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第10-1話 落日革命

 その夜は、空恐ろしいほどの晴天に明けた。オーガスタ宮殿正面の門前の広場に、朝市を装って人々が集まる。

「お兄様は自由になるのね」

目を輝かせるモイラを、一同は目を細めてみている。その中には、珍しく帯剣したユークリッドもいた。エルンスト達は、それをただの護身用と、あるいは騎士の証としか見なかっただろうが、本人には、その意味が、剣そのものの重さの何倍ともなってかんじられる。

 熟した麦のような黄金色の陽光が、広場にのどかに射していた。

 一同は、教会の時計塔が、かすかな重い音を立てながら、その針を動かしてゆくのを、一刻千金の思いで見守っていた。モイラは、ずっと、アレックスとの思い出話を、オルト相手に花を咲かせて語っていた。

「ねえユークリッド」

オルトが声をかける。

「そういえば、あなた、昨晩アレックス様にお会いできたんですって?」

「は」

ユークリッドは彼女等のすぐそばにいたが、話の中身までは聞いていなかったようで、生返事を返した。

「お兄様はどんな御様子でした?」

とモイラも聞いてくる。こと話題がアレックスのことになると、この姫様は目から鼻に抜けるように口が回る。もっとも、そのモイラが、洋々たる前途を信じてアレックスの話をするのを、ユークリッドは、少々歯がゆい思いで見とれていたのだが。

「…御目通り出来たといっても、あまり明るくはありませんでしたし、恐れ多くてほとんどお顔の方は覚えておりません」

「お元気そうでした?」

「…はい。王女にふたたびお会いできることを、大変待ち遠に思し召しでした」

本当の事を言えないのが辛かった。いや、自分の決心を直接打ち明けたいという点では、ユークリッドの方便もあながち真っ赤な嘘ではない。

「私も、ずっとこの日を待っていたの。この日のために、今まで、頑張って来たのだもの!」

「そう、ですね」

やがて、ひしめくばかりの人山ができる。だが、アレックスの本当の心を知っているのは、ただひとりなのだ。

『王はこんなに可憐な方を遺してお行きになる?』


 鐘突きが、教会の塔に登った! と誰かが叫んで、広場に溢れるばかりの一同は一斉にそのほうをふり仰いだ。ほどなく、少しこもった金属音が流れる。

「行け! 城門を突き抜けろ!」

号令一下、民衆は、手に農具工具を携えて、最近は雑草の目立ち始めた宮殿の幾何学模様の植え込みの間を殺到する。宮殿に繋がる遊歩道の所々にカイル公国の兵士が行く手を塞ごうとしたが、予想外の相手の人数の多さとその勢いに圧倒され、宮殿のすぐ側まで後退を余儀なくされ、ついには宮殿内に進入させることを許してしまう。

 モイラの一行は、先に首魁達と合流した。

「こちらです」

案内されるままに地下牢に続く石段を下りてゆくと、血相を変えた牢番が、擦れ違い様に

「王が消えられた!」

と告げた。

「え!」

たどり着いてみれば、確かに、いつもいたであろうはずの牢の中にはアレックスの影も形もない。

「お兄様、どちらに…」

モイラが青ざめる。すると、牢の住人達が口々に言った。

「カイル兵に連行された!」

「中庭だ、中庭に行くと言っていた!」

牢番が、人の詰まった檻の鍵を開けると、政治犯達は溢れ出すように我先に走りだし、闇雲に、いつかはその中庭に出るだろうと宮殿内に散っていく。

「急ぎましょう、早く!」

モイラも駆け出した。


 中庭といっても、王の政治空間と生活空間とを隔てる花園は、街の小路の青空住所の一体何人に住む場所が与えられようかと考えあぐねるほど広かった。その真中やや奥の宮殿よりに急ごしらえの長い木の台がしつらえてあって、人間が何人も縛られているのがよく見えた。

