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第10話・雌伏の太陽

 案の定、当のアレックスはニコリともしない。

「私には、グスタフ陛下以外に王と崇める方はいない。それを廃し奉って自らが王を名乗ろうなどもってのほか!」

そうはねつけて、外部の情勢を伝えてきてくれる牢番達とも何日かは口も利かなかった。

「もはや、それ以外に、我々が我々たらんと生きていく手段は残されていないのです。グスタフ王の、王として玉座にあり続けるには余りにも不当なことに対して、先祖代々為政者に対して重ねてきた恨みは、抑え切れないほどに膨れ上がっているのです」

「そしてそれを作り上げた直接の原因としても、グスタフ王はその罪を玉座をもって償うべきなのです」

牢番や、面会に訪れる革命分子の首魁が、入れ代わり立ち代わり、鉄柵越しに説く。

「私は、王をお諌めするのに少々の荒療治が必要と認識はしたが、革命分子らに担ぎ上げられることまで承諾したわけではないぞ!」

アレックスは力説した。だが、首魁らの反応は冷たい。

「王、もはやそのような主張は通用いたしません。

 グスタフ王もそのつもりでしょう」

「…」

「彼は自らが後ろ暗いことをよく自覚しております」

「…」

「よろしかろう。王、今からオーガスタ城下においでいただきます」

「そんなことが出来るのか」

「さきほどから申し上げているでしょう。グスタフはこの宮殿の中にも、もはや一人の味方もいない」

 鍵が開いたままの檻の扉が開かれ、衣装が一式差し出された。

「身仕度を整えさせましょう」


 小綺麗な下級貴族という出で立ちで、アレックスは地下牢から城内に出た。警護に歩き回る兵士もいないし、議論しながら歩く政務官もいない。回廊の隅におかれた花瓶には、茶色にあせた花が刺さったままになっていた。当然、「脱獄」したアレックスの姿を見ているものはいない。グスタフも私生活空間に引きこもり、小国王達も出仕をしない上に、民衆に連なり反感を抱いた使用人達はどんどん暇を取り宮殿を出る。警護どころか城内の掃除すらままならぬという。

 城門の前は、市場になり、城門と反対の方角に、まっすぐ、大きな通りが走り、商店や露店でにぎわっている。

 話に聞いていたブランデルの経済制裁は、まだ効力を表わしてはいないようだったが、露店の女将が、

「御免ね、仕入れ代も高くて、これ以上安くは出来ないのさ」

と謝りながら接客をしていた。値札を見ると、パラシオンより確かに値が高い。

「税率は国内では統一されているはずです。…お聡い王のことですから、どうしてこんな現象が起こっているかお分かりでしょう」

首魁は囁くようにに言った。

「ですが、私どもの見せたいものはここにはございません。

 横道にそれましょう」


 一歩路地に入って、アレックスは立ちすくんだ。ただでさえ細い道の両端に三々五々黒い塊がうずくまり、まっすぐ歩くことが出来ない。先を進む首魁達の動きに反応して、黒い塊が動き、二つの鈍い光が彼らの進む方向を追った。それらはすべて人間だった。

 スラムというものの存在は話に聞いて知っている。だが、こんなありさまとは想像もできなかった、弱い風が進む方向から吹きつけてきて、地下牢とはまた異質な悪臭を運ぶ。

 首魁と牢番に挟まれるようにしてアレックスは路地を風の吹き込むほうに進んでいたが、その服の裾をつい、と誰かが引いた。

「もし…」

小さな子供を連れた若い女性だった。子供は女の膝にもたれかかってぐったりしている。死んではいないだろうが、長くはないだろう。見たところ、二人は親子でもなさそうだ。

「哀れに、思し召したなら…」

女は、アレックスが、道端の人々を興味津々に見て回っていたのに気がついたのだ。片手を差し出す。アレックスは服のここかしこをたたいてから、

「すまない、持合せがないのだ」

と言った。

「それにしても、これはどういうことだ。全ての小王国と王都には、貧しいものに職を与え、見返りなしに病を治せる施設が用意してある筈なのに」

「今の王様になってから、急に、閉じられたそうです。

 ケルダム(小王国)で、食いあぶれて、やっとのことでここまで流れ着いてきました。頼る仲間も、もう、ありません…」

アレックスは首魁らの顔を見た。彼らは見慣れているのか、悲惨な顔はしていなかったが、笑ってなどいられるわけがない。若い女は、うろたえるアレックスの顔をじっと見上げていたが、やおら歌い始めた。賛美歌の一節だった。聞き慣れた歌詞もメロディも、再び生まれ変わったように神々しく、しばらくの間、路地を流れた。

