私はあれから、社会人の兄に連れられて病院に行き、風邪と診断されて二日休んだ。熱は一日ほどで下がったけど、ベッドの上でゆっくり休むことの大切さを実感した。
うちのお父さん、昔はアスリートだったらしくて、寝具にはこだわりがあったし、健康とか睡眠の話になるとうるさいくらいだった。
早寝早起き、よく食べ、よく運動して、よく笑う。
……なのに今や、小太りのオッサン。もともと背が低いから余計にね。誠也先生と、なんであんなに差がついたんだろ。
まぁ、お母さんとラブラブで幸せそうだから、いいんだけどさ。
昔はお父さんも痩せてたらしい。でも、ああいうスタイル良くてイケメンの、しかも年齢も近い先生なんか見たら……そりゃ、ときめいちゃうよね。
イケメンかどうかは保護者のママたちが言ってることで、生徒の間じゃそんな噂ないし、もっと若くてかっこいい先生もいるからね。
私は、あの細くてキリッとした先生の目が好き。笑うときに一本線になるところとか、特に。……ここ数日で気づいたんだけど。
あと、あの背の高さ。……180はあるよね、きっと。
あー、だめ。こんなこと考えてたら、また熱が上がっちゃう……。
病気明け、教室に行くとクラスメイトたちが声をかけてくれた。
「大丈夫?」
「良くなってよかったー!」
「にしても、この前の誠也先生のお姫様抱っこ、びっくりしたー」
……やっぱりその話題、出るよね。
「明里がミニスカだったから、先生、背広脱いで隠してたよねー」
「ここ数日で誠也先生の株、めっちゃ上がった感じ〜」
やばい、ライバル出現!?……かと思ったら、
「でもさー、年齢的にうちらの親と同じくらいだし。おっさんじゃん」
「しかも既婚者〜。まだ未婚の新任の、あの数学の先生の方が……」
「あー!私も好きなのに!狙ってたのに!!!」
……よかった。みんな恋ってほどじゃないみたい。ちょっとホッとしてる自分がいる。
隣の席の高橋が、コクリと小さくうなずいて、私に一冊のノートを差し出してきた。
「お、おはようござい……ます。あの、休んだ日の……授業の、ノートです」
「ありがとう、高橋」
目を合わせないままノートを差し出してくる。中を開くと、思いのほか綺麗にまとまっていて、ちょっとびっくりした。
「ひ、誠也先生に……た、頼まれたから」
……誠也先生……。
すると、クラスメイトのひとりが私の腕をつかんで、こっそり囁いてきた。
「高橋はやめときな。弱っちいし、根暗だし、イケてないし、何考えてるかわかんないし」
……まぁ、そうかもしれないけど。
そのとき、朝礼の時間になって誠也先生が教室に入ってきた。
「はーい、みんな座れ!
お、明里さんも復活か。今日は久しぶりに全員そろったな」
……誠也先生……。
「今日は小雨だけど、予定通りプール開きをするぞ。楽しみだな!」
教室中にため息が広がった。少しでも明るくしようとしてるのは分かるけど……先生、ちょっと空回ってるかも。
窓の外を見ると、まだ薄暗い空の下、雨がしとしとと降り続いていた。
うちの学校のプールは、運動場の奥にあるビニールハウスみたいな屋内施設にあって、そこまで行くのが面倒なのだ。
だからみんな、いやそうな顔をしている。
私は病み上がりってことで見学にした。……たぶん、病み上がりじゃなくても広見先生が監視してるなら、なんとしてでも休みたかったけど。
……よかった、熱出して。