数分前、魔王城に入った私はクロウさんに
少し待っていて欲しいと広々とした…客室?に
通されてちゃんと待っていたんだけれど、そこで
謎の真っ黒いワンちゃんが廊下を走り去るのを
見てしまった。
ちょっと気になって…ワンちゃんを追いかけて、
そして今に至ります!説明終わり!
「いや、魔王様の何、って言われましても…」
「はぁ!?これだから下等種族の平民は!
目上の貴族に対しての礼儀がまるで
なっていないわ!」
何だか嬉しそうに、そして偉そうに私を見る
お嬢様の彼女。
さっきのウキウキとは打って変わって
すっごいげんなりする。
逃げ出したらダメかなぁ。
と言うか、ワンちゃんどこ行っちゃったのかな。
「こらっ!ねぇ、聞いているのっ!?」
と怒鳴られ、身体が少し震えた。
「あのー、何か勘違いしてますけど、
別に私は魔王様の…お城の下働きみたいな?
そんな者です。今日初めて来たので、
礼儀作法に関してはお許しください」
「嘘おっしゃい!私を騙せるとでも!?
だったらなんであの方があんなにも
美しく、優しげな顔を貴女に向けるのよ!」
そうヒステリックに喚く彼女に、
思わずかつての母の面影が重なった。
あぁ、懐かしいと視界が滲む。
お父さんが居なくなった時、勝手に料理を作った時、
テストで悪い点数を取った時、お母さんに口応えした時…。
お母さんは顔を真っ赤にして、私に怒鳴りつける。
すごくすごく、怖くて、嫌で、辛かったけれど。
でもお母さんは私の為だと言うから、
怒鳴られても平気なフリして耐えてきた。
裏切り者のお父さんとは違って、お母さんは
ちゃんと頑張ったら褒めてくれて…。
なのに、あんな簡単に終わっちゃうんだなぁ。
「っえ、ちょっと…な、なんで、
泣いているの…っ?」
「あれ、泣いてます?あはは、すみません。
その、お母さんを思い出しちゃって」
「はぁ…?」
彼女はかなり戸惑っている様で…って、まぁ、
無理もないよね。
ぽろぽろと勝手に出てくる涙を
どうやって彼女から離れようか考えていると
突然後ろから誰かに肩に手を置かれた。
恐らくこの手はクロウさんではない、そんな
勘を感じながら振り返ると…案の定、
見知らぬ赤髪の男性が愛想の良さそうな
爽やかな顔で笑っていた。
「まぁまぁクナティカ嬢、その辺に。
クロウ陛下が呼んでましたよ」
「…ふんっ、命拾いしたわね下等種族!
今すぐ案内なさい!」
「あぁ、残念ながら俺は用事があるので。
ポナ、案内して差し上げて」
そう、赤髪の男性が虚空に向かって言うと
何も無い空間から絵の具が溶け込んだみたいに
淡い水色ツインテールのメイドさんが現れて、
縦ロールお嬢様に触れると一瞬で消えた。
おぉ〜すごい!魔法ってやつなのかな?!
「…で、君はなんで言いつけを守らないで
外に出たのかな?」
さり気なくハンカチを差し出されたので
好意に甘えて受け取り、涙を拭かせてもらった。
「ワンちゃんを追いかけてました!」
「うん素直なのはいい事だねぇって、わん…?
犬?この城、と言うか…魔界には、
もう原初の動物種はいないよ」
…えっ!?
その言葉に思わず大声を上げてしまった。
「えっ!?猫も!?鳥も!?ドラゴンも!?」
「君、異世界から来たにしてもかなり、
だいぶ変わってるね…」
半ばアホの子を見るみたいな目で見られて
思わず照れてしまう。
「あはは、クロウさんにも言われました!
ところで、貴方は誰ですか?」
「あぁ、申し遅れたね。俺はレヴェント、
魔界騎士団"ウィキッド"の騎士団長さ」
ウィキッド?なんか、何かで見たような…
あ、そうだ!
「…狡猾騎士団?」
「お、分かるんだ。俺達の騎士団は
『狡猾に劣悪を叩き潰す』をモットーに
しているんだ!」
「なるほど〜!お兄さんって爽やかな見た目
なのに、腹黒いんですね!」
「まぁね!って、そうじゃなくない?
大体ここに不法入界してくる人間って
俺達のやり方に拒否反応起こすんだけど…」
「そうなんですか?まぁ、それは価値観の違いですよ。
仕方ないですね」
「…こりゃあ面白い子が来たなぁ」
なんて、何だか本当に面白そうに
くつくつと笑って、レヴェントさんは私の手を引く。
「さ、お客様、そろそろ夜もふけてきたし
お部屋にご案内しよう!」
「お、お願いしまーす?」
それから、なぜか即席ダンス?のような
歩き方をしながらお部屋に到着。
私の部屋は別室で広いお風呂とトイレ完備!
後は机と椅子、ベッドと大きな本棚くらい!
ちょっと綺麗すぎて、落ち着かないくらい。
「わぁ…お姫様気分てこんな感じなんだぁ!
ありがとうございます!」
「いやいや、こっちこそすまなかったね。
彼女はクナティカ・トュツ・ルベーティと言い
魔界内で高位の貴族の娘だから…」
「別に大丈夫ですよ、寧ろ懐かしくなって
嬉しくなっちゃいました」
「…嬉しく?」
「怒鳴った金切り声がお母さんにそっくりで!」
「…あぁ、まぁ、君が傷付いてないなら
いいよ…」
レヴェントさんはそう歯切れ悪く言いながら
少し引き攣った様な笑顔をしていた。
あちゃー、私なんかやっちゃった?なんて。