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第3話 ほの字

わたしは二日連続で、先生の車に乗った。助手席。

 窓の外では、まだ少し雨がパラパラと降っている。


 高橋はわたしの荷物を持って、車までついてきた。

 ……ていうか、なんであんたが荷物を……。


「ありがとな、高橋くん。君も風邪引くから早く教室戻って。すぐ戻るよ」


「は、はいっ」


 駆け足で校舎に入っていく高橋の背中を見ていたら、先生が――


 わたしに覆いかぶさってきた!!

 えっ、えっ!? 何っ!??


 と思った瞬間、リクライニングのレバーを引いて、座席を倒された。


「着くまで横になってなさい。顔が赤いぞ」


 ……な、なんだ。ただそれだけか。

 でもその後、そっと膝掛けを掛けてくれて。


「そんなにスカート短くして。明日、生活指導の先生にチェックされるから、直してきなさい」


「……は、はぁい……」

 ていうか先生……昨日のお姫様抱っこの時……パンツ、見えてたらどうしよう……


 車内に、かすかにYES NO boysの曲が流れてくる。

 先生が小さな声で、鼻歌みたいに歌ってる。

 ……上手だなぁ。静かで、でもちゃんと歌詞が聴き取れる声。


「まだ止まないね、雨」


 急に先生がわたしに話しかけてきて、びっくりした。


「そうですね……。プール開き、延期ですか?」


「そうだな。いくら屋根付きでも、気温が低いと延期だ。

 ……ま、水城さんはまず、その熱を下げてからだね」


 ……あ。そういえば、プール開きの日って学年の先生全員来るんだっけ。

 ってことは――先生に水着、見られちゃう!?


「誠也先生……二日連続、すいません」


「担任として、当たり前のことをしてるだけですよ。ゆっくり休んでください」


 ……先生。


「あ、水城さん。下の名前で呼んでもいいですか?」


 えっ……いきなり、どうして……?


「明里さん」


 ――家族以外の男の人に、下の名前で呼ばれるのは、初めてかもしれない。


「……誠也、先生っ……」

 なんか、恥ずかしい。


「はい、明里さん。家に着きましたよ」


 雨はさっきより強くなっていた。

 先生は先に車を降りて、傘をさして助手席のドアを開けてくれた。

 また、そっと手を差し伸べてくれる。


「昨日、僕が傘をさしてあげてたら、熱なんて出さなかったのに。……ごめんなさい」


 わたしは首を横に振った。先生の方が濡れてる。

 でも、大きな傘。先生、大きいから、こうしてても半分しか入らない。


 玄関まで、ずっとわたしが濡れないように傘を傾けてくれていた。


 お母さんがタオルを持って、先生とわたしに渡してくれる。


「先生、ありがとうございます。夕方になったら、息子が帰ってきて病院に連れてってくれるので、それまで明里を寝かせます」


「お大事にしてください。タオル、ありがとうございました」


 お母さんも、先生の背の高さを見上げて、少し顔を赤らめている。

 ……お母さん、お父さんと歳そんなに変わらないのに。

 やっぱり親子だな、わたしたち


「明里さん、ゆっくり休んでくださいね」


「は、はい……」


 先生は再び傘をさして、車に乗り込んだ。

 雨の中に消えていく、大きな背中。長い手足。


「素敵な先生ね。保護者の中でも噂になってるのよ。イケメンだって」


 お母さんは、やっぱり惚れてる。……お互い既婚者でしょ。


 やっぱり、わたしたち親子か……


「さて、明里。お兄ちゃんが帰ってくるまで、着替えて寝てなさいね」


「……はぁい」


 わたしの頭の中に、「明里さん」と呼ぶ先生の声が、何度もこだました


 ――雨は、まだ止まなかった。


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