目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

仲良し作戦



 二回目にあったことを話し終えたあと、乳母がジュリエットを呼ぶ声がした。「いま、行くから」と結夏は誤魔化したけど、それも長くは持たなそう。


「まずは、ティボルトをどうにかしないとな」


 一回目ではティボルトがいつも、ロミオへの憎しみや怒りを持っていた。二回目の時は、少し話し合いの余地はありそうだったけど。あれは、ひまりがジュリエットだったから異例なわけで。結夏がジュリエットなら、またマンチアまで追いかけられて、殺されかねない。


「ティボルトと友達になってみようと思う」

「……そうだね。親戚になるなら、避けては通れないことだもんね」


 当たり前のように、結夏は『親戚』と言った。まだ僕はここでは結婚の話もしてないのに、する前提で話が進んでいて、改めて変な気持ちになった。もちろん、結夏は全部やり直すために来てくれたんだけど。


「ちょっと、航生くん。真面目に考えてる? ティボルトは大人の影響でもう、ロミオのこともう目の敵にしてるんだからね」

「か、考えてるって」


 指摘した結夏は、僕に「めっ!」っと怒るように少し眉を寄せた。なんとなく、やっぱり、子供扱いされてる気がする。


「分かってると思うけど、ティボルトはロミオのことを憎んでいるけど、それは航生くんにじゃないからね。すぐには仲良くなれないと思うけど、私も間にはいるから」

「うん。僕もティボルトに恨みがあるわけじゃないよ」


 乳母がまたジュリエットを呼んでいる。


「あ。本当に、そろそろ戻らないと」

「明日、教会にティボルトを連れて来て欲しい」

「分かったわ」


 結夏は頷いたあと、名残惜しそうに、何度か振り返りながら部屋に戻って行った。


 **


 翌日になり、早めに教会で待った。

 少ししてティボルトは来て早々、僕を見るなり、声を荒げた。


「ロミオ? なんでここに、モンタギューの人間がいるんだ。お前、アレだろ。呪いの子だとか。ジュリエットにそれ以上、近づくな!」


 噛みつきそうな勢いで、結夏の間にボディーガードのように立つ。


「ここに居られるかよ。ジュリエット、帰るぞ」

「ティボルト」


 腕を引っ張られた結夏は、ふりほどく。首を振り、静かに咎めた。


「話があるって言うから、来たのにあいつがいるなんて、聞いてないぞ!」

「騙してごめんなさい。説明するから、ちゃんと最後まで聞いて」

「教会で会うなんて、考えたな。ここが外だったら、殴ってたところだ」


 もちろん僕もそのつもりで、教会に呼んだ。さすがのティボルトも教会では、手荒なことはしないらしい。

 結夏が僕とティボルトの間になるように座る。渋々、本当に渋々と言った感じでティボルトは横に座った。僕は、長机を挟み、一列前の長椅子に座る。



「あ、あのね。キャピュレットとモンタギュー家ってずっと喧嘩してるでしょ」

「あぁ」

「ロミオと話したんだけど、仲良くなれないかなって」

「無理だろ。って言うか、ロミオと話しただと? いつ? どのくらいそばにいた?! なんで近づいたんだ?!」


 長椅子に座っていたティボルトは立ち上がり、猛反発した。声が、教会に響きわたる。まだ十歳くらいとは、いえティボルトはティボルトだった。覚悟はしていたけど、予想通り、圧倒される。


「拳や剣でいつも喧嘩するなんて、良くない。私が嫌なの。ロミオも同じ意見たから、二人で話し合ったの」


「ジュリエットが気にすることじゃない。父さんも、じいさんも。その前だって、皇帝派と教会派は相容れない。一生な」


「でも乱暴すぎる。ティボルトはどう? モンタギュー家が憎い? ロミオをどう思ってるの?」

「俺は嫌いだ」

「ロミオとほとんど話したこともないのに?」

「……っ」


「ロミオに直接、嫌なことされてないでしょ? なんでロミオのことが憎いのか、正当な理由が言える? 全部、大人がそう教えてきたからでしょ?」


 ティボルトは、はっと顔色が変わり、言葉を失っている。


「ティボルト。僕もできるならキャピュレット家と関係を軟化したい。親が言ったことを真に受けるんじゃなくて、友達になって欲しい」

「断る」


 ぴしゃりとティボルトは、僕から目を背けた。僕の言葉には耳を傾けてくれないとわかると、すかさず、結夏が口を開く。


「ね? ティボルトは少し喧嘩早いところあるから、心配なの。……もし誰かと剣を抜きあって最悪のことが起きたら……私……」


 吠えていた犬が不思議なくらいに、トーンダウンしたのが、見て分かった。


「俺の、心配してるのか?」

「もちろんよ。誰も死んで欲しくない。ロミオも平和を望んでるの。だからお願い、喧嘩はやめて」


 従兄妹のジュリエットからの直々のお願い。

 本気で心配してるから、素直にティボルトには刺さっている。



「平和、か。ジュリエットは、そんなに乱暴者は嫌いか?」

「好きにはなれない……」

「俺は、乱暴者か?」

「……う、ん。だけど、ティボルトの良いところも、ちゃんと知ってるわ」


 直球で聞かれた結夏は、言いづらそうにしながらも、うん、と答えると「なら、今日から俺もやめる」とティボルトは、結夏だけを見て言う。静かに聞いていようと思ったけど、なんかモヤっとする。


