目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第22話・西向く犬の尾は東

 パラシオンの城に、エルンストとクローディアの姿があった。

 エルンストが海を超えるということに、諸々の密偵が気を揉んだことは言うまでもない。「最悪の場合」、混乱著しいオーガスタに対して食指を動かしている当方の動きを察知されてしまったのかとも危惧したことだろう。しかし、体裁としては、懐妊が確認された王太子妃オルトリンデの里帰りついでのロクスヴァの御機嫌伺いだったし、本人も、半ば以上そのつもりだった。ディアドリーはすでに引き払い、パラシオンには、ベンヤミーノ団長代理他フィアナ最古参だけの徹底的な微行のいでたちで訪れている。

「…最初に、お妃の御懐妊を心よりお祝いいたします」

クローディアはまず言って頭を下げた。エルンストは、それに返事をしない。

「猶予はない。貴女と俺と一つところに長いこといるのは危険だ」

と事務的に言った。

「地下牢内の者の身の安全は大丈夫なのだろうな、ネリノー王女」

「ええ、ウィル・ローバーンは信用のできる男ですわ」

「そしてモイラは」

「はい… 時と場合によっては、そちらの方を優先的に考えなければなりますまいかと」

「とは」

「あのクラウンとやらいう男の差し金です。モイラ様が王妃として宮殿より御推挙のあるようなことを承っております」

いずれわたくしたちの動きも察知しておりますわ。そんなことをクローディアは言った。

「王太子殿下のお心づもりはいかがでしょうか、モイラ様の事で宮殿を糾弾なさいますの? それとも、マクーバル卿の監禁について?」

「…ユークリッドは、あれでも王太子特命隊長だ。俺が即位すればいつかは大将軍か宰相か、そういう男さ。そのつもりで今まで目をかけてきたのだから。ブランデルのディアドリーでも、モイラ身辺警護の一切はあいつが取り仕切っていた。それだけじゃない。王太子である俺からモイラに関しての全権をあいつはまかされていたんだ。何のことわりもなくまるで拉致されるようにオーガスタに連れ戻されたとわかれば、抗議に来てしかるべきだろう。今のユークリッドは、パラシオン関係者としてより、ブランデル王太子特命隊長として、我々は事態を処理すれば、グスタフに対して有利にたてようわけだ」

「まあ」

「で、当のユークリッドは、まだ、あと一暴れするぐらいの元気はあるのだろう?」

「おそらく。ウィル・ローバーンを通じて不自由のないように計らっておりますし、モイラ様とも御面会を果たされて」

クローディアはそこではたとほおを赤らめた。一部始終を見ていたわけではないが夜半から夜明けまで何やらいそしんでいたようではあった。

「なるほど」

エルンストも最後まで言わせるのは忍びなかった。

「脱出に少々手荒な方法をとったとしても、十分たえられるわけだ」

「さ、さようですわ」

「この間いただいた親書では、今宮殿の中でも、モイラの事情についていぶかしむ向きが出てきたとか」

「ええ、私と弟が一生懸命説得いたしました。ウィル・ローバーンの話に寄れば、パラシオンの革命分子の実力者に活動の委細を練ってもらっているのだそうです」

「ヒュバートが?」

どうりでパラシオンにいないわけだ。エルンストはやっと納得した。

「で、その活動の委細とは、どういうことになりそうだ?」

「定期的に小国王が盟主のもとに参上して、御機嫌伺いがてらひざ元の情勢を報告する席がありますの。そこで弟が、モイラ様を宮殿に賓客としてお迎えになった事情の不透明なことについて、グスタフ様に説明を求めると言うことになりましたわ」

「できるのか? 先日の親書と貴女の話を聞く限り、弟王はあまり気の強そうなたちではないように見受けられるが」

「アレックスさまが御存命の頃は、宮殿でよろしくお目をかけていただいたそうですの。その恩を返すのだと、張り切っておりましたわ」

「そういうことにしておこう。

 今回ばかりは、俺もあまり無理はできない。うまれてくる子供に父親がなくなるのは不憫この上ないからな。

 弟王によろしく伝えてくれ。『ユークリッド救出』の前線基地として、パラシオンにベンヤミーノ以下を残していくつもりだ。こき使ってくれ」

エルンストはベンヤミーノに

「言ったとおりだ、王都のナヴィユ達ともうまく協力してくれ」

と言い、会談の席を開いた。


 クローディアの言ったとおり、地下牢の面々に、衣食に関しての不自由はなかった。夜の間は地下牢を出て体をのばすようなこともある。それというのも、ローバーンが、計画の実行が近いのを伝え、いざと言うときに体が動かなくなるのを防ぐためにと計らってくれたようなのだ。

