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153 勇者の剣

 ロッテは大王から受け取った鞘をじっくり観察して顔を上げる。


「これは……」

「そう。そなたの家の紋章だ」

「まさか」

「そのまさかだ。千年前の勇者ラメットの剣だ」

「ですが……建国王の剣は実家の宝物庫の方に……」

「それは国王になってから愛用していた剣であろう。王女殿下、鞘ではなく剣をよく見るが良い」


 ロッテはラメットの剣を改めて観察する。


「特に何かが書かれているわけでは……」

「そうなのだ。つまりそういうことだ」

「どういうことでしょう?」

「ラメットが自分の、いや王国の紋章を作ったのは建国後だ」

「あ、そうですね。建国王の剣にはラメット王国の紋章が刻まれていました」


 建国前、大魔王や前大王と戦っていた時代の剣には紋章がないと言うことなのだろう。


「人族の間では聖剣の伝承があるという。実際にはそのような物があると聞いたことはないが……。もし仮に聖剣と呼ばれるべき剣があるならば、この剣であろう。実際に大魔王を倒したのはこの剣なのだから」

「……これが大魔王を倒した剣」

「ちなみにだが、その鞘は古竜の工芸を趣味としている者が、後に製作したものだ」


 そして大王は昔を思い出すかのように遠い目をした。


「建国後、三年ぐらい経ったときだったか。聖女と一緒に遊びに来てくれたのだ」

「そのときに剣を?」

「ああ、友情の証にと。ラメットはこうも言っていた」


 大王は、パタパタ浮かんだまま、ロッテの持つラメットの剣にそっと触れる。


「『この剣はドワーフの名工が作り、大賢者が魔法を掛け、聖女が祝福を施した強力無比の剣だ』と。だからこそ古竜に預けたのだろう」

「そ、そのような大事な物、私が受け取って良いのでしょうか?」

「もちろん良い。むしろそなたに渡すために千年、古竜が預かっていたのだ」


 大王は俺をじっと見つめてから、ロッテを見る。

 この場で、ロッテが勇者だと知っているのは俺と大王だけだ。


 恐らくラメットは次代の勇者に受け渡すために、古竜に預けたのだろう。

 大魔王はおよそ千年ごとに出現する。


 そして、人の世にとって千年は長い。

 国ですら千年続くことは、滅多にない。


 大陸で覇を競っている我が国ラインフェルデン皇国も、ガラテア帝国も建国から千年経っていない。

 大陸最古の国家が千年前にできたラメット王国なのだ。


「勇者ラメットはきっと、自分の建国した国が千年後に滅んでいる可能性も考えていたのでしょうね」

「ああ、ヴェルナー卿のおっしゃるとおりだ」


 千年は人の世には長いが、古竜の世では長くない。

 千年あれば人の王は四、五十回代替わりするが、古竜は千年前に即位した大王が未だに王の座にいる。

 後世に確実に伝えたいならば、古竜を頼むのが確実だ。 


「しかし、本当に私が受け取っても……」

 勇者の自覚がないロッテが戸惑っている。


「ロッテ、受け取っておきなさい」

「お師さま」

「大魔王が出現しなければよし。あとで返しに来れば良い。大魔王が出現したら、確実に役に立つ」


 ロッテは俺を見て頷いた。

 きっと、ケイ先生にもしものときは頼むと言われた言葉を思い出したのだろう。


「わかりました。確かにお預かりいたします」

「うむ。王女殿下は沢山の武器の中から、ラメットの剣を真っ先に手に取った。勇者ラメットのお導きとしか思えぬ」

「そうでしょうか」


 どこかロッテは照れたような、複雑な表情を浮かべている。

 ただの偶然だという思いと、尊敬する先祖に認められたのかもという嬉しさが混じっているのだろう。


「大魔王が出現せずその剣が役に立たぬのが一番ではあるが……。役に立てられる時が来たら、世界を頼む」

「はい」


 やる気のロッテをみて俺は少し不安になった。

 ラメットの剣はケイ先生が魔法を掛けて強化したという。

 つまりケイ先生はラメットの剣を熟知しているのだ。


 ケイ先生が大魔王となったとき、それが害を及ぼす気がしてならなかった。


「ロッテ、それに大王」

「はい」「どうした?」

「その剣、私に預けて頂けませんか?」

「もちろん構いませんが……」

「ヴェルナー卿、その剣に何かあるのか?」

「私自身の手で強化しておきたいと思いまして」


 ケイ先生が強化したときと同じでは駄目だ。


「なるほど、それがよかろうな」

 大王は俺の言いたいことを理解してくれたらしい。


「加えて付与魔法が得意な古竜の方を紹介して頂けませんか?」


 魔道具だけでなく、俺の魔法はケイ先生の体系に属する、

 俺がいじったところで、ケイ先生はさほど苦労せずに解析してみせるだろう。


「そうだな、すぐに紹介しよう」

「ありがとうございます」


 俺と古竜の専門家が力を合わせれば、いまよりもケイ先生に通じやすくなるだろう。


「ありがとうございます、お師さま」

「礼には及ばないよ。礼なら大王に」

「朕にも礼は不要だ」

「それでも、ありがとうございます」


 そういって、ロッテは深々と頭を下げた。


「りゃ〜〜〜」


 そのとき、ユルングが起きて、大きく伸びをした。


「りゃ?」

「おはよ、ユルング。今は宝物庫に来ているんだよ」


 俺はお腹に抱きついているユルングを優しく撫でた。


「りゃ〜」


 ユルングは大王を見つけると、

「りゃ」

 嬉しそうに手を伸ばす。


「ユルング、可愛いな」

「りゃ!」


 大王に撫でられて満足すると、今度はロッテに向かってユルングは手を伸ばした。

 撫でろと要求しているのだろう。

 とりあえず、全員に撫でてもらおうと考えているらしかった。


「ユルング、おはよう」

「りゃ〜」

 ロッテにも撫でてもらい、満足したユルングはキョロキョロし始めた。

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