 なぁ。それって……? ジュリエットに好かれようとしてるようなものでは? 当の結夏はどう思ってるのか、ちらりと盗み見た。ティボルトの意をわかってるのか、分かってないのか知らないけど、申し訳なさそうな、困ったような顔だった。


「つい最近も、僕の友達のマキューシオと取っ組み合いの喧嘩してたけど、それももう止めるって約束してくれないか?」

「はぁ?」

「もちろん、マキューシオにも喧嘩しないように約束させるから」


 なんで、お前に約束されなきゃいけねーだ。って言いたげな顔を僕に向ける。だけどティボルトは、結夏を横目で見るとすぐに思い出したように「わかった。分かった」と両手を挙げた。



「――で、俺を引き入れて何考えてる?」


 正直、最大の敵キャラであったティボルトを味方につけることが優先事項。先のことはまだ考えてない。パリス伯爵との結婚どうののイベントは必ずやってくるだろうし、それは後でやるしとして。


 いずれはティボルトにも、僕らの結婚を認め貰う必要がある。


「いつか、大人も喧嘩が終わるように僕とジュリエットでどうにかしたいと思ってる」

「はぁ? どうやって」

「それは、まだ話せない」



 苦し紛れに僕も結夏が笑顔を作る。この段階で結婚は当たり前にするてもりだとは言い出せなかった。



「まさかと思うが、せいぜい友達止まりにしないと、この作戦、俺は降りるからな。ジュリエットがこいつを好きになった時点で叔父上に報告する。いいな?」


「分かったわ。今日は話を聞いてくれてありがとう」

「言っておくが、こいつには例の呪いのこともある。仲良しごっこも良いけど、今後、ロミオと会いたければ、全部、俺を呼べ。ジュリエットが一人で会うのは、禁止だからな」

「……うん」

「話が終わったなら、とっとと帰るぞ」

「待って、私、まだロミオと話が……っ!」



 別に僕は、承諾したわけじゃないし、バルコニーでこっそり会にいこう。なんて考えてると、ティボルトは結夏の手首を掴み、教会を出て行かれた。



 ティボルトは最後まで僕を睨みつけていた。……まぁ一朝一夕で友達になれるとは最初から思っていないことだ。中身としては、ティボルトより今は僕の方が年上なのだから、怯むことはないんだ。


 教会に一人残り、ため息が出た。とりあえずは、一歩前進だと思う。……思うけど、問題は一つ。薄々はかんじてたけど、ティボルトはジュリエットのことを好きなんじゃないか。もっと言えば、結夏を。


 ひまりの時は、ティボルトも世話を焼いている風だったけど、好きだとそう言う感情じゃなさそうに思う。


 もともと原作には、ジュリエットを好きだって話は無かったと思うけど、多分、結夏のせいだ。


 結夏がジュリエットの時は、ティボルトの態度はなにか違う。一回目の時、ジュリエットが死んだ時の慌てようはすごかった。間接的に死なせたことを、後悔しているような。


 ティボルトが、さらにロミオに対して敵意が増えるのは厄介だ。でも今はティボルトと仲良くするには、結夏の力も必要だし、味方にする作戦は間違えたかなと、思うけど、とにかくやるしかない。



 時間を空けて僕も教会を出ると、ちょうどマキューシオとベンヴォーリオも僕を探していたらしく、すぐに会えた。



「マキューシオ、一ヶ月でいいからさ、ティボルトと喧嘩しない遊びしないか? 自制心を鍛えることにもなるんだ。大事だろ?」

「なんだ、それ。喧嘩なんて向こうだってふっかけてくるだろ」

「そのティボルトも、ジュリエットと約束して喧嘩しない月間を始めてるらしいよ」

「マジかよ。あいつが馬鹿げた遊びしてるって?」

「なんなら、ティボルトの方ができるかもしれないなぁ」

「へぇー。聞き捨てならないな」


 釣れた。マキューシオは気分を害したように、食いついた。


「俺だって、我慢できる自制心くらいあるぜ。ティボルトよりもな! 証明してやるよ」

「ベンヴォーリオもな」

「お、オレも?」


 他人事のように隣で聞いていたベンヴォーリオが、呑気な声を出す。ベンヴォーリオはマキューシオよりは喧嘩早くないけど、参加してもらわないと。


「みんなで、やるんだよ」





この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?