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第5話 演技

プール開きでは、毎年水泳部がデモンストレーションでオープニングを飾るのが我が高校の恒例だ。

さすがという泳ぎと、水しぶきの跳ね方まで無駄がない。そして、なぜか美男美女でスタイルのいい部員ばかり。羨ましい。

男子部員の胸板や背筋に、思わず見惚れてしまう。


ほかの男子は女子の水着をじろじろ見て、見学の女子を「あいつは生理だ」とニヤニヤ眺めているのが気持ち悪い。

女子たちはその目線を嫌がって、やんややんやと騒いでいる。


見学席でその様子を眺めていると面白い。私も生理で見学に回されてるのかな、ほかのクラスの男子からは。


横に、男子で唯一見学の高橋がいる。か弱そうだし、貧相な身体に見えるし、正直あまり見たくない。

年がら年中、長袖長ズボンの彼は肌を見せない。いや、だから別に見たくはないんだけど。


水泳部のデモンストレーションが終わると、水泳部顧問の体育教師・三田村が飛び込み台に立った。

小柄でぽっちゃり、体毛が濃く、熊だのゴリラだの言われている。生徒たちはその姿に笑ったり野次を飛ばしたりしていて、見苦しい。


「今日は決着をつけたい!御嵩誠也、出てこい!」

え?誠也先生?

隅っこで先生が「僕?」と目を丸くしている。ポロシャツにジャージズボンという滅多に見ないラフな格好だけど……


「……み、三田村先生、誠也先生と……そ、そりがあ、わないってよく聞く」

高橋がそう話した。確かに二人は仲よさそうには見えない。

三田村は鬱陶しいし見た目もアレで、生徒からの人気はない。

誠也先生は保護者からは人気で、語ると熱いが、三田村とは性格が真逆。そりゃあ、ソリも合わない。


「受けて立ちましょう、三田村先生」

誠也先生がポロシャツとジャージを脱いだ!!ちゃんと水着も着ている。

女子生徒たちからキャーキャーと歓声が上がる。


……50近い男とは思えない体型。おへそ周りの毛はちょっと気になるけど……カッコよすぎる。

私は持っていたタオルで、目から下を隠した。


「でも僕、飛び込めないから下から……」

その言葉に、みんな笑う。先生はゴーグルをつけてプールに入った。

頑張れ、誠也先生……心の中でそう叫ぶ。ドキドキしてしまう。

三田村は見た目はアレだがさすが顧問だけあって速い。けれど誠也先生も負けていない。


私は、病み上がりが吹き飛んだかのように、盛り上がる見学の女子たちと一緒に誠也先生を応援する。タオルはもう床に置いた。


結果、誠也先生がタッチの差で勝利。私は嬉しくて、ほかのクラスの見学してた子たちと一緒にタオルを持って誠也先生のところへ向かう。もう訳がわからないくらい嬉しい。

三田村は不貞腐れて水泳部のメンバーに引き上げられていた。


プールから出てきた誠也先生にタオルを渡すと、とてもやりきった笑顔で私を見る。

ほかの見学の女子たちとクラスメイトの女子たちも集まってくる。


「アイタタタ……」

誠也先生がうずくまる。


「足つった。」

もう、無茶するからだよ。


「明里さん、保健室まで連れてってくれないか?」

え。私、指名???

あ、私保健係だもんね……そりゃそうか。ほかの女子たちからじろじろ見られるけど。


保健室までは少し遠い。

「おい、女子たち! 見学の生徒! さっさと元に戻れ!」

負けたことが悔しい三田村が怒鳴り散らす。だからあんたはそんな人だから生徒に好かれないのよ。


着替えを終えた先生を更衣室の外で待ち、出てきたところで一緒に行くことにした。まだ少し雨が降っている。傘は背の高い先生が差してくれた。右足を引きずりながら。

そして私の肩に先生は大きな手をかけて歩く。


「悪いな、明里さん」

「いえ、痛いですよね。」

「……ジムでも泳いでるんだが、無茶しすぎたなぁ。かっこ悪い」

「ううん、かっこよかったです……誠也先生」

つい本音が漏れてしまった。誠也先生は笑った。


「明里さんの声、すっごい聞こえた。」

ええっ……恥ずかしい。そんなに叫んでた?


「だからカッコつけようとして……馬鹿だろ?」

そうだったんだ。肩に置かれた先生の手。少しじんわり暖かさを感じるけど、私のブラジャーの紐が当たってるから……なんだか恥ずかしいというか、なんというか。


保健室に着いて、保健室の先生に湿布を貼ってもらっている誠也先生。

薄いすね毛に、引き締まったふくらはぎ。


男の人の脚。誠也先生の脚。


保健室の電話が鳴る。


「校長先生に呼ばれたから、ちょっとここにいてもらえるかしら。プール開きのイベントやってるのにごめんなさいね」

「いいですよ、僕の出番は終わりましたから。」

出番……

「あれは生徒たちを喜ばせるための茶番ですよ。三田村先生と昨日話してて。だから水着も着込んでたし。でもそれで足つるってかっこ悪い。」

と笑う誠也先生の笑顔は、子どもみたいだった。


保健室の先生が去った後、私と誠也先生は二人きり。


誠也先生は立ち上がった。

「なんてね。足はつってない。」

え?私に近づいてくる。顔が真顔になっている。

「明里さんとふたりきりになるための口実。」


……そして誠也先生は私を保健室のベッドに押し倒し、私にキスをした。

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