「あ」

モイラは顔に手を当てた。アレックスに従ったまま共に拘束され、別の場所に監禁されていたパラシオンの騎士達である。見知った顔がいくつも、理由のない拷問の跡にただれていた。民衆がよじ登って、彼らの縄を解こうとする。だが、台の周りをカイル兵がとりかこみ、近寄るものは槍の石突きで突き飛ばしている。

「ひどい…」

オルトも声が出ず、エルンストにすがっている。

「グスタフは、騎士達を自由にしては、アレックスと通じて彼を脱走させると考えたのだろう…」

そんなことあいつが考えるわけないのに。エルンストも苦い顔をした。ディートリヒははや激昂して、

「グスタフ、姿を見せろ!」

と民と一緒に声を荒げている。

「ディートリヒ、お前は目立つな! 公爵の厄介を増やしたいのか!」

「黙っててくれ、今はそんなことはどうでもいい、所詮グスタフは小人だ! アレックスの才能を羨みながら、それを裏返して、盟主として小国王に対し敬意ある態度も取れぬケモノだ!」

ディートリヒを中心にして、白熱する民衆の歓声が波紋のように広がった。

「今我々は、オーガスタ盟主グスタフを廃し、パラシオン王アレックスを解放し、民衆の暮らしを民衆の手に取り返そうではないか!」

エルンストとオルトとは少し呆れた顔で互いを見た。こうなるとディートリヒは止められない。モイラも、やはりディートリヒの国もとの問題をおぼろげながら心配したが、それよりもいつ、どこから兄が姿を現すのかとあちこちを見回している。

 ユークリッドは腰の剣をぎゅっと握った。


 「民草よ!」

と声がした。奥の宮殿の、華麗なレリーフのバルコニーに人影が現れた。中央にグスタフ、その両脇を、カイル公と縛られたアレックスが固める。一瞬だけ、民衆は言葉をなくす。

「オーガスタ宮殿にその泥まじりの足で上がり込み、一体どういう了見だ?」

それに民衆は怒号で答える。

「黙れ鬼畜の王め! いつまでもおとなしくしておると思っていると痛い目を見るぞ!」

「ふん」

グスタフはそれを鼻で笑う。

「大口をたたいていられるのも今のうちだな。余にはこれがおるのだぞ」

そしてアレックスを流し見た。アレックスは後ろ手に縛られたまま直立不動で、グスタフと視線を絡めた。グスタフは一瞬走る怖じ気を振るうように向き直る。

「お前達が希望とするアレックスはこの通り余の手の内にある。それを忘れるなよ」

いきまくグスタフの後ろで、カイル公の顔が歪んだ。本人は笑っているつもりだ。

「アレックス」

グスタフが声をかけた。

「最後の機会を与えようではないか。今、この衆人の面前で、額と手と膝とを地につけ、余を伏し拝め。そして謝れ、悔いるが良い! 余の学友となった時より、あまたに余を侮ってきたことを! 

