私は裏の玄関で、しばらくのあいだじっと立っていた。雨はザーザーと強く降り続き、校舎の影が灰色に滲んで見える。
やがて、見覚えのある車がゆっくりと近づいてきた。先生の車だ。雨粒を弾くワイパーの音とエンジン音が、なぜか胸の奥に響いた。
助手席のドアが開いた。
「……どうぞ」
照れたように言う先生の声に、私は小さく頷いて乗り込んだ。ドアを閉めると、外の世界がまるで別のものになったように静かになった。雨音はまだ聞こえるけれど、遠くで響いているような感覚。
シートベルトを締める私の手が少し震えていた。先生も気づいたのかもしれないけど、何も言わず、ゆっくりと車を発進させた。
しばらく沈黙が続いた。
「……あの時、本当にごめん」
ぽつりと、先生が言った。
私は返事をしないまま、フロントガラス越しに流れる雨の筋を見つめていた。ごめん、って言葉がさっきからずっと胸に刺さってる。そんなの、何度も言わなくてもいいのに。
「僕は……教師として失格だって、自分でも思うよ。わかってるんだ。でも、あのとき……明里さんが泣いた顔が頭から離れなくて……」
私の心臓が、また跳ねた。
「本当はね……そんなふうに誰かに泣かせちゃいけないのに……助けたくて、でも、気づいたら――ごめん、また言ってるな」
先生は照れ笑いを浮かべて前を向いたままだった。
私も言葉が見つからず、何かを握りしめるようにスカートの端を指でつまんだ。
窓の外を見ながら、私はやっと口を開いた。
「……先生、私も……ちょっとおかしかったと思います。あの時、嫌じゃなかったから……拒まなかったんです」
先生がチラッと私の方を見た。
「……でも、怖かったのは確か。私、何やってるんだろうって、あとからすごく後悔して……それで、涙が出てきたんです」
雨が強くなった。車の中の湿った空気に、沈黙がまた戻る。
でもさっきより、ちょっとだけ柔らかい。
「明里さん……無理してない?」
「……してます」
私は笑いながら言った。先生も、ほんの少し、笑った。
信号で車が止まり、しばらくの沈黙のあと、先生がゆっくり言った。
「……今日は、家の前まで送るよ。誰にも見られないように、ちゃんと配慮する」
「……はい。ありがとう」
この“ありがとう”が、何に対してのものだったのかは、自分でもよくわからなかった。
けれど、車の中に流れる雨音と、先生のハンドルを握る手が、なぜか――あの時よりも安心できる気がした。