「お母さん、お願い、落ち着いて…!」
「もう無理っ…もう無理なのよ!
私たちは!死にましょうッ!」
そんな母のヒステリックな叫び声と共に、
首筋に凄まじい痛みが走った。
多分、持っていた包丁で刺されたのだろう。
視界がチカチカしながら、回る。
息苦しさと痛みで身体全体がのたうつ。
ごぼっ、ごぽっと血が溢れ流れていく
音を聞きながら…私は死んだ、と思う。
なんで他人事なんなのかって?
なんか、生きているみたいだから。
憧れの高校生活は、母の無計画なFX投資により
お金がパーになってしまった。
母としては、親心だったんだろう。
まぁ、方法はもう少しどうにかならなかった
のかとは思うけど。
それからついでに母の頭もパーになった。
別に高校には行きたかったけどお母さんに
苦労させてまで行きたくはなかったから、
言われた時は働くつもりだったんだけどな。
あ、これが親、子の心知らず?ってやつ?
なんちゃって。
まぁ、あの様子で母が生きているとは
思っちゃいない。
生きていたら、頑張って生きて欲しいとは
思うよ、私が死んじゃったのは、まぁなんか、
もうどうしようもないからさ。
なんてへらへらしていたら、目が覚めた。
…うん、そもそもがおかしいなと数秒経ってから
気付いたよね。
お察しの通り私は頭が悪いです、てへ。
でもそんな私でも、死んだ事は分かるし
それにしゃゆらゆら揺れて気持ちいいなぁ
とか感じてはいたんだけど。
…気付いたら船の上でした。
よくある、自力でボートを漕ぐ小船の
豪華なバージョン、みたいな感じ。
頭に疑問符がいっぱい!どゆこと!
あ、もしかして地獄か天国かってやつ!?
「漸く起きましたか」
ふと、声がして振り向く。
どうやって立っているのか、
と言うかいつの間にか船の先端に
なんかべらぼうに美形で、
角が生えた青い髪の男の人が居た。
ぼぅっと顔をじろじろと見てしまい、
ハッとして、小さいが声を出す。
「…おっ…おはよう、ございますぅ…?」
「おはようございます」
にこり、と微笑まれて、ちょっと照れちゃう…。
いや違うよね?そうじゃなくってさ!
なんで私生きてるのかなって話ですよ!
「あ、あの、えーっと、すみません、
ここって地獄か何かですか…?」
「…随分面白い考え方をするんですね」
「あ、じゃあ天国ですか?それとも、
狭間ですか?」
「ちょっと気にはなりますが、単刀直入に
言いますと…貴女は異世界に転生しました」
「異世界に…転生?」
なるほど、生まれ変わり路線なんだぁと
なんか納得した。
ついでに多分だけどこの人は神様か何か
なのかと、推測してみたんだけど。
「あぁ何やら誤解されている様ですが、
私は神などではありません。
貴女の当分の世話役を神に押し付け…
任せられた者です」
「あ、自分でなんとかしたいです」
「…まぁとりあえず、話を聞いてください」
そう言い、男の人…クロウさんは
頭の悪い私に分かりやすいようにって言うか、
情報を直接脳内に入れてくれた。
何だか凄く苦しそうな顔をしていたけれど、
もしかして私の記憶も読まれてたり?
やだ、恥ずかしいなぁ。
で、情報を整理すると。
定期的に私がいた世界から"聖女"と言う存在を
選んで、死んだ際に魂を連れていき、
力を与えてから色々な環境に生まれ直させる…
らしいのだけど、不手際?まぁなんか
神様側がミスったらしい、へぇー。
全知全能なのに神様もミスるんだねぇ。
で、そのミスを全力で隠す為に私を
魔王である彼に一時的に引き取らせて、
時が来たら生まれ変わらせるらしい。
不信感で一旦思考が止まっちゃった。
「えぇ、それってなんか…」
「ご安心なさってください。
自分の尻拭いも出来ないクソ神に
その資格はいらないでしょうから、
私が告発しておきましたよ」
「さっすが魔王様ーっ!」
見た目からして仕事ができるエリートな人だと
思っていたけど、やっぱりそうなんだ!
何だかスッキリしちゃった!
で、話を戻しますと。
私はちゃんと生まれ変われて、じゃあ
魔王様はお役御免?ってなっていたのだけど、
世話役はそのまま、らしい。
何ならお嫁さんにしちゃえば?とか…。
「…お嫁さん?」
「あ、それはただの戯言なので
気にしないでくださいね?」
「え、あぁ…はい」
まぁ私なんかと結婚したって不幸だしなぁ。
ご英断?賢明な判断だ、それですなぁ。
「…はぁ、まぁ説明した通りです。
それで…ヒノシマさん、貴女は私の城で
これからこの世界、ファビジムの
一般常識やマナー、知識を学んでいただきます」
「あの…魔法か何かで入れちゃだめなんです?」
「あまり一気に入れすぎると脳が溶けますから」
「ひぇえ〜」
「…それと、無理やりリアクションなどを
しなくても大丈夫です。貴女は貴女らしく、
居ていいのですから」
そう、何だか今までより暖かくて、
とにかく…優しい、そんな目を向けられる。
「…はぁ、なるほど?」
「まぁ、いずれ分かるでしょう。
さあそろそろ魔界に入りますよ」
そう言われて、何だかしゃんと背を伸ばしてしまう。
考えてみたら、そうか、私はもう実質
独りぼっちみたいなものか。
…だとしたら、これからどうするかとかを
考えた方がいいよね!
お母さんの事考えるの、疲れちゃったし。
そうだなぁ、犬とか猫とか鳥とかドラゴンとか
飼いたいなぁ。
この世界ってどの仕事が一番高いんだろ?
やっぱり冒険者かな?怖いけど頑張ろ!
待ってなよ〜、未来のかわい子ちゃん達っ!
いっぱい頑張って稼いで、お金を貯めたら
隠居してゆっくり森の中とかで暮らしたいなぁ!
なんて、先のことを考えてわくわくしていた。
「貴女、魔王様の何なの?」
魔王城の入口で早速迷子になり、
縦ロールのギランギランで豪奢なお嬢様に
難癖?まぁ…敵意みたいなことを言われるまでは。