあとで本人に聞くまでわからないだろう。
そんなケイ先生に、大王は言う。
「大賢者。どうぞこちらに。寒かったでしょう」
「おお。すまぬな。大王」
「急いで火を準備させましょう」
「それには及ばぬ。ここは充分暖かい」
そんなことを言いながら、ケイ先生と大王はこちらにやってくる。
ケイ先生は歩きながら、古竜たちに挨拶している。
どうやら、この場に居る古竜のほとんどとケイ先生は面識があるらしい。
「……ならば、紹介状ぐらいいくらでも手に入ったのでは?」
「……」
俺の呟きを聞いても、ケイ先生は何も言わずににやりと笑った。
そして、コラリーのところで足を止める。
「そなたがコラリーか」
話しかけられてコラリーはこくりと頷いた。
「……そう」
コラリーは食事の手を止めていない。
もぐもぐ食べながら、ケイ先生に返事をする。
コラリーは何の緊張もしていないようだ。
「ん。いい魔力だ。ヴェルナーになんでも聞くが良い。励め」
「……わかった」
コラリーは相変わらずもぐもぐしていた。
ケイ先生は、次にコラリーに抱かれていたハティに目をつける。
「そしてそなたが、ヴェルナーの従者になってくれたハティだな」
「そうなのじゃ。はじめてお目に掛かるのじゃ。主さまの従者にして大王の娘、ハティなのじゃ」
「うむ。可愛いな。ヴェルナーを頼むぞ」
「任せるのじゃ! 主さまのお師匠さま」
嬉しそうにハティは尻尾を振った。
ケイ先生は、そんなハティを見て満足そうに頷くと、コラリーの隣に座るロッテに目を向ける。
「シャルロット、大きくなったな」
「あ、ありがとうございます。大賢者さま」
コラリーと違って、ロッテはガチガチに緊張していた。
姿形、声がそっくりな、シャンタルのせいだろう。
「ふむ」
ケイ先生はロッテの顎の下に手をやって、くいっと顔を上げさせて、その目をじっと見つめた。
「ひぅ」
ロッテが怯えたような声を出す。
ロッテに抱かれた長老も「りゃぁ」と不安そうに鳴いていた。
長老がまるでユルングのようだと思いながらも、俺は弟子に助け船を出すことにした。
「先生、ロッテとは面識があるのですか?」
「もちろんだ。シャルロット、覚えておらぬか?」
「も、もうしわけ——」
「よい。幼かったゆえ覚えていなくとも仕方あるまい。あれは確か、十三、いや十四年前か?」
「そんなに前ならば、ロッテは赤子。覚えているわけがないでしょう」
俺が敢えて呆れたように言うと、
「そうか。確かにおむつを替えた覚えがあるな」
ケイ先生は楽しそうに笑った。
「うむ。シャルロット。頑張っておるようだな。結構なことだ」
「ありがとうございます」
「うむうむ。もっとヴェルナーを利用しろ」
「利用ですか?」
「うむ。弟子は師を使うものだ。遠慮するでないぞ」
ケイ先生は俺とロッテの間に座った。
「ヴェルナー、もう少しそっちに行け。せまい」
「いやいや、急に割り込んだのは先生でしょう」
そういいつつも、俺は少し大王の方へと移動する。
「それにしても、利用ですか」
なんとなく釈然としなかった。
「なんじゃ? ヴェルナーもわしを散々利用し倒していただろう?」
「…………そんなことは」
「あるだろう?」
ケイ先生はにやりと笑った。
「否定はできませんが」
主観的に考えれば、ケイ先生からも色々と利用されていたという思いの方が強い。
だが、冷静に客観的に考えれば、俺がケイ先生を利用していたと言っても間違いは無い。
……そんな気がした。
そして、俺とロッテの間に腰を下ろしたケイ先生はユルングをじっと見る。
「そなたがユルングだな」
「りゃ?」
ユルングはケイ先生を見て首をかしげる。
「ヴェルナーの師ケイだ。よろしく頼む」
「りゃ〜」
「愚妹が迷惑を掛けた」
そういって、ケイ先生はユルングに深々と頭を下げる。
「りゃ?」
「そなたを魔道具に組み込んだのは妹に与するものたちであろう」
「りゃ〜?」
「本当にすまぬ」
ケイ先生の謝罪の言葉を、古竜たちは黙って聞いていた。
緊張した空気が流れる。
「りゃむ」
「それは大賢者のせいではありますまい」
大王がそういって微笑んだ。
「だが、それでも……すまぬ」
「りゃ〜」
「ユルングも許すと言っておりますので」
大王はそういうが、ユルングが本当に許すと言っているかはわからない。
そもそも、ユルングは赤ちゃんだから理解していないのではないだろうか。
だが、ケイ先生を許さないと、話を進められない。
そう、大王は判断したのだろう。
「……本当にすまぬな」
最後にもう一度、ケイ先生が謝ると緊張した空気が弛緩した。
「大賢者、どんどん食べてください」
「おお、ありがとう。シャルロットも食べておるか?」
「は、はい」
「どんどん食べて大きくなるが良いぞ」
「あ、ありがとうございます」
ケイ先生はロッテを優しい目で見つめている。
その目はシャンタルがロッテを憎しみの籠もった目で睨み付けていたのとは対照的だ。
「先生、まるで孫を見る祖母ですね」
「まあ、実際そのようなものだ。……して、ヴェルナー」
ケイ先生の目が鋭くなった。
「姉上に報告したのか?」
ケイ先生に問われて、俺は忘れていた課題を指摘された気分になった。
もっとも、俺は真面目な学生ではあったので、滅多に忘れたりはしなかった。
それでも長年の学生生活、課題を忘れたことは数度ではない。
「いえ、まだですが」
「ならば、した方が良かろうな」
その言葉も俺が課題を忘れていたときと同じだ。
俺が課題を忘れると、いつも決まって冷たい目でそういうのだ。
「そうですね」
「すぐにな」
「わかりましたよ。失礼します」
俺は、姉に連絡するために、一言断って、ユルングを抱いたまま宴会場から外に出た。
宴会場を出てすぐに、遠距離通話用魔道具を起動して、姉に呼びかける。
「姉さん、聞こえる?」
『……聞こえるよ。どうしたの?』
「進展があったから報告しようと思って」
『聞かせて』
俺は姉にこれまでの経緯を報告する。
ユルングの親について、シャンタルと前大王についてもだ。
「それで、皇太子殿下にも知らせておいてくれ」
俺が本当に知らせたいのは、皇太子というよりも近衛魔導騎士団にだ。
近衛魔導騎士団に知らせるには、その上である皇太子に報告するのが確実だ。
『わかった。まかせておいて』
「あ、それと、皇太子殿下には赤い宝石のお礼を言っておいてくれ。とても役だった」
『ん。よくわからないけど、伝えておくよ。それでヴェルナーはいつ戻ってくるの?』
「いま古竜の王宮で歓待を受けているし、ケイ先生もやってきたから、いつ帰るかちょっとわからない」
『そう。ケイ先生が。わかった』
ケイ先生の名を出したからか、姉はあっさりと納得してくれた。