「……リーダー、マジで言ってんの?」
カフェチェーン店の片隅。
タブレットに映るは、例の《撮影データ》。そこにはカメラを落としそうになりながら逃げ惑う、自分たちの姿が記録されていた。
「いや、どう見ても笑える神回だろコレ。音声も鮮明、画も完璧。配信したら、バズる。確実に」
「でも、あの声……“迷惑系配信としてバンします”って言ってたよ? 絶対マズいって」
ヨッシーがストローをくわえながら真剣な顔をする。
口元のタピオカがぷかぷかと上下するたび、妙な緊張感が漂っていた。
「下手に配信したら……アカウントごと吹き飛ぶぞ。いや、最悪、我々の人生が終わる」
「おまえ、言い過ぎだろ」
「俺たち、逃げながら**“最深部を赤裸々にしてやる!”**とか叫んでたんだぞ……」
一同、沈黙。
全員がコーヒーの表面を見つめながら、現実から目を背けていた。
やがて、重い空気を破って、河口博が言った。
「……俺、一人で行ってくるわ」
「は?」
「直接謝ってくる。……ダンジョンに。いや、あの声の主に」
場が、凍りついた。
「マジで言ってんの? リーダー、一人で行くって……アレ、本気でヤバいやつだって」
「わかってる。だから、俺一人でいい」
「バカ言うなよ! 撮影中止するだけで良くね!? もうダンジョン行かなくても――」
「それじゃ納得いかねぇだろ!」
カップを握りしめた博の目が真剣だった。
「俺たちは……誰かの“生活圏”を、無断で土足で踏み荒らしたんだ。例え、それがダンジョンの最深部だとしても、“誰かが住んでる”ってわかった以上、謝るべきだろ?」
「……リーダー」
「あと、もう一つ……あの声の主、なんか聞き覚えがあったんだよ」
「え?」
「思い出せないけど、どこかで聞いたような……懐かしい感じっていうか……」
沈黙のあと、ヨッシーが苦笑いで言った。
「じゃあ、もう止めない。けど――生きて戻ってこいよ」
「もちろん!」
:最深部の部屋と彼女
東京ダンジョンの入り口に再び立った河口博は、改めてその異様さを感じていた。
昼間だというのに、周囲の空気は妙に冷たく、ビルの谷間にぽっかり空いた入口はまるで異世界への裂け目のようだ。
「誰が見ても、これ絶対普通じゃねえよな……」
呟きながら、博は一歩ずつ慎重に内部へと足を踏み入れる。前回と違い、今回は撮影機材も仲間もない。
懐中電灯の光だけが、薄暗い回廊を照らす。
ゴブリンも、異形の存在も、今は静まり返っていた。まるで、彼の謝罪を待っているかのように。
「ええと……もしもしー?」
声をかけてみても、反応はない。
かすかな足音と、心臓の鼓動だけが耳に響く。
「……誰か、いるなら返事してくれないかな。前回は、ほんとすみませんでした! 僕たち、無断で配信して、迷惑かけて……本当に反省してます!」
頭を下げながら、通路を進む。
途中、見覚えのあるゴブリンの死体があった。前回、ヨッシーが投げたスタンバトンで気絶したやつだ。
「……まだ、片付けられてないのか」
そんな状況のまま、彼はやがて、かつて"最深部"と呼ばれていたあの大扉の前にたどり着く。
黒鉄のような扉は閉じたまま、だが今回は異様な気配はしない。
「……行くぞ」
意を決して取っ手に手をかけると、
ギィィ……と、音を立てて扉がゆっくり開いた。
そこに広がっていたのは――
「……え?」
淡いピンクとミントグリーンの壁紙。アニメポスター。ピカピカのゲーミングチェア。
そして、室内の奥に座る一人の少女。
金髪に大きなリボンをつけ、白と黒のフリル服を着ている。
まるでアイドルのような、いや、ゲーム実況者のような。
彼女はモニターに向かって喋っていた。
「皆さん、今日も来てくれてありがとうございまーす♪ さっきのボス戦、マジ神回だったでしょ? え? コメ欄荒れてる? うそ、男の声がした? ……は?」
彼女がこちらを振り返る。
金色の瞳が驚きに見開かれる。
「……な、なに……見てんの……?」
「いや、あの、あの、すみません! 急に入ってごめんなさい! あの、謝罪に来たんです!」
博は頭を下げる。
すると――
「誰か、いる!?」「男がいる!」「やば!初のゲスト!?」「このリア充!」「BANしろ!」
怒涛の勢いでモニターのコメントが流れていく。
少女は顔を真っ赤にして、タブレットを掴むと配信をオフにした。
「バカ! 入ってくるならノックしてよ!」
「ご、ごめんなさい!!」
二人の間に沈黙が流れた。
博は恐る恐る部屋を見渡す。
ゲーム機、PCモニター、ケーブル……そして、テーブルの上には宅配ピザの箱と黒猫宅急便の伝票。
「……え、これ、宅配とか……できるんですか?」
「え? 普通にアプリで注文してるけど?」
「ダンジョンの中ですよ?」
「普通に届くけど?」
彼女――アリスと名乗った。
彼女はダンジョンコアが実体化した存在で、今では“歌ってみた”配信者として活動しているらしい。
「でも……勝手に撮影したのはマジでムカついてるから。今後もルール守ってくれないなら、マジで追放するからね?」
「はい! ちゃんと守ります!」
「……なら許す」
ドアがノックされる。 宅配便の店員が現れる。
「いつもありがとうござます。ゲームソフトのお届けです」
「わあ~新作届いた。明日は、これで配信だ」
次の瞬間、ダンジョン内を宅配ピザのバイクが爆走してくる。 アリスの前でピタリと止まり、運転手がメットを取る。
「毎度あり、ピザデイリーです。ピザのお届けに参りました。」
「ありがとう」
ピザを受け取ると、アリスは博の方を見て、にっこり。
「食べる?」
「えっ……あ、ありがとう……」
ダンジョンの最深部。そこには謎の美少女と、ピザの香りと、妙に現代的な空間が広がっていた。
そして、これが後に話題となる――“会いに行けるダンジョン”の、始まりだった。