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石ころダンジョンマスターの邪悪なる日々
石ころダンジョンマスターの邪悪なる日々
入月英一
異世界ファンタジーダークファンタジー
2025年06月11日
公開日
5.6万字
連載中
最新のダンジョンマスターである娘は、『石』属性というぱっとしない属性を持って生まれてきた。 そうでなくても、誕生したばかりのダンジョンは、DP(ダンジョンポイント)が少なく、成長する前に人間たちに滅ぼされる可能性が高い。 人間に滅ぼされないよう、また、強大なダンジョンに成り上がれるように。 娘はこれまで他のマスターたちがしてこなかったような、破天荒なダンジョン運営法の数々を実践する!

プロローグ

とある辺境伯領の悲劇 前編

 垂直に切立った赤茶色の崖。

 そこにぽっかりと黒い穴が顔を覗かせている。外から差す光を飲み込んで、入り口付近は明るい。だが、その奥はというと、漆黒の闇が覆い、窺い知ることができなかった。

 それでも、ずいぶんと奥まで続いているのだと、それだけは判る。


 その闇を覗き込む者たちの姿があった。人数は三人。揃って古く汚れた、しかし丈夫そうではある、皮製の上着を纏っている。

 その背中には矢筒を背負い、左手に弓を握っている。そして、腰元のベルトには短剣が差してあった。

 恰好から察するに、彼らは猟師であるようだ。


 ここは鬱蒼とした森の奥。

 獲物を求めて、ここまで踏み入ったのだろう。

 ただ彼らは、追い掛け回すべき兎や、野鳥ではなく、崖にある黒い穴を覗いていた。


 三人の猟師の間には、言いようのない緊張感を孕んだ沈黙が降りている。

 暫くして、リーダー格の男、パウロが口火を切った。


「おい。見ろ……」


 パウロは闇から目を逸らすことなく口を動かす。


「こんな所に洞窟なんてなかったよな?」


 その問い掛けに、仲間の猟師たちも言葉を返す。


「ああ。なかった。少なくとも三日前に見た時は」

「急に出現した洞窟……。なあ、これって……」

「ああ、間違いない。――ダンジョンだ」


 男たちは神妙な顔で頷き合う。

 すると、パウロが再び仲間の猟師たちに問い掛ける。


「どうする?」

「どうするって……」

「決まっているだろう。ここに潜るかどうかだ」


 問い掛けられた二人は、互いに顔を見合わせた。

 パウロは尚も言い募る。


「知っているだろう? ダンジョンの中からは財宝が見つかるんだぞ!」


 幾分興奮したような声音であった。それでも、残る二人の顔は晴れない。


「でもよ……。危険らしいじゃねえか。おっかねえ魔物が出て、生きて帰れない奴も大勢いるって……」


 弱々しい声を上げた猟師の名は、ヨイツ。

 彼は、財宝を得るチャンスよりも、身の安全の方を優先したいらしかった。

 慎重な判断だ。幾分勇気に欠けるとはいえ、非難されるべき判断でもないだろう。


 だが、パウロは、ちっと短く舌打ちする。


「おいおい、冗談だろう? 考え直せ! 財宝を得たら、しみったれた生活ともおさらばだ! ……ヨイツ、お前の婆さん、脚を悪くして外に出られないんだってな。でも、金があれば街にいる医者に診せられる。また、歩けるようになるかもしれない」

「それは……」


 パウロの言葉に、ヨイツの心は揺れる。


「ルツ、お前だって普段から、カミさんに少しでもいいから贅沢させてやりたいって、そう言っていたじゃないか!」

「………………」


 ルツと呼ばれた猟師は、黙したまま考え込む。


「それが叶うかもしれねえ。それにだ。生まれたてのダンジョンは、そんなに危険じゃねえと聞いたことがある。なっ! こんなチャンスもう二度とねえよ!」


 そんなパウロの説得に、ヨイツとルツは、ゴクリと唾を飲み込む。

 そして……二人して頷いた。



 今日の獲物の皮を剥ぎ、そこに肝からとった脂を染み込ませる。それを棒の先端に括り付け、火打ち石で火を点けた。

 その灯りを以て、洞窟内に広がった視界を覆い尽くす闇色のヴェールを払う。


「行くぞ」


 パウロが酷く緊張した声音で告げると、先頭切って洞窟の中に踏み入った。


 歩く、歩く、歩く。

 三人の猟師はそれぞれ、物音一つ聞き漏らすまいと、息を殺しながら歩く。


 彼らはプロの猟師だけあって、その感覚は常人よりも鋭敏だ。

 しかし、そんな彼らをもってしても、何者の気配も感じられない。


 まだ歩く。歩き続ける。

 次第に、当初の緊迫感が薄れていく。

 集中力も無限ではない。何事も起こらないまま、十数分の時が経てば、張り詰めた糸のような警戒心も緩むというもの。


 ――ここは、本当にダンジョンなのか?


