そう、これは夢だ。
うっすら目を開けて、なぜか僕はそう思った。だってさっきまで、病院のベッドの上で苦しくなって、ナースコールを押したはずなのに。
気づけば真っ暗な世界にいて、体がどこまでも沈んでいく。ここはどこだ?
何も見えない完全な暗闇の中で、ぼんやりした人影が映った。
「――おま……に、託し……。俺はもう……だ。あんなものはもう二度と……。お前なら、……を死なせず……。好きにならずに……か? ジュリ……会わず、別々の――」
これは死に瀕した最中での、夢なのか。若い男の声で何かを語りかける。でもあまりよく聞こえない。なんで、この人は悲しそうな声なんだ?
まだ呼吸が乱れていて、あまり目をしっかり開けられずにいた。意識が混濁したなか、声の主に助けを求めて、あいまいに頷いたような気がする。伸びてきた影は僕の額に触れて、なにかを植え付けて消えた。
――それからずっと夢の中を生きてる気分だ。僕が『高校の時から病院に入院していた夢』をみているのか。それとも病院にいた僕が『イタリアに住んでいる別の人間の夢』を見続けているのか。
幼い時から、ふわふわして変な感じだった。
僕はロミオと呼ばれ、イタリアのヴェローナと言う町に暮らす。石でできた、彫刻や模様が綺麗な建築様式。ローマに次ぐ大きさの歴史的な闘技場。小麦でできたものやリゾットを食べる。
これら全部、僕にとってリアルだけど、映画の中を生きている気分だった。僕には
幼かった僕が生み出した架空の人物が、頭の中にいるのかなと思っていた。
『モンタギュー?』『ロミオ?』
七歳の時にやっとそれが『ロミオとジュリエット』の世界だと気づいた。やっぱり僕は元々日本で生きていたんだ! 十七年間の記憶も全部、思い出した。
「僕が……航生」
自分を取り戻したみたいで嬉しかった。けれど、同時にロミオであることを思い出して、気落ちした。このままいけば、僕はジュリエットと死ぬことになる。
なんで僕がロミオに選ばれたのか。僕は入院中に読んだことはあるけど、たくさんある本の中の1つに過ぎない。少ししか覚えてないし。適任は僕じゃなくても良かったんじゃないか? 今からロミオをやめられないのか。
「僕の名前はこうき。僕の名前は航生」
ロミオになんか、なりたくなくて、自分の名前を呪文のように繰り返した。
「あーもう夢なら覚めてくれ!」