私は犬面人。
人面犬の亜種で、ほっといてくれよとは言わないらしい。
今日、都市伝説であるということがわかった。
「ふむ……」
公園のブランコに座ってしばし考える。
私はなんのために生まれ、どうして楓殿の傍にいるのか。
私の隣に初老の男性が座った。
「はあ……」
タキシードを着ている。
「あなたは」
覚えていない筈がない。
楓殿のマンションを掃除している集団の指揮者だ。
楓殿が言っていた爺やとは彼だろうか?
「そこのお方聞いてくださいよ」
彼は顔を上げもせず話始めた。
私が見えているのであろうか?
「私はとあるお嬢様の従者でした。いや、今も従者なのですが。あのタワーマンションが見えますか? そこに住んでおられるのです」
うつむいたまま駅前のタワーマンションを指さす彼。
「……そうなのであるか」
やはりこの人が爺やで間違いないだろう。
何故落ち込んでいるのか。
「お嬢様は昔から見えないものが見える体質でしてね。素直な方なので見えるものを見えると周囲に言ってしまい……。どんどん一人になっていったのです。私も見える立場でしたから他人事とは思えず、誰もやりたがらないお嬢様の従者を――」
そこからは長い昔話だった。15分くらい彼は楓殿への溺愛を延々語り続けた。私は無言で聞いていたが。
なるほど、これは楓殿が一人暮らしをしたくなるほどお節介だと呆れた。
「楓お嬢様はご両親に会えない寂しさからか、犬を飼いたがるのです。実は動物アレルギーでしてね。私は可愛いお嬢様にそんな残酷なことを言えず、厳しくダメと言ってきました」
合点がいった。
「動物アレルギー。それがあのマンションを犬禁止にした理由なのであるか?」
尋ねると、爺や殿はブランコから崩れ落ちて泣き出した。
「そうです……全ては楓お嬢様のため。そのためなら私は恨まれても構わない。はずでしたが、一人暮らしを始めるにあたりお嬢様と約束させられてしまったのです『爺や一人暮らしの間は私に近づいたり監視したり、世話を焼くのは私が必要とする時以外は禁止ですわ』と。お嬢様のお傍にいられないことがこれほど苦痛とは……」
ため息をつく爺や殿。
爺や殿はすごくいい人なのであろう。
それこそ楓殿の言いつけを破って毎日掃除に来るくらい。
私は滝のように涙を流す爺や殿の肩を叩く。
「爺や殿顔を上げるのである。楓殿は大丈夫である。三食しっかり食べ、家事をし、学校に行き。偉いのである。心配する必要はない。それに、私が」
『いる』とは簡単には言えなかった。
私はこの爺や殿のように楓殿のために何もしていない。
今や自分の正体が都市伝説であることは確かだが、楓殿が本当に飼いたかったワンちゃんではない。
果たしてそれで一緒にいる資格があるのか?
「どこの方だか存じませぬが、そういってくれると私も少し安心――」
顔を上げた爺や殿は私の顔をじっと見て、すっくと立ちあがる。
「おのれ面妖な人外! 私をたぶらかし、お嬢様の情報を聞き出して何が狙いだ!?」
「私は犬面人である。落ち着くのだ。誤解である」
自分から話しておいてなんと理不尽な爺や殿か。
「落ち着けるか! 楓お嬢様をつけ狙う輩は、今ここで霊媒師としても活躍するこの私が、成敗してくれよう!」
爺や殿がタキシードをバサッ! と脱いだ。その下にはどう着込んでいたのかわからない陰陽師のような服。彼は塩とお祓い棒をどこからともなく取り出した。
「成敗!」
「痛いのである。やめるのである」
ぽかぽかぽか、ばっばっば!
お祓い棒と塩のコンボが私を襲う。
体が急に重くなり、私は立っていられなくなる。
体調不良とは別種の不調だった。
体が透き通り、先の景色が見え始める。
「なんなのであるかこれは」
「撒いた塩は清めの結界となり人外の自由を奪い、大幣が人外を闇へと屠るのだ! 私はこの連携でお嬢様に近づく人外を全て屠ってきた。人外は楓お嬢様を孤独にする。全て敵だ! お嬢様の笑顔を奪う貴様らは」
楓殿は確かに、見えることで孤独になったのだろう。
爺や殿の言い分は正しい。
都市伝説。
人外の者として、このまま私も消えるべきかもしれない。
しかし、一部訂正を願いたい。
「全て、ではないぞ爺やどの」
「馬鹿な、何故立ち上がれる!? 足らぬか! えい!!」
ぽかぽか、お祓い棒に叩かれて再び膝をつきそうになる。
が、言わねばならぬ。
「楓殿は小学生の時からトイレの花子さんが友達だった。そして今は、ペットとして私を飼っている。だから人外が全て楓殿の敵というわけではない」
「お前を飼っているだと? 戯言を抜かすな人外が! 消えろ! 早く消えろぉお!」
ぽかぽかぽかぽか。
視界が霞む。夕日がまぶしい。
最後に見るのがきれいな夕陽でよかったのである。
でも、できれば楓殿の笑顔が見たかった。
……?
――そうか。形は違えど私は爺や殿と同じ。楓殿の傍に……。