 そんな疑問が、男たちの中で鎌首をもたげ始めた。

 丁度、そんな時である。その声が響いたのは。


「ようこそ、私のダンジョンに。歓迎致しますわ」


 それは透き通るような、女性の声であった。

 男たちはびくりと体を震わせる。ばっと、声のした方向、即ち自らの真後ろを振り返った。


 はたしてそこには、いつのまにか一人の少女が立っている。

 年の頃は、十代半ば辺り。黒髪に赤紫色の瞳。光源が手に持つ灯りだけのためであろうか? 肌色は青白く見える。

 だが、それも多少そう見えるというだけで、例えば死体のように極端に青白いという程でもない。十分個性の範疇に収まる肌白さだろう。


 表情は何ら悪意を感じさせぬ、優しげなもの。

 その容姿は、人により好みが分かれるだろうが、多くの男性に好ましく思われる程度には整っていた。


 総じて判ずるに、その外見は、男たちが住む田舎村では稀有かもしれない。が、大きな街に出れば、ちょっと器量の良いお嬢さん、といった、ありふれたものに過ぎない。


 そのはずなのに……。ああ、だからこそ恐ろしい。


 目に見える情報では、警戒心を抱く必要のない少女。

 にもかかわらず、彼らの本能が盛大に警鐘を鳴らすのは、一体どうしたわけか?


 パウロは、はたとその正体に思い至る。


「そんな……。まさか、ダンジョンマスターか!?」


 パウロは聞いたことがあった。

 ダンジョンマスターと呼ばれる魔物の存在を。


 世界各地に散見するダンジョン。

 それらの中には稀に、ダンジョンマスターと呼ばれる、知性ある魔物が運営するダンジョンがある。

 そして、総じてそれらのダンジョンは、通常のダンジョンより難易度が高い。


 パウロは恐怖に震える。


 ――ここが、噂に聞く、ダンジョンマスターが運営するダンジョンであったなら。

 当然、生き残る目は無い。何せ、ダンジョン探索を生業とする冒険者ですら、生還困難なダンジョンなのだ。

 ああ、どうして素人が生還できよう?


