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第2話  撮影強行と謎の反応

ダンジョンに入ってから、すでに十五分が経過していた。

薄暗くじめじめとした空間。コンクリートに似た無機質な壁が延々と続き、時折、小動物が走るような音が響く。


「リーダー、まだ続けるのか?」

アキラが口を尖らせながら、小声で尋ねた。


「もちろんだ。ここで引いたら、ただの腰抜けだろ」

河口 博は、自撮り棒の先についたカメラに顔を寄せてニヤリと笑った。


「さあご覧いただこう。これが《東京ダンジョン》のリアルな内部映像だ! 当然、今回も編集ゼロの生配信でお届け中!」


《ヤバイって》《マジで怒られるんじゃ》《こいつら何やってんのw》


チャット欄には否定的なコメントが流れるが、視聴者数は着実に増えていた。


「そういや、許可とか取ってんの?」

ミナトがカメラを持ちながらぼそり。


「え? 何の?」

博がとぼけた顔を見せる。


「このダンジョン撮るのにさ。誰かの所有地とかだったら――」


「……バカ言うなよ。誰の土地でもない、誰も管理してない空間に誰の許可がいるんだ? そんなもん“現場にいるオレたち”が正義だろ」


ヨッシーが苦笑しながら付け加える。

「っていうか、仮に誰かいたら、それこそスクープじゃん。インタビューして再生数稼ごうぜ」


「その通りだ。誰かいるなら会いに行こう! そして俺たちがこのダンジョンの秘密を、ぜんぶ暴いてやる!」


――『警告。退去勧告に従わない場合、実力行使を行います』


まただ。

あの冷たい機械音の声が、空間全体に響き渡った。


「……反応あったな」

アキラが肩をすくめる。


「えーっと、最深部って単語に反応してる感じ?」

ミナトがカメラを止めずに確認する。


「ふむ……」

博が顎に手を当て、そして突如思いついたように叫んだ。


「最深部! 最深部を赤裸々にしてやる!!」


――ザザザ……ッ!


その瞬間、辺りの空気がビリついた。ノイズのような音、光量の変化、そして――


『最深部………?赤裸々……?えっち、すけべ、ヘンタイ!……退去しないなら実力行使します』


全員、フリーズ。


「い、今、なんて言った……?」


「変態って……言われた?」


「録れてる? これ、録れてる!?」


「言ったな? 完全に言ったな! ゴブリンのくせに偏見!」


その直後、床の奥――影の向こうから、多数の足音が響いた。


「リーダー! 来る! 絶対ヤバいの来る!!」


「これは……!」

博が言い終える前に、ダンジョンの闇から飛び出してきたのは――


「ゴ、ゴブリン!? ほんとに出んのかよッ!?」


緑色の小型モンスターたちが、うじゃうじゃと湧き出した!


「逃げろぉおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

ヨッシーが絶叫した。


逃げる河口博ダンジョン探検隊。

しかし、背後からはまだ声が響いてくる――


『迷惑系配信として、運営に訴えてバンしてやるるるるううう!』


「バンはマズいってー!!!」

ミナトの悲鳴が、ダンジョンにこだまする。


果たして彼らは無事に帰還できるのか?

そして、“この声の正体”は……?


――波乱の《東京ダンジョン探索》は、まだ始まったばかりである。



---


:ゴブリンからの逃走と謎の声


「来てる来てる来てるぅぅぅぅううっ!!」


通路の奥から迫りくる無数の足音、ざわざわとこだまする笑い声。

それはもはや小動物の群れではなかった。

――モンスターだ。それもゴブリン。それもやたらリアクションが豊かなタイプ。


「ゴブリンってこんな喋ったっけ!?」

「アレ、なんか喋ってね!?」

「AI?てか生きてるよな!?」


叫びながら全力で逃げる四人の影。


「うわっ!来てる、リーダー、マジで来てるって!!」


「**カメラは死守!**命より大事な機材だ!!」


「自分の命、優先して!!」


河口 博は背後を振り返ると、カメラの映像越しにゴブリンの姿を確認する。

やつらは小さな体で器用に跳ねながら、石壁をすいすいと追ってきていた。


「しかも……早くない!? あいつら絶対、日頃走り込んでるよね!?」


「誰がダンジョン内トレーニングゴブリンだよ!!」


酸欠になりそうな叫びを交わしながら、探検隊は必死に走った。

カメラはぐらぐらと揺れ、画面にはほぼ足元しか映っていない。それでもコメント欄は大盛況だった。


《うわあ》《ヤバい》《何この神回w》《ガチでヤバそうなやつ来た》


そのとき――


『逃走行為、確認。次回、悪質と見なした場合、通報を行います』


再び、あの無機質な機械音の声が鳴り響く。


「通報……だと……!?」


「どこに!? だれに!? 通報って誰目線!?」


「てか、誰が運営なんだよ!? YouTubeか? Twitchか? ダンジョンか!?」


「ダンジョンが配信者BANする時代とか地獄じゃねーか!!」


「バンされたら、収益も、案件も、全部消える……っ!!」

ヨッシーの目から涙がこぼれそうになっていた。


「とにかく、一旦撤退だ!!」


博が叫ぶと同時に、ダンジョンの奥から左へ分岐する狭い抜け道を発見する。


「そっち行ける!?」


「行けぇぇぇええええええっ!!」


全員、躊躇なく飛び込む。

ゴブリンたちは道幅に引っかかったのか、追撃の勢いが弱まる。


やがて、息を切らしながらも、彼らは辛くも入り口の近くまで戻ってきた。


「た……助かった……」


「し、死ぬかと思った……」


「バンのほうがマシだと思った……」


「ゴブリン、しゃべるの反則だろ……」


そのとき、またもダンジョン全体に響く声。


『迷惑系配信として、運営に訴えてバンしてやるるるるるるっ!』


「だぁぁぁあああああああああっ!? また来たぁぁあああああ!!」


「この声の主、マジで誰なんだよぉおおおおおおお!!?」


再び逃げる一行。


しかし、その声の正体こそが、この《東京ダンジョン》の核心に近い存在であることを、彼らはまだ知らなかった――。


そして、この“誰か”と“何か”が交差する物語は、静かにその姿を見せ始めていた。





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