「それにしても、こんなことをしているのなら、そのすきに脱出してしまうのもありなのでは」

と、誰かがはたと言い出したが、

「ばかもの、我々のそもそもの使命はこの宮殿に捕らわれているモイラ王女にパラシオンにお戻りいただくことではないか、我々だけがこの宮殿を脱出して何になる」

パラシオン騎士団長が叱責する。

「でもですね、団長、もうすぐもうすぐって、もうどれだけたつと思ってるんです?」

「…先日、例のお方が、ブランデル王太子にお会いしました」

今まで黙っていたローバーンが、口を挟んでくる。

「王太子も、ブランデルびと救出と言う体裁で陰ながら協力いただける前向きなお返事を」

「話せるお方ですなあ」

騎士団長はぽんと手を打った。

「小国王の謁見の日が、その日だとか。間もなくと言うことです」

ローバーンが言ったとき、「団長!」と聞きなれた声がしたような気がして、ユークリッドは振り向いた。

「…ベンヤミーノ!」

目をしばたたいた。間違いなく、フィアナの仲間達の姿がある。双方から駆け寄って、ユークリッドと一緒に牢に詰め込まれていた団員もろとも固まりになった。

「お疲れ様です、団長」

「お前達、どうして」

「殿下がここに残れとおおせになりまして、ええ。決行の時には全力で団長を助けよと承りました!」

ベンヤミーノは揚々と言い、ローバーンがしずめなければ大騒ぎになるところだった。が。

「お静かになさい、かりにもここはオーガスタ宮殿の奥庭ですわよ」

と声がして、一同身をすくませた。

「…クローディア様」

ローバーンが駆け寄り、跪く。その行動に、現れた貴婦人が今までなにくれと動いてくれていた「さるお方」だとわかった牢の面々も、フィアナの面々も膝を折った。

「…長いこと、辛い思いをさせて、何の申し開きようもありません」

面々のおもてをあげさせ、クローディアはそう言った。

「ですが、それもこれもみな、来るオーガスタと、…モイラ様、アレックス様のためです」

「もちろん、それは心得ております」

パラシオン騎士団長がうやうやしく答えた。

「貴女様の貴いお心砕き、パラシオン騎士団は忘れません」

「その言葉は、もっと後で、改めて聞くことにいたしましょう。

 ブランデルからいらした方々が、当日に向けての策をたずさえてきています。人数があと何人増えようとも、いっさい宮殿では預かり知らぬ場所ですから、心行くまでお話し合うとよいでしょう」

