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<5・廊下にて。>

 一体誰が、何のためにこんなものを作ったのだろう。


「ダンジョンって言ったら」


 同じことを思ったらしく、奈河が口を開く。


「ゴツゴツとした岩肌の、洞窟系迷路!……ってイメージが強いわよね。ドラクエとかFFのダンジョンってわりとそんなかんじじゃない?」

「わかります。時々毒の沼があったり、マグマがあったり、橋があったりするんです。あとうっかり入るとモンスターが大量に振ってくるモンスターハウス的な罠とか」

「そうそう。だから、今のこの場所は、私が知っているダンジョンとはだいぶ違うってかんじ」


 一歩踏み出すごとに、ぎし、ぎし、と床板が気味の悪い音を立てる。あ、と涼音は小さく口を開いた。


「部長、そのへん穴空いてるッス。気を付けて」

「本当にボロボロの廃校舎ってかんじね。メンテナンスしないのかしら。事故が起きたらどうすんのよ」


 まったくもう!と可愛らしくプンスコ怒る少女。これだけ見たら、可憐な美少女にしか見えない。実際は変態的な同人誌をこっそり家に蓄えまくり、下ネタを言いまくり、他人をお祭り騒ぎに巻き込むことも辞さない立派な変態淑女なのだが。


「あるいは、そもそも事故が起きることを期待しているのかもしれません」


 旧校舎の教室風のドアの前を通り過ぎた。1-2という看板がかかっている。中を覗くと、極めて背の低い机がたくさん並んでいた。恐らくここは、小学校をイメージしたダンジョンなのだろう。


「こういった異空間を作るタイプの怪異、もしくは魔女。その手の存在がなんでわざわざ非合理的な空間をデザインするかというと……大抵、拘りがあるからなんスよね。ポジティブな拘りとは限りませんけども」

「拘り?」

「はい。例えば、昭和の頃にいじめられて、トイレに閉じ込められてそのまま餓死した女の子がいたとするでしょ?」


 今のところ、人気はない。かりんとう、は一体どれくらい奥まで進んだのだろうか。


「そういう子が異空間に誰かを引きずりこむ怪異になったら……トイレの空間を作ったりするわけッス。それも、自分が生きていた頃の、ボロボロの木造旧校舎のトイレだったりする」

「トイレで死んだなら、トイレにトラウマがあるんじゃ?」

「トラウマも、一種の拘りなんスよ。ものすごく嫌い、とものすごく怖い、ものすごく苦手もある意味それに拘っているようなものっていうか?幽霊になると、特定の感情に縛られて逃げ出せなくなることも少なくない。トイレで死んだら、トイレで死んだ!殺された!……しか考えられなくなるとでもいうべきか」


 何が言いたいかというと、つまり。


「この旧校舎みたいなダンジョンは、この校舎に特別な愛着がある人間か、トラウマがある人間がやってる可能性が高いってことッス。まあ生きた人間か死んだ人間かはわからないけど、元人間であるのは確かかなーって」

「なるほど」


 言いながら、奈河はスマホを取り出す。そして、インターネットは使えるわね、と呟いた。


「ここでも多少の調べものくらいはできそうだわ。……異空間なのに連絡ができるって不思議……いや」


 そのまま眉をひそめる奈河。


「不思議じゃなくて、これも意図的なものと考えた方がいいかしら。つまり、外部に連絡出来た方が都合がいい誰かがいる、だからあえて異空間なのに電波が通じてる、と」

「あたしはその方向であってると思います」


 そう。

 例のきさらぎ駅もそうだ。なんで異界の駅に迷い込んだのに、女性はきさらぎ駅の情報を大型掲示板に書き込むことができたのか?これを根拠に「あれはやらせとか作り話だろ」と断言する者もいるが、必ずしもそうとは言い切れないのである。

 何故か、掲示板にだけ書き込めた。

 何故か、他の電話などはできなかった。

 怪異が作った異空間ならば、それらが偶然であろうはずがない。全て、何者かが望んだ結果と考えるのが妥当だ。大型掲示板に書き込んで情報を拡散することが、創造主によって都合が良かったということである。


――きさらぎ駅は、ほぼそちらのパターンで考えていいはず。


 なんせ、きさらぎ駅の話を女性が書きこんで消息を絶って以降、自分もきさらぎ駅に迷い込んだというような話がネット上で激増したからだ。

 それらすべてが作り話とは思えない。つまり、きさらぎ駅をきさらぎ駅と認識する者が増えたことによって、被害に遭う者が増加したと考えるのが自然なのだ。

 怪異は、宗教と同じ。神様と同じ理屈で考えることができると自分は考えている。

 認識する者が増えれば増えるほど力を増す。信じる者が増えれば増えるほど神格に近づく。――もしも今回のダンジョンも、その類いの怪異と同じだとしたならば。


――まだ何も怪しいものは映ってない、けど。


 ちらり、と奈河の方を見る涼音。


――この映像は、やっぱり公にしない方がいいんじゃ?……多くの人に知られることで、被害を増やし、力を増やすことがこのダンジョンそのもの、あるいは作った者の意思だっていうなら……。