 出来ぬと言うのなら、余はお前の命は保障せん」

アレックスはそれに平然と答える。

「私はあくまで家臣として、王の正しくあらんことを期して、あえてご諌言申し上げております。無礼と存ぜられることはもっとも、しかし…」

「お前の説教は一昔前の道徳だ。垢抜けた余にはいささか古いのよ」

グスタフはまた鼻で笑った。

「所詮、片田舎パラシオンではその説教が罷り通っておるのだろうがな」

「王、先人の言葉を侮っては身を持ち崩す元となります。

 御身に万が一のことがあれば、お世継ぎもなく、どうオーガスタは続いてゆきましょうや」

「お前が盟主になれば良かろうが」

「!」

「そそのかされたのであろう? ミハイリス帝国ロクスヴァ公子やら、ブランデル王太子やらに」

身も蓋もない投げやりな言葉に、アレックスは返す言葉すら失った。グスタフは相変わらず、アレックスを見ようともしない。そこをカイル公が言葉を継いだ。

「若いと言うことは、時として先の見えぬ暴走となり、自らの首を絞めること。私も昔はそうだった。

 …パラシオン王よ、将来のために、少し、学習したほうがよろしいな。より合理的に生きると言うことを。…もっとも、王にその時間がありますかのう」

おそらく、グスタフにああいうことを吹き込んだ主なのだろう。アレックスはカイル公を睨み付けた。それを見ているのか見ていないのか、カイル公の無気味な笑みは絶えない。

「…」

アレックスはカイル公に視線を据えたまだ。

「盟主よ、何ゆえにこの卑劣漢を信用なさいます! 見返りいかんで王にとって敵にも味方にもなろうとする」

グスタフは聞いていないようだった。それより、アレックスが未だ平伏しないのを、いらだちと共に待っていた。花園を見下ろして手を上げた。処刑台に、斧をもった兵士が登る。そのまま、無表情に、縛られたパラシオン騎士の首をたたき切った。民衆から悲鳴があがる。アレックスはバルコニーの手摺から身を乗り出し、眼前の光景を見た。

「!」

「あれだけですむか、また哀れな死人が出るか、すべてお前の出方次第」

「王が頭をお下げになるまで、騎士様を一人ずつ処刑するというのか!」

民衆から声が上がり、グスタフが「そうだ!」と返した。

「本来ならば、アレックスの余に対しての所業というものは、こんな騎士が百人死んだとて償いおおせるものではないのだ!」

「ひどい、ひどすぎる!」

「人の命を何と!」

「なんとでも言え、やかましい。余は盟主だ!」

グスタフの手がまた挙がった。斧の刃が木の床に食い込む音がもう一回、断末魔に交じって響いた。

 アレックスは激しく迷っていた。グスタフのたちの悪いいたずらにつきあうつもりはない。だが、今のグスタフの行動は、いたずらが云々、王の態度として云々を超え、人間としての価値の問題となっていた。

「こんな男を、今まで主と崇めていたのか」

三人目が処刑された時、アレックスは

「わかった」

と言っていた。抑えに抑えていたグスタフに対しての感情が、融けた金属のように身体中を駆け巡る。

「お前がそこまで言うのなら、土下座でもなんでもしてやろう。それより他に何か望むものはあるか? グスタフ」

ヴン、と空気を震わせる鈍い音がして、後ろ手に彼を縛っていたナワが弾け飛んだ。手首の赤い跡の具合を確かめながら、アレックスはグスタフを見据える。

「ひ」

グスタフは、一層鮮やかにアレックスの気が輝く幻を見たようで、思わず一歩後ずさった。アレックスはそれに会わせて一歩進みでて、諸手と諸膝をバルコニーの床につけた。

「陛下、二十有余年の数々の無礼、万死に値するものとして今ここに陳謝申し上げるものでございます」

その姿すら民衆にすれば神々しく、涙すら流すものもいた。アレックスは再び立ち上がる。

「さあグスタフ、他に何か望むか?」

「…」

グスタフはアレックスは「本気」になっていると悟った。何がどう具体的に違うかうまく説明は出来なかったが、ともかく、彼が今までの彼でないことはわかった。アレックスが過去に一度でも、この勢いを見せていれば、おそらくこんな一連のできごとはおこらなかっただろう。アレックスは吹っ切れた自分に驚きながら、自分自身を買いかぶっていたことをひどく悔いた。

「お前…」

グスタフのほうが一瞬、今までのことを伏して謝りたくなったが、見栄が歯止めをかけた。

「万死に値すると言ったな」

「言った」

「証してもらおう」

グスタフは話の腰を折ったつもりでいた。今まで万死に値すると言っておきながら、実際に命を差し出した奴はない。アレックスもそれまでの奴ら同様に、何のかんのグスタフの機嫌を取って免れようとするだろうと彼は考えた。アレックスが「本気」であることをこの一時で忘れていた。

 そしてアレックスは平然と

「いいだろう」

と返していた。そして踵を返し、処刑台に向かおうとするのをカイル公が止めた。

「パラシオン王、まあそう死に急ぐこともあるまい。幸い、ご友人に妹姫までおいでだ。会われてみれば、お気持ちも変わろう」

アレックスは黒山の人を見た。一時は怒号に満ちていた一同も、今はほとんど何も言わず、微かな身じろぎの音が細波のような響きを立てている。その中から、アレックスがモイラの姿を認めたのと、モイラが人波をかきわけて姿を現したのは、ほとんど同時だった。