 女は口をつぐみ、横たわった子供の頭を撫でた。

「王」

牢番が先を急かそうとする。難民が彼らの周りに集まり始めていた。アレックスは、来ていた服の、両のカフスボタンをすべて外した。高級ではないが、厚い金メッキと、真珠や色水晶の象眼が施されたそれなりの一品である。とにかく彼は、それを女の手に握らせた。

「歌をありがとう」

そうとしか言えなかった。かわいそう、と言ってしまってはいけない気がした。


 「王、あのような振舞はお控えください。あの人々の中には、貴族と見れば襲いかかり身ぐるみを剥がす輩もおります」

「身勝手は謝る。ただ、彼女は捨て置けなかった」

アレックスは「彼女を知っている」と言った。何年か前、オーガスタ一番の歌姫のなりもの付きで、先代盟主や小国王達の前で、天使のような美麗な声を披露し、結果ケルダムでおかかえの歌姫になったはずなのだ。

「飽きたので追い出されたのでしょうなあ」

首魁が呟いた。

「…ともかくも、王、ここを左に曲がれば宮殿への近道でございます。こちらに」


 途中、窓という窓から灯が漏れ、談笑賑わしい邸の軒下を通った。

「名前はご存じでしょう。ここは、」

と首魁は、オーガスタの物価を声一つで変えることの出来るという、その筋とは懇意にしている大商人の邸である、と言った。確かに、アレックスにも、少々の面識がないでもなかった。いつか王都で、いわゆる上層階級ばかり集まる社交会の席で紹介をされた時には、人当たりのよさそうな人物と一度は思ったが、そのあと、某小国王との会話を聞いて、一気に印象を悪くしたことを覚えている。

 曰く、

「パラシオンはきれいすぎて、商売がしにくくて困りますよ」

 ちょうど、宴会の最中なのだろう。香ばしい食事の香りが流れている。そのうち、勝手口らしきドアが開いて、料理人がゴミを出す。ドアが閉まるや、闇がちぎれるように、路地の人々が現れて、ゴミの容器に群がった。中身を道路中にぶちまけ、取り合いが始まる。通り過ぎようとしてこの光景にぶちあたったアレックスは立ちすくみ口を手で覆った。塞いでおかないと、大声を出しそうだった。

「夢だけを荷物に、はるばる旅した行く先で、待っているのはこんな生活です。役人と繋がったギルドは高い上納金を要求します。おさめなければ店を出してもいつかよくない噂をたてられて潰されるのです。店を手放して日雇いで稼いだとしても、無けなしの金は高い食料に消えていく。いや、食料が買えれば幸せな方です。ほとんど無給に近いのです。

 それではまるで人間ではない。こんな事態を見過ごせますか?

 わかっているはずなのです。でも、こういうことはないことになっているのです」

「王が考えていらっしゃるより、事態は深刻で、一刻を争います。国を、自ら足下から崩しておきながら、その危うい頂に固執することは、この上なく愚かなのです」

アレックスは言葉を口にせず、首魁、牢番の先に立って、灯のない黒い幽霊宮殿に足早に戻っていった。


 その時、アレックスは、口にこそ出さなかったが、グスタフとの訣別を決心したようだった。近く、宮殿前の広場で、革命の旗を揚げる事が決定した報告を受けると、その日のための相談に進んで乗ってくるようにすらなった。そしてあるとき、アレックスが静かに言った。