 そんな諦観が脳裏を支配する。彼の心中を死の恐怖が覆い尽くす。


「ぱ、パウロぉぉ……」


 情けない声がパウロの耳朶を打つ。恐怖に震えていたパウロは、ようやくその存在を思い出した。自らが連れてきてしまった仲間たちのことを。


 パウロは拳を強く握り締めると、恐ろしい魔物に向き直る。膝をつき、深々と頭を垂れて見せた。


「俺はどうなってもいい。煮るなり焼くなり好きにしてくれ。ただ、後ろの二人だけは見逃してくれねえか」


 必死の命乞いであった。

 普通魔物に命乞いなど、意味のない行為。しかし目の前の魔物は、知性ある魔物だ。人の言葉も解する。

 ひょっとすれば、こちらの話に耳を傾けるかもしれない。


 そんな一縷の望みに縋り、頭を下げるパウロ。

 ダンジョンマスターと思われる少女は、黙したままパウロの頭を見下ろす。


 ――駄目か。なら、一か八か……。


 パウロはさりげなく腰元の短剣に手を伸ばそうとして――


「頭を上げてください。大丈夫ですよ。貴方たちに危害を加える気はありません」


 そんな言葉が降ってきた。パウロは思わず頭を上げる。

 目の前の少女の顔を凝視した。


「ほ、本当か……?」

「はい」


 少女はやんわりと笑む。


「仲間を救うために自らの命を顧みない。魔物にすら頭を下げる。素晴らしい心根の持主ですね」

「い、いや、それは……」


 魔物相手とはいえ、手放しに賞賛されると、気恥ずかしく感じられた。


「貴方なら信用できそうです。これは幸運な出会いですね」

「――? それはどういう……」


 パウロは話に付いて行けない。頭の中に疑問符が乱舞する。

 そんなパウロの様子を見て、少女はくすりと笑うと、言葉を重ねる。


「私が貴方たちの前に姿を現したのは、ある提案をするためです」

「提案?」

「はい。その提案とは――」


 少女の口から発せられたのは、驚嘆すべき言葉であった。




 そこは森の傍にある寒村。

 その長老の家に、村の主だった男たちが集まっていた。緊急で開かれた会合は、パウロたちが持ち帰った情報について、話し合う為のものであった。


「もう一度確認するぞ、パウロ。ダンジョンマスターは、ダンジョンに供物を捧げれば、対価としてダンジョンの宝物を差し出すと、そう言ったのだな?」

「はい、長老」


 パウロは頷き、一言付け足す。


「ダンジョンマスターはこうも言いました。なにも無辜の民を生贄に捧げよとは言わない。人間のコミュニティから弾かれるべき者を捧げよと」

「弾かれるべきもの……」

「はい。例えば、重罪を犯した死刑囚。あるいは、飢饉の際に口減らしされる子供。そういった者を差し出せば、対価を出すと」


 パウロの言葉に、長老の家に集まった男たちは唸り声を上げる。


「理屈は分かる。しかし、信じてよいものかどうか……」


 長老がそんな呟きを漏らした。



 ダンジョンからの提案。

 それを理解するには、ダンジョンというものの生態を知る必要がある。


 ダンジョンは人を喰らう。

 より正確に言えば、ダンジョン内で死んだ人間の魂魄を喰らう。それを糧として成長していくのだ。


 そのためにダンジョンは、喰らった魂魄の一部を加工して、ダンジョン内に宝物を設置していると言われる。

 そう、人を誘い込むための撒き餌として。


 ダンジョン探索者も、その事実を承知の上で、ダンジョンに挑む。己の命をチップに財宝を追い求めるのだ。

 結果として、ある者は宝物を手に生還し、またある者はダンジョンの糧となる。


 それが、ダンジョンとダンジョン探索者の従来の関係性であった。


 一見すれば、人間側ばかりがリスクを負っているようにも見える。

 しかし、実際はそういうわけでもなかった。


 ダンジョンで一番の宝物は何か?