 モイラは、バルコニーに通じる階を駆け登り、諸腕を差し伸べたアレックスの胸元に吸い込まれるように飛び込んだ。

「お兄様」

考えていた言葉はすべて空に散った。

「お兄様お兄様お兄様」

夢にまで見た熱い体温が何よりの実感だった。アレックスは、涙が滲みそうになる目を閉じて堪えた、彼女の姿が歪んでゆくのは堪えられなかった。

「…良く、耐えてくれた。パラシオンを守ってくれた」

モイラの顔には、涙に濡れた喜びしかなかった。

 アレックスの安請け合いは聞こえなかったのか、果たして信じていないのか。グスタフが口実を作ってくれただけで、アレックスは本当に今日限りなのだ。


 「お兄様、もう、どこにも行かないと約束してくださいましね、私一人を残していかないと約束してくださいましね」

モイラがやっと、搾り出すような声で言った。胸元でその言葉が響くのを、心地よく味わいながら、自分と同じ色をしたモイラの黄金の髪に、彼は頬を埋めた。一時、言葉がなかった。彼女に自分の決心を明かすのは辛すぎた。

「モイラ、聞いてくれ」

ゆっくりと、探るように、アレックスは切り出した。

「俺は死ぬ」

モイラが顔を上げる。切ない瞳が見下ろしていた。

「陛下がお許しくださった」

「…」

モイラは何も言わず、手を差し伸べて、アレックスの頬や額の際を、するすると実体を確認するようになで回す。

「お兄様?」

「何も聞くなよ。…すべて、お前のためなのだから」

案の定、モイラはひしと取りすがった。

「それが一番私のためになりませんわ! お兄様、お思い止まってください! 一緒にパラシオンに帰りましょう!」

「…」

言葉の一つ一つが、アレックスを足下から揺るがせた。言葉を返す代わりに、妹の体を、骨がひしぐほど抱きしめた。固い決心をわかってほしかった。モイラはおとなしくそうされていた。

 しばらくそのままでぃて、

「とめられないのですか?」

モイラはつぶやいた。

「このまま黙って見ていろとおっしゃるの?

 あんなにたくさんの人たちが… パラシオンの人たちが…お兄様を必要としているのに…」

「…すまない」

兄妹は視線を絡めた。甘美なときだった。アレックスは改めて、妹の美しい盛りの顔立ちを焼き付けるように見た。

「お兄様、お願い… パラシオンに帰りましょう」

モイラが、また言った。バラの花弁のような唇から鈴の響くような声が紡ぎ出されて行くのをしっかり見た。アレックスは幼子をあやすようにモイラの額髪をかきあげ、そして何かにあおられるままに唇を重ねた。

「!」

モイラののどが低く鳴った。どんなに込めても溢れて全部は伝わらない想いのたけを込めて、二世を契る恋人のような深い口づけは、見る者にそこはかとない淫らさを思わせながら、それでいて神々しい一枚の絵画だった。


 大きなため息とともに、唇が離れた。アレックスが顔を上げ、眼下の民衆を見やった。王の顔だった。

 彼は、押し寄せる民衆の一番前に、ディートリヒとエルンスト、オルトがいるのを見た。一様に神妙な顔をしていた。何も言葉は交わさないが、アレックスには、彼らが、残していく全てのことについて、自分が望んでいたように計らってくれると確信した。そして、バルコニーに続く階段の元にユークリッドが立っていた。視線が合った。グスタフでさえもたじろいだその視線を真正面から受け止めた男だった。彼の後ろには、自らの信ずるところに由来する絶大なる安定が見えた。

