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第2話 多分風邪

 なんか、興奮しすぎて寝られなかった。

 あの横顔が、あの声が、あの笑顔が、頭から離れない。 


 次の日――案の定、フラフラ。

 しかも倒れたのはよりによって、誠也先生の授業中だった。


 教室がざわついてる。声が響いてるのはわかるのに、体が動かない。

 隣の高橋は完全にテンパってる。……バーカ。


「熱があるぞ。昨日……あれから雨に濡れたからか?」


 “あれから”って言葉に、ざわつくクラス。


 ……そうです。あれから髪も乾かさず、布団の上で、

 誠也先生のこと、ぐるぐるぐるぐる考えてました。

 お風呂には入ったけど、のぼせて出てきたらもう寝られなくて。


 朝起きたら喉が痛くて、ヤバいかなって思ったけど、

 それでも学校行って、職員室までお礼言いに行って、

 「ありがとうございました」って伝えたら――


「鼻声だな」


 って、先生が少し笑ってくれて。

 その笑顔がなんか、やたら素敵に見えて。


 ああ、これが、恋なんだ――


 ……って顔が熱くなったけど、それ、熱だったんですね。はい。


「すまんが、みんな自習してくれ。

 高橋くん、自習ノート終わったら職員室の僕の机に置いてくれるか?」


「は、はいっ!えっ……せ、先生、水城さんを……」


 テンパりすぎ。ていうか、えっ?先生?自習にしてまで?


 ――と思った瞬間。


 体が浮いた。


 ふわっと、視界が揺れて、

 ほんのりタバコの香り……。顔を上げると、間近に先生の顔!!


 ――えっ、うそ。


 お姫様抱っこ、されてる……?

 あ、だめ。今ので熱、確実に上がりました。


 教室はキャーキャー言ってる。見られてる。恥ずかしい。

 でも力が入らない。体が動かない。

 だから私は、もう――


 先生に、身を任せた。


「水城さん、保健室まで運びますよ」







 ハッと目を覚ますと――ベッドの上。


 保健室だ。

 頭の下にはアイスノン。少しひんやりして気持ちいい。


「起きた? もう一度、熱を計りましょう」


 保健の先生の優しい声。……でも、わたしの目は探してた。

 誠也先生は……?


「あなたの担任の先生、素敵ね。あなたをお姫様抱っこして連れてきたのよ」


 ……はい。知ってます。覚えてます。

 ……恥ずかしすぎて、思い出したくないけど。


 わたしは布団に潜りこむように横たわる。

 熱は38.0度。……そりゃ倒れるよね。


 それにしても――保健室のベッドって、なんか特別な感じがする。

 シーツはパリッとしてて、毛布はちょっとくたびれてるけど、安心感がある。


 自分の部屋とは違う匂い。違う空気。違う時間の流れ。


 もう少し、このまま横になってたい――


「水城さん。大丈夫かね」


 !! 誠也先生!!


 わたしは反射的に布団をばさっとかぶった。顔を見られたくなかった。


「先生、まだ熱が下がらないから、お母様に迎えに来てもらったほうがいいかもしれないわね」


「はい。……先ほど連絡したんですが、お母様しか在宅でなかったようで。運転免許がないそうです」


 ああ、そうだった……お母さん、車乗れないんだ。

 てことは、バス……。この熱で、バス……無理かも。


「なので、わたしが送っていきます」


 ……は?


 先生?


「今、昼休み中なので。ちゃちゃっと行きましょう。

 あ、さっきみたいにお姫様抱っこは……さすがにあれなので……歩けますか?」


 ――そう言って、先生がそっと手を差し伸べてくれた。

 大きな手。あたたかくて、迷いのない手。


 ――はっ!!


 後ろに……高橋がいる!!


 なんでいるの!? ていうか、全部見てた!?

 わたしの惚れた顔……見られてたかもしれない。

 ああ、恥ずかしすぎる!!


 高橋、わたしの荷物、ちゃんと持っててくれてるけど……

 すごい見てる。目、めっちゃ開いてるし。


 わたしは顔を真っ赤にしながら、ゆっくりベッドから降りた。

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