寝てもさめても、この世界からは出れず、どうしていいのか分からないまま、ロミオとして十六歳になった。
改めて、自分を眺める。鏡に映る僕は、当たり前だけど日本人じゃない顔立ちだ。
クリーム色の髪に灰色のような青ぽい眼で、少しくせ毛のセンター分け。鼻も日本人に比べれば高いし、どっから見ても欧州系だ。憎いことに、生きてた時より見た目はカッコイイ。そもそもこの国は、まわりのみんなも彫りが深くて、絵画でみたの同じくらい綺麗な顔立ちばかりだ。
……大丈夫。死ぬと分かってて、僕はジュリエットを好きになんてならない。なるもんか。せっかく病気のない健康的な身体なんだから、このまま遊びたいし何事もなく生きていたい。
そんなことを思いながら町を歩いていると、わーわーと騒がしい声がする。野次と煽る声と、汚く貶す言葉。
「……また決闘でもしてるのか」
そこに血気盛んな
ティボルトだ。キャピュレット家の跡継ぎになる男。煽り、相手に先に剣を抜かせようとしている。
「ロミオ」
息を殺していた僕の存在に、目ざとく反応した。まさか、この距離できづくのか……。
敵の察知能力は草食動物なみだけど、目の色はまるで血に飢えた肉食獣のようだ。ティボルトの目は、僕を見つけた瞬間から更に燃えている。その目は、モンタギュー家への憎しみでできているらしい。なんで、一方的に僕がティボルトに恨まれてるのかわからない。恨まれる事なんて、したつもりはない。
あいつは指先で「来い」と
「やんないよ」
それだけいって、教会に向かう。そこの庭を手入れさせてもらうのが僕の心の安らぎの時間だった。
昔からある権力争い。皇帝か王族か天皇か。呼ばれ方は違うけれど、歴史を辿ると支配者と神の支持者、武力はヨーロッパでも日本でも同じように血みどろの戦いを繰り返してきた。人は争う。聖書に綴られている人間の六千年前からの歴史がそう言っている。
十四世紀の今。皇帝派のモンタギュー家と、教皇派のキャピュレット家がありもしない憎しみに囚われて、何代にも渡って争っている。
僕もこの時代に生き、皇帝派の家だけど聖書を学び祈りもしてきた。前世で信じてなかったけど、神がいることも、不思議と信じられる。神だって争い望まないんだか、皇帝派も教皇派も仲良くなれないのかな。
でも円形闘技場を見て思うのは、人は残忍なことが案外好きである。党派の別れた若者は血気盛んで暴力沙汰も、しょっちゅう。売られた喧嘩は買う。喧嘩は勇敢で、買わな者は腰抜け扱い。それが当たり前の町だ。エスカラス大公だって、町の争いをやめさせられないのに、僕一人にどうにかできる問題でも無かった。
「ロミオ、まーたここにいたのか」
教会の裏にあるバラ園で剪定をしていると、友達のマキーシュオと、いとこのベンヴォーリオが顔を出した。夏も近づき、開花のピークは過ぎたけど遅れて咲いたバラも面倒をみてあげない行けない。ほっとけば種を作りエネルギーを使うから、花が枯れたらすぐに切ってあげた方がいいんだ。
「ここはいいよ。静かで」
「おまえって、植物を観る時、気持ち悪い奴になるよな」
「そうか?」
「あぁ。舐めまわすように、下から覗いたり、上から、色んな角度から眺めてきもちわるい」
それは、あれだ。新芽が出てきたかとか、傷はないか。虫は着いてないかとかあれこれ、成長を見守ってるんだよ。
「今度、俺ん家のも見てくれよ……っていう話をしに来たんじゃなくてな」
「舞踏会の話なら、行かないって言ってるだろ」
昨日、キャピュレット家の使いの者が字が読めないからと、代わりに招待リストを読んであげた。それからといい、マキーシュオはちゃちゃを入れに三人で行こうと言いだしたきりきかない。
「行ったら死ぬ」
「大袈裟だな。キャピュレット家のパーティに行ったからって死ぬわけないって。バレずにやり過ごすんだよ。新しい出会いがあるかもしれないだろ」
分かってもらえないだろうけど、本当に舞踏会に行けば死ぬんだって。
「何度も言ってるけど、行かないって断ってるだろ」
「怖ないのか? 意気地がねぇ奴」
「敵の家に行って良いことない。友達だから言うけどあまり、あの連中にはちょっかい出すなよ。いつか決闘で刺されるぞ」
「分かった分かった。その台詞は聞き飽きた。それより舞踏会の話だ。恋人の一人や二人つくりたいだろ。なのにお前と来たら浮いた話もない。恋でもしたどうなんだ、ロミオ」
「一人で十分だし。舞踏会で見つけるのは、御免だ」
「ガキだなぁ。なぁ、ベンヴォーリオ?」
マキーシュオは僕に絡みながら、応援をもう一人の友達に求めた。二対一は酷い。
「そうだな。やっぱりロザラインはどうなんだ? ロミオだってこの前、彼女を見かけて、目が止まってただろ」
「そうだっけ?」
ダメだ。名前も顔も少しも思い出さない。
「だったらもう一度ロザライン嬢を見に行こぜ! 舞踏会に参加するらしいじゃん」
「あーあー、その話は終わり」
耳を塞いで見せると、ふざけて僕の手を退けようとしてくる。そんな不毛な戦いを一旦休戦して、とりあえずバラ園の手入れは終わりにした。