「あら?」


 唐突に、奈河が足を止めた。


「今、誰かいたような」

「!」


 彼女が立ち止まっているのは『家庭科室』と書かれたドアの前だ。ドアの廊下側の窓から、しきり内部の様子を覗き込んでいる。


「先輩」


 やはり、何も起きないはずがなかったか。涼音は頬がひきつるのを感じながら、奈河の肩を掴んだ。


「気を付けてください。かりんとうさんは、教室の中で何かを見つけたあと、いなくなった可能性が高いんで」




『この先は……あれ?何か、中にいるような』




『……ふむ。この先も撮りたかったんですが……このまま配信続けるの厳しいですね。皆さんに不快な思いもさせたくないですし。この先は撮影したあとで動画編集して、まとめてアップしようと思います!』




『それではまたー!ばいばいきーん!』




 本人が自分で配信を終わらせてしまった後なので、本当に何かが起きたという断言はできない。

 だが実際彼は、そのあと一切ネット上に浮上していない。このあと何かに襲われてそのまま消息を絶ったと考えるのが自然だ。


「わかってるわ。でも」


 困ったように奈河が涼音を振り返る。


「かりんとうさん、かもしれないのよ。あれ、なんか背格好それっぽくない?」

「……確かに」


 家庭科室の調理台の裏に、誰かが立っているのが確かに見える。かりんとうが消息を絶った当時、どのような服装をしていたのかはわからない。なんせ本人はカメラを回していて、ほとんど画面に映らなかったのだから。

 ただ、Tシャツにジーパンというラフな格好であること、手にスマホを持っていること、首から何かを下げていること、若い男性っぽいこと――などから、かりんとう氏であるように見えるのは確かだ。

 もしマスクとサングラスをつけていたら確信できそうではある。ただ、その人物は今こちらに背を向けているので、どっちみち顔まで見ることは叶わないわけだが。


「仮に本人だとしても、今もまだ〝本人のまま〟とは言い切れないッス」


 中を鋭く睨みつけて言う涼音。


「姿はそのままに見えても変質してるケースもある。普通に偽物ってこともある。……警戒だけは怠らないように」

「わかってるわ。私だってこういうのは初めてじゃないんだから」


 ゆえに、と奈河は思い切った行動に出る。

 なんと、わざとらしく大きな音を立ててドアを開いたのだった。さらには。




「たのもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」




 突然の大声。思わず涼音はずっこけてしまう。


「あんたは道場破りか何かッスか!?」


 これだ。いや、何で怪異か人間かわからない相手に挨拶するにあたり、「頼もう!」という言葉が出てくるのか。

 無論、ある程度合理性があることはわかっている。これが罠ならば、こそこそ隠れて近づいたところで恐らく意味はない。ドアを開けて入った時点で感知されて罠は発動することになるからである。

 ならば、ドアを開けた時点でトラップが発動するかを確認した方がいい。ドアを開けて大きな声を出して、それで何かが起きたらその瞬間に逃げた方が安全だからだ。


――加えて、明るい声、陽気なオーラっていうのはそれだけで怪異が触りにくくなるってのもまあわかってる……。


 人は無意識のうちに、生命力でATフィールドじみたものを張っている。弱い怪異や浮遊霊が簡単に害をなせないのはそのためなのだ。生きている人間の力はそれだけで充分強い。ましてや、奈河のような元気いっぱいの女性の力には充分すぎるほど覇気があるだろう。

 大声で、悪いもの全部吹き飛ばしてやるぞ、的な態度は確かにある程度の効果がある。無論、それが弱い悪霊程度だったならばの話だが。


――そして、もし相手がかりんとう本人ならば、今の大声で無反応であるはずがない。気絶していても確実に目を覚ます。


 反応がないならば。

 それはむしろ、ニセモノである可能性が高くて危険、ということになってくるのだ。


――さて、今回は……。


 しばし、ドアを開けた状態で待機する奈河。さてはて、鬼が出るか蛇が出るか、はたまた虎が出るか竜が出るか。

 じっとかりんとうらしき人物の背中を見る。その人物は立ったまま微動だにしない。今の声、本来ならばびっくりしてその場にひっくり返ってもおかしくないほどの声量だったというのに。


「……あたしの鼓膜を壊しかねないくらいの大声だったのに、無反応ってことは」


 あーあ、と涼音はため息をつく。


「まず間違いなく……そのまんまの本人、じゃないッスね。一時的に洗脳されているとか、そういう希望的観測もゼロじゃないけども」


 逃げる準備。少しだけ後退りしつつ、涼音はその男に問うのだ。


「あなたは〝ナニ〟ですか?」


 誰、ではなくナニ。

 そう尋ねた途端、微かな笑い声が聞こえてきたのだった。

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