「このことは、パラシオンにいるディートリヒや、エルンストにも伝えるのか」

「もちろんです。特にブランデル王太子は、友誼として王解放の瞬間をこの目で見たいとおっしゃっていましたから」

「そうか」

アレックスは地に目を落とした。首魁がそれを見て言う。

「王女のことでございますか」

「…うむ」

「近くお会いになれます。楽しみにしていてくださいませ」

「…会えずに三年にもなんなんとしている…一層美しくなっただろうな」

「それもご自分のお目でご確認のほどを。巷には、『苦労は女を美しくする』とは申しますが」

首魁らは短く笑い、場が和む。アレックスはしばらく俯いていたが、やおら顔を上げた。

「旗揚げの前に、一度、奴らに会えるように、手配してくれないものだろうか」


 モイラは、その旗揚げの日に間に合うようにパラシオンを発つ日を指折り数えた。衣装も揃えた。再会した兄に、すぐには何と声をかけよう、あれをしてあげよう、これをしてあげよう…

 兄の笑顔が、彼女の胸を、ほぼいっぱいに満たした。


 「お前まで来て大丈夫なのか、ディートリヒ? いろいろあるんだろう」

 その前夜。地下牢。親友三人が、久しぶりに一同に会した。アレックスが目を丸くすると、ディートリヒは

「俺だけ除け者にするな。自分のことを先に心配すべきじゃないのか」

と返した。

「それより、俺達に会いたいって、何だよ」

「うむ。いままで苦労をかけたことを謝りたくてな」

「何を言うよ。そんなのはパラシオンで酒でも飲みながらゆっくり聞くよ」

エルンストも笑った。

「だから、辛気臭いことはよそうぜ。お前、このまま出られないみたいじゃないか」

「そうか。そうだな」

三人は笑った。ひとしきり笑って、アレックスが言う。

「…モイラは、どうしている?」

「すっかりたくましくなったよ。今夜も誘ったんだが、明日の感動が薄れるって断られた」

「それは嫌われたものだ」

「安心しな。悪い虫は付いちゃいないよ」

「そうか」

アレックスは何度か大きく頷きながら、

「…ありがとう。来てくれて。お前達、気をつけて帰ってくれ。明日のことは先方に漏れている。もう外はカイル兵でいっぱいのはずだ」

「わかっている」

二人は、アレックスと固く握手を交わし、踵を返した、が、アレックスが突然言った。

「いや、やっぱり。

 エルンスト、君の従者を少し残して、待っていてくれないか」


 ユークリッドはそれまで、三人の三歩ほど後でディートリヒの従者とともに立っていた。本当なら、もう騎士の彼に従者の真似事ははや役不足なのだが、自身もこの癖が抜けず、エルンストもいてほしいようなので何も言わない。ともかく、残されて、ユークリッドは一抹の不安を覚えた。牢の中には、まだたくさんの政治犯が詰め込まれ、今の来客を胡散臭そうに眺めていた。アレックスは彼を招く。