クローディアはほんのり笑って

「モイラ様は来るときまで、わたくしが一緒におりますから、何の心配もしないように」

と言って、ユークリッドに向き直った。

「マクーバル卿、ですわね」

「…はい」

ユークリッドは名指しされて、改めて礼をとった。

「先日は過分のお取り計らいがありながら、何の謝意をあらわすこともできず、おはずかしい限りです」

そう言うと、クローディアは頭をふって、

「あれほどに華やいだお顔のモイラ様を見たことはありませんでしたわ」

と言った。

「モイラ様のためにも、ぜひ、今度の事は必ずや成功をおさめてほしいものですわ」

「は、…御期待に沿うよう尽くします」

ユークリッドが義理堅く返答して、クローディアはため息をついた。

「モイラ様と、お幸せにね」

「…はい」

一拍間をおいたのは、その返事に自信を込めたからだろう。短く、低かったが、そう返事をするユークリッドの瞳に、何か宿るのが、周囲にも感じられた。


 ゾロゾロと、フィアナの面々が地下牢に入ってきた。本人達だけではなく、何やら大荷物とも一緒である。パラシオン騎士団長が訝し気な顔をすると、

「当日は、宮殿からの合図によって、パラシオンに集っていた反オーガスタの貴族・騎士階級が動くことになっています」

と、ローバーンが言う。

「各国の小王国から小国王に随行してくる騎士達が今度の相手になる可能性も否定できません。

 そのためにも、これを」

あけられた箱の中には、武器一式が入っていた。牢の先客達は一様に息を飲む。

「もちろん、団長にはこれを」

ベンヤミーノが細長い包みをあけた。愛用の槍と、恩賜の剣が収まっている。

「これがあれば団長はもう手がつけられないですからねぇ」

槍をかざしてユークリッドに手渡しながら、彼はふっふっと鼻を鳴らした。

「それは頼もしい限りですが、今までここに御一緒した限りでは、『ブランデルの槍騎士』が本当にこの穏やかなマクーバル卿なのか、不思議に思いますよ」

パラシオン騎士団長が信じられないふうに言うと、ベンヤミーノは

「ご自分の目でご覧になった方がよくわかると言うものです、ねぇ団長」

「ベンヤミーノ、変なこと吹き込むな。俺はそんな」

ユークリッドは眉をひそめる。

「ほら、周りが凄いって言っているんですからお世辞でもお礼ぐらい言って下さいよ、オルト様もそれが団長の欠点だって、いつかおっしゃってたじゃないですか」

ベンヤミーノは、地下牢の闇を吹き飛ばすような、よく響く声でからからと言った。


 当日、玉座を中心にした宮殿の一室に、各国の小国王を従えてグスタフが入ってきた。それぞれが与えられた席につく。今はもう慣れたことになってしまったが、その円卓にはぽつりと空席がある。

 小国王達の表情は、おおむね明るい。ともすれば、アレックスのために、形式的儀式的であったこの場所が、大戦争の最前線の作戦室になるようなことがないだけ、心軽いひとときになったとも言える。小王国の実態は、グスタフの名前を借りた財務官や政務官の仕事であったから、

「我が小王国は、陛下のご威光を持って平穏無事この上もありません」

とでも言っておけばよいことなのに。

 さて、全員が席についたところで、グスタフはぐるりと周りを見回した。

「どうしたフリオ、顔色が悪いぞ」

「は、たいしたことは、あ、ありません」

エリノー新王フリオはにじみ出た汗を拭う。二十歳に少しかける年頃のその顔立は、年以上に頼り無く見えるが、それでも彼は彼なりに、自分を王としてもり立ててくれる姉と、かつて疎まずに自分に接してくれたアレックスの為に奮い立っていた。グスタフは機嫌がよかった。旅の疲れと言う新王フリオの言い分をそれ以上詮索せず、小国王達の報告を右から左に聞いている。

 するべきことが全て終わって、一瞬場が静まった時、あまりにも突然に、新王フリオは口を開いた。

「へ、陛下、このたび、き、宮殿においでになった、パラシオン、のモイラ王女との華燭の典はい、いつのことになりましょうか」

「え?」

グスタフは一時返答のしようも忘れ、心の準備をするように一息ついてから、

「…そのことか」

少し鬱陶しそうに答えた。

「余は今すぐでもいいのだが、周りがな。例の、アレックスの冤罪に関する取り調べが終わって、彼女にちゃんと説明できるまではダメらしい」

騎士達が随行してきたからには出席させねばならぬし、そのためには事情聴取を終えて白黒をつけんとなあ。グスタフはクラウンにこの間同じことを質問した時の彼の答えをほとんどそのまま新王フリオに返した。

「さようですか、では、盟主の后に推挙されたことについて、当の、モイラ王女は、どのような反応を?」

「ああん?」

グスタフはにわかに眉寝を寄せた。

「そういうことは、お前の方がよく知っているのではないか、フリオ。お前の姉が、随分甲斐甲斐しく世話をしているようだからな」

そして、けん制した。盟主の后という究極の玉の輿にあたって、おおかたの場合ならば手放しで歓迎しようかと言う事態に、先方の意志などという水をさしかねない言葉が、よりによってそんなことを言い出しそうにない、いかにも誰かの口車に乗せらせた態の新王フリオから出たと言うこともあって、グスタフ以下他の小国王達も、新王フリオ、そして後側にいる誰かの腹の中をうすうす察した。本人は、とうとう引き返せなくなった盟主の糾弾と言う場面を作ってしまったことにいよいよ、拭う袖口から滴る程汗になっている。