 その問いの答えは、ダンジョンの最奥にあるとされるダンジョンコアに他ならない。

 売れば、七代遊んでも御釣りがくると言われる財宝。全てのダンジョン探索者が狙う、一獲千金の夢。

 このダンジョンコアが奪われると、ダンジョンは死んでしまうという。


 だから、ある種の共生関係にあるかのように見える、ダンジョンと、ダンジョン探索者の関係ではあるが。

 その実、命の奪い合い。殺し合いをする関係にあった。


 だが、この新しきダンジョンの提案は、その従来の関係性を覆すものだ。

 双方がリスクを負うことなく、望みのものを手に入れる。正しく、共生関係とでも言うべき、新たな関係性。

 その構築を、ダンジョンマスターは提案してきたというわけだ。


「ここで悩んでも仕方ない。長老、一度試してみてはどうか?」


 年嵩の男が提案する。長老はその言葉を受け、暫し黙考する。

 そして口を開いた。


「この前、男衆が捕えた山賊がいたな。街の警羅に連絡を取って、引き渡す予定であったが……。試しに、ダンジョンに食べさてみるか」



 かくして、村はダンジョンへと最初の供物を捧げることになる。

 縄で縛られた山賊が一人、村の男衆に引きたてられ、ダンジョン内へと連行される。


「ダンジョンよ! 約束通り、貴君への供物を持って来たぞ!」


 男衆の一人、パウロだ。彼が大声で呼び掛けた。

 その声が、ダンジョンの中を木霊する。


 ほどなくして、透き通るような女性の声が、どこからともなく響いてきた。


『ご苦労さまです。では、その場でその供物を殺して下さい』


 ダンジョンマスターの返事に、パウロは眉を顰める。


「……俺たちが手を下さなければならないのか?」


 てっきりパウロは、ダンジョンマスターが供物を殺すものとばかり思っていたのだ。


『はい。お願いします』


 しかし、ダンジョンマスターは淡々とパウロたちに供物の殺害を促してくる。


 はあ、パウロは一つ息を吐くと、腰から短剣を抜き放つ。

 そうして供物の顔を見た。


 ――この男は、山賊という無法者の一員だ。殺されるに足る罪を犯した人間。躊躇うこともあるまい。


 パウロは己にそう言い聞かせる。それでも、彼の良心故だろうか? せめて苦しまぬようにと、心臓を一突きにした。


 パウロの手に嫌な感触が残る。

 流れ出す命の源。それは、地面を赤く染めていった。

 その様を、男衆が無言で見詰める。……十秒……二十秒。


 ついに変化が現れる。

 事切れた供物の体が、眩い光の粒子となって分解されていく。

 暫くして光が収まると、供物の代わりに赤い石が転がっていた。


 パウロはそれを指で摘まみ上げる。

 慌てて、別の男が手に持つ松明の灯りを、その摘まみ上げた石の傍に近づけた。


 パウロは、摘まみ上げた石をまじまじと観察する。赤く透き通るような石だ。恐らくは宝石の類であろう、パウロは、宝石に関して門外漢だが、そのように判じた。


 大きさは、うずらの卵ほど。ずいぶんと大粒の宝石だ。


 それが、どの程度の値付けがなされるかは分からない。

 ただ、田舎村の住人にとっては、途方もない報酬であるのは間違いない。

 男衆は、ごくりと唾を飲み込みながら、その宝石を見詰める。


 どうやらこれが、人一人分の命に対して、ダンジョンが差し出す対価であるらしかった。



 男衆が宝石を持ち帰ると、村はとんでもない騒ぎとなった。

 長老の見立てによると、その価値は、金貨10枚は下らないというのだから、当然のことであった。

 活気立つ村の人間たちは、皆が同じことを考える。


 ――もっとだ。もっと、ダンジョンに供物を捧げるのだ。




「長老!」


 男衆が殺気だった様子で、長老の家に押し掛ける。

 彼らは一人の男を引き連れてきていた。

 縄で縛られ、猿轡を噛まされたのは、村人の一人、ザネリであった。


 長老は仰天して、疑問の声を上げる。


「これはどうしたことだ!」


 男衆の一人が叫び返す。


「どうもこうもない! ザネリが盗みを働いたのだ!」

「何!? それは本当か!?」


 長老はザネリの顔を見る。

 縋りつくような目で長老を見詰め返しながら、首を左右に振るザネリの顔を。


 確かに、ザネリは少年時代、手癖の悪い子供であった。

 ちょっと、余所様の軒先に吊るされた保存食を失敬したりと、そんなことをする悪童であった。

 しかし、成人してからはその手の噂を聞かない。


 それだけに、長老は何かの間違いではないかと疑った。


「本当なのか?」

「本当ですとも! これが証拠です!」


 男衆の一人が巾着袋を放り投げる。

 その中から、銅貨が何枚か転がり落ちた。


「ルツの家から盗まれたものです! 怪しいと思い、ザネリを問い詰めたところ、その袋を持っていました!」


 長老は頭を抱えたくなる。それは余りにもお粗末な証拠であったからだ。


 何せ、何処にでもあるような巾着袋である。

 銅貨だって、いくら寒村とはいえ、現金収入が皆無なわけでもないのだから、当然誰もが持っているものだ。これを証拠とは……。


「本当に、ルツの家から盗まれた物なのかね? 誤解ではないのか?」


 諭すように長老が男衆に話しかける。

 しかし、熱狂的なまでの言葉の羅列が、矢継早に返ってくる。


「いいえ! いいえ! ルツの家から盗まれた銅貨の枚数とピッタリ一致します!」

「巾着袋のくたびれ具合も、盗まれた物と同じだ!」

「そもそも、こいつは昔から手癖の悪い奴だった!」

「そうだ! こいつがやったに決まっている!」

「長老は盗人を庇われるのか!?」

「勿論、そのようなことはないでしょうね!?」

「盗人には罰を! ダンジョンに放り込め!」

「そうだ、放り込め!」

「放り込め!」「放り込め!」「放り込め!」


 殺気だった男衆の熱量に、長老は思わず後ずさる。集落の長である彼ですら抗えないものがあった。

 やがて、俯きながら絞り出す様な声を出した。


「……許可する。ザネリをダンジョンに引き立てよ」


 かくして、二人目の供物がダンジョンに捧げられる。




 一人の婦人が家から飛び出す。

 歩み寄ってくる自らの夫に、掴みかかるような勢いで捲し立てた。


「あんた! どこに行ってたんだい!? アルが、末子のアルの姿が見えないんだ! どんなに探しても……」


 途中で尻つぼみになる言葉。

 婦人は、夫の手に握られた赤い宝石に気付く。


「あんた……まさか……」


 夫は歪んだ笑みを浮かべる。


「ウチに子供が五人もいるのは……多いと、そう常々思っていたんだ」

「あんた! なんてことを!」

「うるさい!!」


 夫は乱暴に婦人の腕を掴むと、家の中に放り捨てる。

 そうして倒れた婦人の上に覆いかぶさった。


「あんた、一体……」

「食い扶持を考えたら、これ以上子供を増やせねえと思ってたが……。はは、もう関係ない。また生まれたら、ダンジョンに放り込めば……。そうすりゃ、逆に大金持ちだ!」

「あんた! や、やめ……!」



「あの家だ! あの家の人間がダンジョンの秘密を外部に漏らそうとしたぞ! ダンジョンに放り込め!」


「キクロだ! 村の共有財産である宝石を勝手に! ダンジョンに放り込め!」


「長老だ! 長老が罪人を庇いたてたぞ! ダンジョンに……!」


「あいつ、このダンジョンでの作業に非協力的だな。そうだ。昔からあいつは、村の活動をサボりがちだった! なんて怠惰な奴! ダンジョンに……!」


「ダンジョンに……!」「ダンジョンに……!」「ダンジョンに放り込め!」

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