「恐がる必要はない」

ユークリッドは、近づく度に強くアレックスの、モイラとは似ていながら違う輝きに萎縮し始めている。

「皆、私の良き友人達だよ」

アレックスは笑みながら、ユークリッドを見た。

「名は」

「ユークリッド・フェリクス・デア・マクーバル・イダ・バスク。エルンスト殿下の私設遊撃隊『新フィアナ騎士団』の団長をまかされております」

「騎士なのか」

アレックスは素直に驚いていた。そして、

「な、何か、御用でしょうか」

とすくみながら聞いた彼に、

「…私がモイラのことを口にした時、君の表情が変わったのが気になっただけだ」

と、さも当たり前そうに言った。

「エルンストはああ言ったが、まさか、君が件の悪い虫…」

「王」

ユークリッドはあわあわと否定する。

「か、勘弁してください。滅相もない!」

「ははは、冗談だ」

アレックスは、青ざめまでしてうろたえるユークリッドに対して、地下牢中に響くぐらいの声で笑った。

「だが、今言ったことは本当だ。実のところはどうなんだい」

「はい」

モイラの目をそのまま移したような目に見つめられて、観念してユークリッドはありていに胸のうちを語った。

「なるほど」

アレックスはじっとユークリッドをみつめた。

「…思い出したぞ。ユークリッド、『ブランデルの槍騎士』か」

「覚えていただけているなんて、光栄です」

どんどん向こうに飲み込まれている。ユークリッドは自覚した。モイラと話しているときのような、心地のいい当惑が襲う。

「いい目をしている」

少し俯き、紅潮した顔を隠そうとしているユークリッドを見て、アレックスは穏やかに笑っている。

「君は信用できそうだ」

「は?」

ふと顔を上げれば、アレックスの顔は果てしなくまじめだった。王の眼光が射すくめる。

「今から私は、君に、私が考えていることを包まず話す。誰にも、言わないでほしい。ヒュバート(首魁)にも、あいつらにも、…モイラにも」

そう彼は切り出した。

「私はオーガスタの盟主にはならない。革命分子は、私を新しく盟主に据えようと画策しているようだが、…あくまで私の主はグスタフ陛下ただ一人、愚かと思われようが長いこと染みついた体質は如何ともし難い」

二人にしか分からない囁くような声はもっと低くなり、ユークリッドは脳天から稲妻を落とされたように震えた。

「王、王、そんな、そのような、大事なことを、なぜ、何ゆえに、家臣でもない、外国の、一騎士に…?」

つっかえながら訪ねると、アレックスは、

「全てはモイラのためなのだよ」

と言った。そして、今度の内乱を引き起こしたそもそもの理由、として、グスタフを拒絶した裏側に潜む自身の歪んだ愛情を語った。

「モイラに幸せになってほしいとは、誰よりも強く願っているつもりだ。そしてそれが、モイラからパラシオン王女としてのしがらみを取り除くことが、私が彼女にしてあげられるただ一つのことなのだ」

「王がいらっしゃって疎ましいと、王女が思っていらっしゃるはずがありません! 兄上でしょう? 妹姫様の幸せに兄上がじゃまとは」

「王と言う自尊心がなかったならば、私は無理矢理にでも、この想いを遂げているよ」

それほど愛した、愛しているのだ。アレックスの眼光が揺らいだ。

「モイラの持つ身分・家の名前だけで縁を繋ごうという輩の愚かしいことよ。一切の建て前のない場所で、いかに彼女が非の打ち所がないか、これでも私は冷静に観察してきたつもりだ。

 …モイラはいい子だ。私のように後ろ暗いところのない、真直ぐで誠実な愛情を与えてあげてくれ。

 頼む」

アレックスは頭を下げた。だがユークリッドはその一切が許せなかった。

「承服いたしかねます。王のお気持ちはどうあれ、父上も母上もなく、王女には王はただ一人のお身内ではありませんか。肉親の愛を失ったと言う心の間隙は、私も心得ております。同じ思いを、私は王女に味わっていただきたくはありません!」

「彼女を愛した十年前から、私に彼女の兄である資格はない。ユークリッド・デア・マクーバル、私は君が羨ましい」

ところが、ユークリッドは、鉄柵越しに、うなだれるアレックスの肩を揺り動かす。

「王女はどうなさるのです!お言葉ですが、王お一人のお身勝手で、王女のお身のふりかたを定められてしまうとは言語も同断のお振舞ではございませんか! グスタフ王と変わりません! そんなことでは!」