 グスタフは、そういう腹の中を探りながら言った。

「まるで、余が彼女に無理を強いているような言いぐさではないか」

「め、めっそうもありません。ただ、モイラ王女は、先日陛下のお名前のもとにお、お披露目されましたが、それきり表立つ場所に姿をあらわしておりませんし、…えー、と」

『よもや、当日まで後宮よりお出ししてさしあげないというお計らいなら、『賓客』のモイラ様に失礼なのではないのですか、と、そう言っておやりなさい』

新王フリオは、姉に吹き込まれたこともも汗と一緒にこぼれ落ちていくようだった。

「…なにぶん、彼女にはアレックスのことが相当心に悪かったようだ、そのような人込みに出ることも辛いらしい」

『お前達が心配するまでのことでもないと、そう言い渡しておかれるがようございましょう』

グスタフは、クラウンの入れ知恵通りにいなして、無理矢理他の話題に変えようと口をあけた、その時である。

「何かも順調との陛下の仰せがありながら、解せないこともいくつか」

と声がした。背をかがめ、杖を抱えるようにした、小王国の一つを治める老ブール王に、場の視線が集中した。

「解せないこと?」

「噂であればよいのだが」

「噂?」

「モイラ姫は、先日のアレックス王のことのあと、その御友人のご厚誼にあずかって海を隔てたブランデルに逗留されていたらしい。それを、…恐れ多くも盟主陛下が内密に人をお遣わしになり、先方には何の承諾もなく、無理を承知でこの宮殿に御入城させた、とか」

「なに?」

つい立ち上がるグスタフ、そして新王フリオは、纏まらなかった言葉の先をことごとくブール王に代弁されて一先ず胸をなでおろす。もとより二人の間に、何の結託もないのだが。

「盟主陛下のお足下を脅かさんとして、ブランデルがモイラ姫を抱き込んだと官吏どもは口をそろえるが、そのブランデルの王太子とわしとは知らぬ仲ではない。軍事と外交の窓口として、若いながら実にご自分の職掌に誠実であられた。もちろん、総てのブランデルびとが王太子のように後ろ暗くないとはわしも思ってはおらぬが、オーガスタ内政のことにはこれまでも全くブランデルは介入していない。それが突然そんな噂、わしには信じられぬ」

グスタフは眉根を寄せながら、ブール王の言葉を繰り言と聞いていた。この老いさらばえた姿が、ひよっとしたら自分の未来の姿かもしれない思うと、言い様もなくいたたまれなくなってくる。あるいは、あの姿のまま死んでいったアレックスが羨ましい、こんな姿にはなりたくない。グスタフは心の仲でつばを吐いた。

「ええい、年寄りの長話など聞きたくない。噂のことは余も知っている。余がモイラをここに拉致させたと言っているのだろう? いずれ、この王都に巣食う例のやつらの根も葉もない言い掛かりだ!

 お前達はオーガスタ盟主のもとに、小王国を治めるものとして、奴らの言い分の肩を持つのか?」

「では盟主陛下、しかと説明をされたい。

 何ゆえに、その入城されたモイラ姫に、典範に乗っ取った随行と入場の手続きをお許しにならなかった?」

流れている噂が、かなり真実に近いことは当のグスタフが一番よく知っていることである。実際には、クラウンがモイラを手みやげにオーガスタに転がり込んできたのだが、クラウンの出自を公にしない限り、そう噂になるのが適当と言うものだろう。クローディアが王都の革命分子に通じている(とクラウンは言った)というのも本当なら、先方も真実を把握していると言うことも考えられるが、丸のまま事情が暴露されないだけ、こっちは先方から塩を送られているのだろう。

 とにかく。グスタフは視線を左右に泳がせた。老ブール王は長いまゆげとしわの間に隠れた目で、下手な言い訳は聞かないとでも言いたげな迫力で自分を睨み付けている。新王フリオは、老ブール王の口添えをはや重荷を下ろした表情で、他の小国王はもとよりグスタフと目をあわせようともしない。グスタフはこういう事態をうまく丸めてしまうクラウンがここにいないことに少しだけ不安になった。

「些細なことを気にする」

「否、陛下の御威儀を、お妃と目されたモイラ姫の格を、宮殿に知らしめるためにも、一連の入城の手続きは不可避のこと。王位とパラシオン王家の名のもとの全ての資産を敬承できる唯一の有資格者がモイラ姫なのだからなおさらのこと」

