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第4話 彼女の正体



「……あれ?」


河口博は、カーテンを開けたまま、金縛りにでもあったかのようにその場に立ち尽くしていた。


白いカーテンの奥にあったのは、どこかで見たような光景――パステルピンクの壁紙にぬいぐるみの山。ふかふかの絨毯と、女の子らしい丸テーブル。


そして、その中央でゲーム実況をしている金髪碧眼の美少女。


モニターに向かって饒舌に話し続けていた彼女は、ふと気配に気づいたのか、こちらを振り向いた。


「……え?」


一瞬、空気が止まる。お互いに、現実感が追いつかない。


「誰っ!? 男の人!? うそ、どうしてここにいるの!?」


彼女の叫びと同時に、モニター画面が切り替わり、コメント欄が怒涛の勢いで流れていく。


《だれ!?》 《男!?なんで!?》 《リア凸!?やばくない?》 《アリスちゃん逃げて!》 《え、ガチ恋勢死亡》


実況チャンネルの画面には、配信中の映像とともに、コメントの洪水。


「え、待って、配信してるの!? 今も?」


博は、ぎこちなく指を差した。


「そっちこそ、なんでダンジョンの最深部で実況してるんだよ!」


「それはこっちのセリフだし!!」


美少女――通称“アリス”は、急いで配信を停止し、マイクとカメラの電源を落とすと、椅子から飛び降りた。


「勝手に入ってくるなんて、信じらんない! どうやって入ってきたの!?」


「え? 普通にダンジョンを……」


「ダンジョンをって……ここ、ダンジョンの中じゃないし!」


「いやいやいや、どう見てもダンジョンのボス部屋っぽいし!」


「ここ、私の部屋なんだけど!?」


「いやいやいやいや!! だって外、石の壁でモンスターいたし! ゴブリンに追いかけられてここまで来たし!!」


「だから私、ゴブリン増やしたんだってば! 侵入者いたから!」


博は頭を抱えた。すべてがつながらないようで、つながっているようでもある。


「あのさ……アリスって、配信者のアリスだよな?」


「……あんたがそう呼ぶならそうだし、違うって言っても違わないかもしれないし……」


「どっちだよ!?」


「……でも、あんたが来たってことは、そろそろ隠しきれないかもね」


アリスはため息をついたあと、ピザの箱をテーブルに置いた。


「とりあえず、ピザ食べる?」


「え?」


「ちょうど来たとこ。配達員、迷わずここまで来るから。地図アプリに『アリスの部屋』って載ってるし」


「ダンジョンの最深部が地図に載ってんのかよ!?」


「まぁ、グーグルマップにはないけど、ウーバーにはあるよ」


博は、ピザを手に取った。思ったよりも、熱々でうまい。


「……うまい」


「でしょ? 生地はクリスピー派」


「知らねぇよ」


しばらく沈黙のあと、博はそっと聞いた。


「なぁ……ここって、何なんだ? ほんとは。君は……何者なんだ?」


アリスは、ほんの少しだけ笑ってから、言った。


「私は、“ダンジョンコア”。このダンジョンそのものの心臓部であり、管理者よ」


「……は?」


「えっと……つまり、このダンジョンに意思があって、そいつが人の姿を取った結果、私なの」


「いや、説明が雑!!」


「……でも、そうとしか言いようがないの。気づいたら、こうなってたの」


彼女はふわりと髪を揺らして、モニターの電源を入れた。


「最初は迷い込んだだけだった。でも、ネットに繋げてみたら面白くって。配信とか、ゲーム実況とか、やってみたら、いろんな人と繋がれるのが楽しくて」


「それが、ダンジョンの最深部でやることかよ……」


「で、最近は“歌ってみた”にも挑戦中。聴く?」


「いや、ちょっと待て! ダンジョンの歌って……!?」


彼女は、にこっと笑った。


「いま、ダンジョンが一番ハマってるのは――音楽なの」



:ダンジョンコアは歌姫


「……だから、“歌ってみた”の投稿を始めたの。最初はお遊びだったんだけど、意外と好評でね」


アリスはモニターを操作しながら、てきぱきと配信準備を整えていた。


その姿を、河口博は言葉もなく見つめていた。

石造りのダンジョンの奥地。そこに突如現れた女の子の部屋。配信設備は最新鋭、Wi-Fiも完備。

ピザが注文できて、歌も歌える――そのすべての中心にいるのが、彼女・アリス。


「ダンジョンってさ、どうせモンスターの巣とか思われてるじゃない? でも、イメージって変えられると思うの。たとえば――」


アリスは少し恥ずかしそうに笑って、言った。


「“会いに行けるダンジョンアイドル”とか、どう?」


「……お前、ほんとにダンジョンか?」


博はピザを置いて頭を抱えた。


「モンスターで人類滅ぼすとかじゃなくて、アイドル活動?」


「もちろん。人を襲うなんて、やるわけないじゃん。こっちだって楽しくやりたいのよ」


そう言って、アリスは椅子に腰かけ、モニターに向かって手を振る。


「じゃ、準備できたから、配信再開するね。今日は――“歌ってみた”新曲初披露!」


「え、もう始めるの!?」


「うん! 博くんも横で見てていいよ。映さないから」


「博くん呼びやめろや……!」


気づけば“河口博ダンジョン探検隊”の隊長だったはずの自分が、完全に空気になっていた。


――だが、音楽が流れた瞬間、その場の空気が変わった。


♪~♪~♪


透き通るようなアリスの歌声が、ダンジョンの最深部に響き渡る。

メロディは切なくも希望に満ちていて、どこか懐かしさを感じさせる旋律。


そしてモニターに映る彼女の姿は、まさに「アイドル」だった。


《アリスちゃん神すぎる……》 《歌声天使かよ》 《推し確定!》 《え、ダンジョンなのに癒やされる!?》


配信中のコメント欄は、歓喜と興奮で溢れていた。


「……本当に、すげぇな」


気づけば博も呟いていた。


ライブが終わると、アリスはにっこり笑って言った。


「ね? ダンジョンでも、こういうの、アリでしょ?」


「……まあ、誰が“アリ”にしたかはともかく……」


博は呆れたように笑った。


「少なくとも俺の知ってるダンジョンの常識はぶっ壊れたな」


「ふふ、じゃあ、これからも一緒にぶっ壊していこうよ」


「いや、俺は探検隊だっての!」


その後――


“会いに行けるダンジョン”はネット上で話題沸騰となった。

最深部でアイドルが歌い踊るという異色のスポットとして、SNSを中心にバズり、聖地巡礼者が後を絶たなくなる。


ただし、ダンジョン内の撮影は禁止。それだけは、絶対。


握手会、限定グッズ販売、ファンクラブの発足。

アリスは「ダンジョン系VTuber」として、地上へとその存在を拡大していく。


そして――ついにメジャーデビューが決定する。


『地下ダンジョンアイドル、地上進出!』


――まさにそのキャッチコピー通りだった。


「ダンジョンだけに、地下アイドルってか?」


とあるニュース番組で、レポーターがそうボケたとき、博はテレビの前でつぶやいた。


「……そのギャグ、本人がもう十回ぐらい言ってるからな……」


でも、心のどこかで、ちょっと誇らしかった。


あの謎だらけのダンジョンで、配信に出会い、歌に出会い、アリスに出会ったこと――

すべてが、今や彼の人生の宝物だった。






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