「ブランデル王国騎士、王太子私設遊撃隊『新フィアナ騎士団』団長、オーガスタ・パラシオン小王国騎士、ユークリッド・フェリクス・デア・マクーバル・イダ・バスク卿」

名を呼び、招き上げた。その間に、アレックスは、モイラに絡めていた腕を解き、つい、と後ろに押しやった。

「!」

ふと足取りを乱したモイラが、とさ、とユークリッドにもたれかかる。

「お兄様…?」

モイラには、兄の行動のゆえんがすぐにはわからなかった。二人に背を向け、処刑台に向かおうとするアレックスを見つめるグスタフに、カイル公爵が言う。

「王をあのような粗末な場所で送ることはさすがに解せませぬ。グスタフ王、このバルコニーをパラシオン王の死に場所にあてられてはいかがか」

「さ、最後にそのくらいの栄誉は与えてやってもいいだろう」

グスタフは言って、アレックスの歩みに従って後ずさった。

「姫はお戻りになったほうがようございます。ここから先は辛うございますよ」

カイル公は今度はモイラに言った。

「いいえ」

モイラはかぶりを振った。

「家族として、パラシオン国の代表として、見続ける権利があります。

 血には…慣れています。伊達に戦場にいたわけではありません」

「ですが」

後ろでユークリッドも言う。モイラの体は後ろに引かれる。

「いや!」

だがモイラは、そうするユークリッドの手を振り払おうともがく。そこにアレックスが、

「モイラ、下がっていてくれ」

と言った。

「そんな、お兄様まで!」

「だがモイラ、その下から、あいつらと一緒に、しっかりと、俺を見ろ。無様な俺を見ろ、哀れな俺を見ろ!

 そして、それを限りに、俺と言う人間がいたことさえ、忘れろ」

「…」

モイラの血の気が失せて行く。放心したまま、ユークリッドに引かれるように動こうとして、やっと言葉が出た。

「いや! お兄様! こっちに来て! 帰りましょう、パラシオンに!」

訴えかけるモイラを見るアレックスは穏やかに笑んでいた。

「ねえ、見ていないでよ! 離して、お兄様を死なせてしまったら、今までの事は何の意味もなくなってしまうのよ!」

モイラは身をそらして、両腕を押さえ付けるユークリッドに声をあげる。ユークリッドは戸惑いがちにアレックスを見た。アレックスの顔は限り無く穏やかだったが、無言の圧力に感じて、モイラを押さえる手をゆるめることはできなかった。

 アレックスはそのまま、その場で妹を見送るつもりだったのだろう、だがやはり階段の際までモイラが進んだ時には、たまらぬように小走りに歩み寄り、言った。

「お前一人を愛していた」

「お兄様!」

「さあ、ここまでだ。涙は見せたくない」

「お兄様!」

モイラの涙を指ですくい、その指を味わい、そのままアレックスは踵を返して、グスタフとカイル公の元に進んで行く。

「ユークリッド=デア=マクーバル」

そこで足を止め、ユークリッドに、背中越しに言った。「皮肉なことに」、民衆に対して、彼の最期の言葉は、いよいよ迫り来る瞬間をおびえながら待つそのざわめきに、消えた。

「モイラを頼む」


 結果は、果たしてアレックスの目論んでいたようになったであろうか。

 彼はこう考えていた。

 自身の死が、政治的思惑を込めれば、革命分子の志気を鼓舞する。たった一つの良心を失って、暴走を始める革命分子は、その場にいるグスタフを、カイル公を、そして王都に潜む小王国の支配者階級を次々と「粛正」する。

 そして全てが弊えた後に、王や貴族によらぬ民衆の政治が始まる。

 手っ取り早く答えを言ってしまえば、それは「否」であった。アレックスは最後の最後で、若者によくある理想主義に酔った。

 アレックスの死は、確かに、革命分子の士気を鼓舞した。だが、それ以上に、「良心」を失ったグスタフの暴走を引き起こした。カイル兵は民衆を宮殿から強制排除した。大量の流血があった。二三日は王都オーガスタの都市機能すら麻痺していた。そのなかで、ロクスヴァあるいはブランデルへ、オーガスタから正式に、革命分子に荷担したことに対する抗議がうやむやになったことがせめてもの幸いだろう。


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