「辺境ともいえるパラシオンから、王都に上洛するとなると、随行の分も含めて多額の出費になる。よって余が特別に何もせぬように指示したのだ」

グスタフは、すぐにでも話を切り上げたい焦った雰囲気で早口になる。

「しかも、モイラ姫がすでにに入城されているにもかかわらず、お披露目の前々日になるまで、その事実は、王都の民衆はおろか官吏にすらも伝えられなかったとのこと」

「先方が大袈裟なことはされたくないと言ってな。アレックスのことは奴が命を持って償ったから、一切の遠慮はいらぬと言いはしたが」

「それは社交辞令というもの、いかに、モイラ姫がアレックス王のことをはばかってそう言い出したにしても、例のことにより許されたと陛下が思し召しなら、情婦のようなお取り扱いはそれこそ、モイラ姫、ひいてはパラシオンにとっては面目のあることではない」

「情婦だとう?」

グスタフは、ぴく、と眉を片方釣り上げた。

「さよう。儀式なしに後宮に入れたならば、それは情婦としてさしつかえない」

「そ、そうですとも」

さらに新王フリオも口を開いた。言うべきことは全てブール王に取られてしまったが、話の口火を切った身としては、まだ参加する意志を見せる必要がある。クローディアの言った後宮内部でのモイラの不如意を言い出そうとしたが、だがブール王はもう話を別の方向に向けようとしている。

「たしかに、オーガスタの重鎮として、モイラ姫はこのオーガスタ連合王国の中にいるべきであろう」

彼はかつん、と一回も杖で床をたたいた。

「だが、何の打診も了解もなしに姫をここにお連れ戻しになるという理由にするには、それだけではちと苦しい」

それでだフリオ殿。ブール王はちらと新王フリオを見遣った。

「先日、お姉上がブランデル王太子と極内密な会見を持ったそうではないか。その内容にからんで、なにか言うこともあろう」

「は、はい」

新王フリオは頭を捻った。

「えー、と、…ブランデル、では、モイラ王女は失跡と言う体裁に…なっていまして、で、その身柄がここに戻って…いると言うことを、いち早く察知したブランデルでは、遅れて派遣された、随行の、パラシオン騎士とともに、陛下の御了見を伺う、使者を遣わしたのだ、そうです」

「ブランデルからの使者など余は知らんぞ」

グスタフは首を捻った。すぐに、クラウンがもみ消したとの想像はついた。ややこしいことは考える必要はないと、見切られたのか大事にされているのか、そこまでの考えは及ばなかった。

「知ったところで、余が説明することなど何もない。モイラ本人がここに帰りたがったから、潜らせていたものが機転をきかせただけのことだ。先方に何の弁解する必要がある。だいたい友誼だかなんだか知らんが、ブランデルもこっちに何の断わりもなしにモイラを連れていったクチではないか。逆に、余の方がそれに抗議したいくらいだ」

「陛下、世界でオーガスタのみ貴いとお考えではあるまいな? 異国に対して敬意ある対応ができぬということは、陛下御自らが、そのお顔に泥を塗られることに等しいとはお考えになられぬか。そういお心がすでに感じられたからこそ、ブランデルが先手をうって姫を招いた」

「ブランデルはさきの、カクメイだかなんだかいうことで、余に弓ひいたパラシオンの肩を持ったのだぞ? おまけに、家臣の不忠を当然の態度で戒めたはずの余に対して、後もう少しで王都を兵糧攻めにされるところだった。」

「それは当然の酬いというもの。そもそも、この一連の不条理の起きた原因をかんがみられよ。小王国にも盟主に対して譲れないところがある。そこに踏み込めば、いかに大人しい小王国とても難色を示すことは予想されてしかるべきかと」

新王フリオとブール王をのぞく、他の小国王達は、お互いを見合ってひそひそ話を始めた。ブール王の態度はあまりにも今さらすぎた。だが、ブール王は、人生夕暮れ時の体を震わせて語る。

「過ちを改めるに憚る事勿れという。ブランデル王太子の説得を受けて、わしは、自らのしてきたことを恥じ、悔いた」

小国王達の言い分にさり気なく返して、ふう、とため息をついた。

「お追従は陛下のためにならぬ」

グスタフは玉座の手すりを砕けんばかりに拳でたたいた。

「それ以上いうな! お前も牢にぶち込まれたいのか」

「…」

ブール王はちらりとグスタフを見た。

「失礼する」

ごとりと立ち上がり、杖で床をたたくと、音もなく随行の騎士達が現れて、ブール王を支えるように取り巻く。

「盟主陛下。わしはこれ限り、陛下のお側に参ることは二度とない。

 アレックス王は真に陛下のご家臣として申し分なかった。

 それを失われたこと、御自らの御ためと自負なさるのなら、きっと後悔召されるな」


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?