「ユークリッド…」

アレックスは、彼の言葉に涙を流してまで反論するユークリッドを、呆気にとられて見返した。

「そうして私に王女を許されたとしても、私は…」

ユークリッドの見苦しいが純真な涙は、アレックスを動かした。

「そうかもしれない。いや、そうだ。これは私の身勝手だ。だが、それしか方法がないのだよ。

 モイラが、私ではない男に、愛されて、結ばれて…

 見ていることが耐えられないのだ。私が九つの時に生まれて、別れるまで十七年、ずっと見てきたのだ。狂うほどなのだ」

「ならばなおのこと、明日、王女とご対面ください。この二年の間の、兄上を思い続けた王女のご心痛を、察してねぎらってください」

「そこで決心するなりせよとか。いいだろう」

アレックスは「大きなところで、私の決心は揺らがない」と言いながら、奥に戻り、何やら取り出してきた。

「妹をよく守ってくれた。王として、兄として、礼を言いたい。こんなものでは、今までの君の苦労も報われはしなかろうが…

 パラシオン国騎士位を与えたい」

ユークリッドの目の前に出されたものは、渋い銀色の柄の平凡な剣だった。ただ、手入れは念入りで、使い込まれてもいる。一目で、彼の愛用と見て取れた。

「君のようなものがいなければ、あいつらに、モイラのために託すところだったが。この牢の中で、いろいろ思って、やっと先日取り寄せてもらったのだ。

 君は『槍騎士』だから必要ないとは思う。ただ、これより先、貴族や平民もその境があいまいになろう。名誉職とでも思って受け取ってくれ」

ここまで用意がされてあって、これ以上なんと言って彼の覚悟を揺るがせ得ようか。ユークリッドは涙顔のまま、思わずひざまずき、剣をおしいただいた。

 そして、抜く。牢の薄暗いランプの灯に、ちらりと身をてらした。

「戦場での君を見なれていれば、その姿も似つかわしくないのだろうね」

アレックスは笑った。ユークリッドは反射的に、騎士叙勲の宣言を始める。ブランデル式の内容だったが、アレックスはそれを口を出さずに受けた。

「我が身に宿る力と技と魂とを、神よ嘉せたまい、また諌めさせたまえ。この剣はふたたび神と御身の前には翻らじ、よろずのことわり、我が前なるアレクサンダー・ユーロス・パラス・パラシア陛下の隨に」

「そして、我が妹、王妹モイラ・ルシア・ライナス・パラシアの隨に」

アレックスは笑みながら、牢番を呼び、騎士の叙勲の見届け人がほしいから、エルンストとディートリヒを呼んでほしい、と言った。


 「あれ、お前、何で泣いてんだ」

戻ってきたエルンストがユークリッドの顔を見て言うと、アレックスは

「感動してるのさ」

と笑っていた。


 普段から、仏頂面をしていたユークリッドのことだったから、騎士叙任の事以外、二人は何も聞かなかった。

「お兄様は、お元気でいらして?」

大分夜も更けていたが、やはり、前もって、兄の安否が気掛かりだったのろう、モイラは起きて彼らを出迎えていた。ディートリヒが笑って、

「他人の心配をしていられるのだから、余裕はありそうだったぞ」

と言った。

「どういうことですの?」

「逆に、私のカイル公との軋轢の方を心配されてしまったのさ」

「何言うよ。それはオルトだって同んなじだっての」

「ま」

モイラはくすす、と笑う。自分より先にまず他人の気掛かりをする、そういう兄の性格が全然変わっていないことに安心した風であった。

「そうそう、モイラ、『明日』の大体の事を聞いて来たぞ」

「まあ、どういうことになりますの」

「正午になると教会で鐘を鳴らす。それが合図だ。あらかじめ、城の前の広場に集合しておいて、一斉に城内に雪崩込む。駐留しているカイル公国軍は、予想される民衆の人数に比べたらさほどではない。人数に任せて余計な流血はひかえたいものだ」

エルンストが言った。

「俺達はその混乱に乗じて地下牢に入り、アレックスを助けだし、首魁達と合流しよう」

「わかりましたわ」

「ん」

エルンストが言って、つい、とユークリッドの肘をつつく。

「なにか言うことがあるだろ」

「あ、はい」

ユークリッドは、まだ先刻の余韻が残っているのか、泣き腫らした目の周りがまだ戻っておらず、なんとも可愛らしい表情で立っている。促されて、

「…王女、明日は、相当数の民衆も参加することになっておりまして、その混雑はなまなかの物ではないと、そういうことでございます。

 どうか……私、達の側近くを離れられることのないようにとの、王の仰せでございました。『新フィアナ騎士団』の面々も、僭越ながら引き続き、王女のよくよくの警護を王子より仰せつかってございますので…」

と、言うだけ言った。ディートリヒとエルンストは、モイラに気付かれないように互いを見合わせてグリンした。帰りの馬車の中で、一生懸命練習させた言葉を、言上する段になって、ユークリッドは改竄したのである。

「達、が余計だ」

立礼するユークリッドの背中に、ディートリヒが言葉をかける。モイラは、そんな彼らの言葉は全く知らないようで、

「わかりました。頼りにしますわ」

と無邪気に返答していた。


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