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第8話(ひとまず了)

「爺や? ポチ!? なにをしているのですか!?」

 焦がれるあまり幻聴が聞こえたのかと思った。

 ふっと体が軽くなり、私は優しく抱き留められた。

「楓殿」

「ええ、私ですわよポチ」

 私に微笑んで、彼女は爺や殿をきつく睨む。

「爺や、これはどういうことですの? 私のプライベートには関わらぬよう厳命したはずですわ!」

「で、ですがお嬢様! そこの人外の者は楓お嬢様に危害を加えようと」

「そんなわけありません! この子はポチ。私のペットですの!」

「な!? お嬢様それは犬ではありませぬぞ! それにあのマンションはペット禁止だと約束したではありませんか!」

「爺やが禁止したのは犬ですわ。ポチをごらんなさい。確かに顔は犬ですが……体は人ですの! だからワンちゃんとして飼っても爺やとの約束を破ったことにはなりません。それに今、犬ではないと爺やはハッキリ言ったのですわ」

「はっ!?」

 爺や殿は愕然とした表情を浮かべる。

 楓殿は怒りが収まらない様子で、爺や殿を見上げる。

「爺や、私はあなたのことを最大の理解者だと思っていましたわ。でも、それも今日で終わりです」

 爺や殿は何かを悟ったように悲しい顔で背を向けた。

「……今までありがとうございました楓お嬢さま」

 夕日に向かって歩き出す爺や殿。

 楓殿は「あ……」と小さく呟き、とても、とても悲しそうな顔をした。

 私の嫌いな顔である。

「楓殿、少々よろしいか?」

「ど、どうしたのですかポチ? どこか痛むのですの?」

「大丈夫である」

 心配する楓殿から離れて、私はよろよろと爺や殿に近づく。

「憐れむのはやめろ人外……私は楓お嬢様を理解できていなかった。嫌われてしまったのだ。お前は人外だから、動物アレルギーは発症しないらしい。一緒にいてやってくれ」

「それでいいのであるか」

「従者として楓お嬢様の命の次に尊重するのがお嬢様の意思だ。これでいい」

「嘘である。爺や殿は楓殿と一緒にいたいのである。私にはわかるのである」

「人外の貴様に何がわかる!」

 胸倉をつかまれる。私は爺や殿の胸倉をつかみ返した。

「わかるのである。私は都市伝説。犬面人である。スーツを着て、顔はポメラニアンであるが、楓殿の望むワンちゃんではない。だが、楓殿に拾われてポチという名を与えられ、生活を共にし……楓殿には笑顔でいてほしいと思ったのである」

「だからなんだ! 楓お嬢様の笑顔を守りたいと思うのは当たり前だろう!」

「わかっているのならば離れるべきではないのである。楓殿を支えてやれる『人間』は今のところ爺や殿だけである。花子さんでも、私でもない。楓殿を孤独にするな」

「ッ……!」

 私は楓殿に振り返った。楓殿は目を伏せていた。

「楓殿。爺や殿は楓殿の傍にいたいと思っている。楓殿もそうであろう?」

「で、でも爺やはポチを虐めていたでしょう?」

 震えながら制服の裾を握りしめる楓殿。

「それは違う楓殿。爺や殿は楓殿が心配で私を危険な人外と勘違いしただけである。私は気にしていない」

 本当のことである。

「え、え……そう、なのですか?」

「そうである。だから先ほどの『終わり』を撤回するのである」

 背中を押すと、楓殿は困惑するように爺や殿を見た。

「お嬢様」

 爺や殿は捨てられた子犬のように楓殿を見つめていた。

「わ、私は……すみませんですわ爺や。ちょっとおせっかいすぎてうんざりでしたけど爺やのことは嫌っていないのですわ」

「お嬢様……では私は」

「あのマンション全部掃除するのは大変なのですわ! こ、今後はこのようなことがないようにお願いしますわよ!」

「お嬢様!!」

「ふむ、仲直りであるな」

 私は2人の手を強引に握らせたのである。




「で、答えは出たかな? なんで君は楓ちゃんの傍にいたいの?」

 ここは駅前のタワーマンションの一室。

 そこのトイレである。

 花子さんに私は頷く。

「うむ。私は犬面人として生まれたが、今は楓殿に飼われているワンちゃんで、家族である。名はポチ。楓殿の傍にいたいのは楓殿に笑っていてほしいからである。一人にさせたくない。スーツを着ていることも、ポメなことも、都市伝説として生まれた意味も、一緒にいたい理由にならないのである」

「だよね~。それにしてもやるねポチ君。人外と見たらなんでも消し飛ばすあのおっさんを改心させたんでしょ?」

「それは私ではない」

「ポチ~? いつまでトイレにはいっていますの?」

 ガチャッ!

「かえでちゃぁあん! これで朝の出勤時間前にも会いにこれるようになったよ!!」

「花子!? くっ、爺やを恐れて傍にいてくれなかったくせに! 寛容になったとたん現れるようになって……面倒くさい友達ですの!」

「楓殿、そう言ってる割にはまんざらでもない笑顔であるぞ」

 私が指摘すると楓殿は真っ赤になった。

「ち、ちが! これは別に」

「お嬢様叫び声が聞こえましたが、何かあったのですか!」

「爺や!? 次の部屋掃除は3日後でしてよ! なんでいるのですか」

「む? おのれ人外! 貴様また現れたのか!?」

「爺やさん。僕、かえでちゃんの友達だよ? 攻撃するの? しないよねぇ?」

「ぐっ、うぐぐ!」

 楓殿の部屋は拾われたころと比べると随分にぎやかになったものだ。

「はあ、朝から騒がしいのですわ。あら、ポチは尻尾を振って嬉しいことでも?」

「うむ。楓殿に拾われた幸せをかみしめているのである」

「私もポチを拾えて幸せでしてよ」

 私はポチ。犬面人である。

 楓殿のペットだ。


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