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156 古竜の作業部屋

「私の武器ですか?」

「うむ。あった方が良かろう? 聖女戦のときのように剣は折れることもあるゆえな」


 折れたのはロッテの剣だ。

 そして、ロッテには俺の剣を貸したのだ。


「確かに大切かも知れません」


 ロッテの剣が折れたとき、貸せるように俺もいい剣を持っていた方が良い。

 それに、俺自身もいい剣を持っていた方が良いに決まっている。


「であろう。これはどうか? オリハルコン製だから、魔法もかけやすいぞ」


 俺は大王から剣を受け取り、鞘から抜き放つ。


「確かに、見事な剣です。魔法も掛かっていますね」


 切れ味を保持する魔法と、折れにくくする魔法だ。

 それに魔法との親和性も高めてある。

 剣に炎の魔法を掛けて、炎の剣にするということも難しくなさそうだ。


「先代が魔法付与に凝っていたときに、かけた魔法だな」

「りゃ〜」


 先代とはユルングと大王の母である前大王のことだ。


「ぜひ、ヴェルナー卿に受け取って貰いたい」

「…………ありがとうございます」

「うむ。母も喜ぶであろう」


 俺がその剣を腰に差すと、大王は満足そうに頷いた。


 それを見ていたハティが言う。

「ハティが使える武器はないかや〜?」

「ハティ。古竜向けの武器はない」


 大王が優しく諭す。


「父ちゃん、どうしてなのじゃ?」

「強い古竜が、武器など使ったら世界が壊れるであろう?」

「なるほど〜? でも、ハティより主さまのほうが強いのじゃ」

「そうかもしれぬ。だが、種族として武器は使う習慣がないゆえ、武器がそもそもない」

「使うのがダメということじゃないのかや?」


 大王は少し困ったような表情を浮かべる。


「ダメではない。が、古竜には、そもそも武器を使うと言う発想がなかった」

「そうなのじゃな。なら、主さまに作って欲しいのじゃ」

「ん? ハティが使える武器となる魔道具か?」

「そうなのじゃ!」

「大王、よいのですか?」

「良くない、いや、良くないということはないが……」


 ハティは堂々と言う。

「ハティより主さまの方が強いし、主さまのお師匠さまは更に強いのじゃ。ならば、武器ぐらい無いとやってられないのじゃ!」

「それはそうだが……」


 少し考えて大王が言う。


「ヴェルナー卿、ご迷惑ではないか?」

「いえ、迷惑などでは」

「ならば、もし余裕があれば、ハティに何か作ってやって欲しい」

「わかりました」

「もちろん、後回しでよい。古竜は種族として強いゆえ、本来は武器を必要としないのだからな」


 後半はハティに言い聞かせるように、大王は言った。



 その後、大王も一緒になって、俺たちは宝物庫から外に出た。


「ヴェルナー卿、早速だが、作業室へと案内しよう」

「ありがとうございます」


 大王が案内してくれた作業室は、やはり広かった。

 辺境伯家の王都屋敷の敷地、その三倍ぐらいの広さがあり、天井の高さ俺の身長の二十倍ぐらいある。

 窓はないのだが、広すぎて、開放感があった。


「りゃ〜」

 広い空間が好きなのか、俺に抱っこされているユルングの尻尾が激しく揺れる。


 その広大な部屋の真ん中に、人間サイズの机と椅子がぽつんとある。


「あの机と椅子はヴェルナー卿に使って貰うために用意したのだ」

「ありがとうございます。助かります」


 俺たちはその部屋の中央へと歩いた。

 試しにその椅子に座ってみる。


 遠くから見たら小さく見えた机も、実際に座ってみるとかなり大きかった。

 高さこそ人族サイズだが、縦横ともに俺の身長の二倍ぐらいの長さがある。


 その広い机のうえにユルングを置くと、

「りゃりゃ〜」

 嬉しそうに仰向けになって、ゴロゴロ転がった。


 あまりに広い部屋の真ん中というのは、落ち着かない。

 だが、作業には支障は無いので問題は無い。


 俺は宝物庫で受け取った物を机の上に乗せた。


「充分広いですね。ありがとうございます」

「うむ。棚の中に入っている素材類は自由に使って欲しい」


 広大な作業室の壁にはびっしりと棚が付いている。

 その棚は古竜が扱うのに適しているので、当然巨大だ。

 棚一つの高さは俺の身長ほどあり、横幅は身長の五倍ほどあった。


「どこに何が入っているのかは、朕も把握しておらぬゆえ……詳しい者に……、おお丁度良いところにいらっしゃいましたな」

「りゃ!」


 そこに一頭の巨大な古竜が入ってくる。

 大王が敬語を使う古竜は、長老の一頭に他ならない。

 その長老のことを知っているユルングも、嬉しそうに鳴いた。


「おお、殿下。今日もお可愛いですな」


 長老はユルングを見て頬を緩ませる。


「陛下、偶然ではありませぬぞ。陛下とヴェルナー卿が入るのを見て駆けつけたのですからな」

「おお、助かりますぞ。ヴェルナー卿。猊下が作業室の実質的な主人あるじなのだ。なんでも尋ねるとよろしかろう」


 その作業室の主人たる長老のことは知っている。

 初めて古竜の王宮を訪れたときに自己紹介を受けている。


「未熟者ですが、どうぞよろしくお願いいたします。グイド猊下」


 俺は椅子から立ち上がって、頭を下げる。

 古竜の長老の尊称は猊下らしい。

 人族の社会では、猊下は大司教など高位の宗教家か、碩学、つまり大学者に用いる尊称だ。


 古竜の長老は宗教的なものではなく、碩学に対するそれなのだろう。

 長命な古竜の中でも、長老は特に長寿で、その知識は碩学と呼ばれるにふさわしいものだ。


「おお、ヴェルナー卿、私の名前を覚えてくださっているとは、光栄の至り」


 そういってグイド猊下はにこりと笑う。

 だが、すぐに鋭い目になり、俺たちの持つ宝物を順に見た。


 ロッテの持つラメットの剣。

 コラリーの使う障壁発生装置と魔力の放出を助ける魔道具。

 そして、俺の持つオリハルコンの剣だ。


「ふむふむ、それらを強化するのだな?」

「いえ、強化というよりは、人族にでも扱いやすいように調整したいのです。特にこの二つの魔道具は、人族には扱いにくいですから」

「そうであろうなぁ。これを与えた昔の大賢者も持て余しておったわ」


 コラリー用の二つの魔道具は、五千年前に大賢者と呼ばれた人族のために古竜が作ったものだと聞いている。


「グイド猊下が、製作者なのですか?」

「そうだ。懐かしいな」


 グイド猊下は優しい目で微笑んだ。

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