友達二人とくだらない言い合いをしながら、とぼとぼ歩いていると、噴水のある広間を挟んだ向こう側から強い視線を感じた。
誰だろう? 視線を追うと、布を被っていて髪や口元を隠していた人が居た。多分、この人だ。
背丈や体格で女の子かなと思う。僕より深い青の瞳が、ずっとこちらを見ていて、なぜかそれだけなのに魅入られる。
「ロミオどうした?」
友達二人は、なにも感じない? こんなにもこの子がこっちを見ているのに。その瞳が、すごい綺麗なのにさ。
まるでその子も僕だけを見ているような錯覚になった。見れば見るほど、どうしても目が離せなくなる。
風が吹き、彼女の頭を覆っていた布が取れた。黒と茶が混ざった色の髪が露わになった。想像以上に綺麗な顔立ちをしている。
身体に電気が走った。血の巡りは早くなり、全身に行き渡る。感情が追いつかないまま、身体は正直に反応している。隣では、僕を呼びかけているけど、それどころじゃなかった。身体は熱くて、頭がくらくるする。ぎゅっと心臓を握りつぶされたかのような、強烈な痛みが走る。
「――っ」
それに気をとられていると――
「助けてっ」
その子は僕のすぐそばまで来て、懇願した。僕だけを見ている気がしたけど、自惚れじゃなくて。本当にこの子は、僕だけを見て助けを求めてきた。
「って、私、何言ってるんだろ。気にしないでください。家から逃げ出して来て、ちょっとやり過ごしてるだけなんで…」
「分かった。匿ってあげようか」
「でも」
「困ってるんだろ?」
口が勝手に動いた。僕は何を言ってるんだ。
家のことに首を突っ込んでも良いことなんてないのに。……助けを求められて、断れる男がいるだろうか?
「着いてきて」
「よろしくお願いします」
プロポーズの返事をされたかと思った。
そう見える僕がおかしい。そもそも、求婚なんてしてないし。
でも勘違いさせるくらい、僕のことを見つめつづけて、嬉しそうに頬を染める君が悪い。
「……っ」
「なに二人だけで話してるんだ」
友人たちが、咳払いをした。この場にいるのが小っ恥ずかしくなって、少し雑に彼女の手を取った。
「早く行こう」
「はい」
やっぱり、なんか変だ。目が合い、手を握っただけで、吐きそうなくらい鼓動が乱れてる。
「おいおい! どこ行くんだロミオー!」
慌てた友達を横目に、僕は心自分のに従うように誰かも分からない彼女と走った。はぁ、はぁと走る君の息遣いと、うなじ。後ろで編み込まれた髪に見惚れ、どれをとってもそそられてしまう。
「あ、あの。家のことに巻き込んですみません。……でも良かったんですか」
「君が助けてって言ったんじゃないか」
「だって、私たち名前も知らないのに」
「そっちだって、簡単に手を握られてさ。変なとこ連れて行かれても知らないよ」
「え」
「ウソだよ。連れて行かないけどさ…….」
一瞬、警戒されたらものの、僕が慌てて訂正すると、彼女はほっとしたように口が綻んだ。安心してくれるのは嬉しいけど、どうなんだろう?
友達からだいぶ離れた場所まで来ると、僕は足を止めた。二人で、隠れられそうな物陰にそっと身を隠して立った。
「……なんだか変ですよね。貴方も私も」
「そうだね」
「私、一人でも逃げれたはずなのに。なんであなたを巻き込んでしまったのか、自分でもよく分からなくて……」
やっと冷静になってきたのか、頭に被った布を取るり、深々と謝罪をする。いや、多分まだ冷静になりきれてないのか、自分でも困惑してるぽかった。
まだ幼い顔立ちが可愛いと思っていたけど、こうして近くで見ると、大人びてる雰囲気はあって、不思議な子だった。
「貴方の手を取ってしまったのは、ほとんど無意識だったんてです。なんででしょう。パリス様との結婚を止めてくれる。貴方に助けて欲しいって思ったから……」
「僕と目が合っただけで? どうして」
「どうしてって、……貴方が――」
それは、自分に問う言葉でもあった。その答えを僕も教えて欲しい。
顔が熱っているのが自分でもわかる。だけどもう隠しても遅かった。
僕が強く見つめると彼女はしどろもどろに話す言葉は、さらに弱々しく途切れた。惚けたように立ち尽くす。少なくても僕にはそう見えた。なんだ、これ。まるで本当に――。
「君の名前は?」
「……私の名前はジュリエットです。キャピュレット家の」
「君がジュリエット……だって?」
そんなの、あたり前か。ロミオがこんなにも一目惚れするのは、ジュリエットだけだ。
僕はなんで油断をしていたんだろう。
仮面舞踏会に行かなきゃ会う機会もないって。まだその日じゃないと。同じ町なのにバカだった。まさか向こうから舞い込んでくるとは。その上、君までも
この狂ったような、恋焦がれる感じ。身体が焼かれるように全身で彼女に惹き寄せられる。
嫌でも分かる。ちっともジュリエットに興味がなかったというのに。ジュリエットの何処が好きかも言えない。彼女のことなんかなにも知らないくせに。君の瞳しか見てない時から、心を奪われるなんて。こんな恐ろしいことがあるのか?
こんなのまともな恋じゃない。
「貴方は? もしかして」
「……っ」
――あぁそうか。僕は所詮、抗えないこの物語の