「はい、こちら異世界転生カスタマーセンター、担当の社畜がお受けいたします」
沓 あざみ
現実世界仕事・職場
2025年06月12日
公開日
743字
連載中
五臓をも締め付けるような寒気を誇る日に████は死んだ。殺された。
そうして息絶えたはずなのに、死後████はなぜか働いている。この──(株)異世界転生商社で〈社畜〉として。
ここはまるで天国のようであった。生前に勤めていた会社より手厚い福利厚生。上司の私情が混じらない真っ当な業績評価。社員を代替品扱いしない企業組織。やり甲斐搾取もなければ薄給地獄とも無縁の職場。
そう、だから。
社訓として掲げられている『死ぬまで働け、死んでも働け』はきっとなにかの間違いなのだろう。
※これは生前社畜だった████が、死後も名実共に〈社畜〉として働きながら終生を謳歌するおはなし。
プロローグにしてエンディング
──「あ、」と意識を割いたときにはもう遅く、覚悟を決めたときにはすでに事が済んでいた。信号を無視したトラックに勢いよく撥ね飛ばされ、次の瞬間にはあらゆる臓腑がひしゃげて破裂していた。
四肢があらぬ方向に折れ曲がり、皮膚を食い破るようにして突き出た骨が視界の端に映った。鉄錆の臭いを多分に含んだ生ぬるい液体がアスファルトと横たわるからだをしとどに濡らしていく。
悶絶躄地したのはほんの三秒程度で、その数秒を過ぎた途端に一切の苦痛が取り払われた。
からだの末端はとうに熱を失っていて、鈍重な鉄の塊にでもなった気分だ。指先ひとつ動かすのでさえひどく億劫に思えたし、実際に動くこともないのだろう。
底の見えない、澄んだ湖にゆったりと沈んでいくように、意識がどこまでも落ちていく。際限のない微睡が████を抱き包んでいるようだった。
不意にひどい寒さを覚えて……けれどすぐに思い至る。これは寒気などではない。そう、ただひたすらに──冷たいのだ、と。
あのとき、あの瞬間。
たしかにトラックの運転手と目が合った。互いの視線が交錯したのを感じ取った。向こうもそれを知覚したのだろう。相手はわずかに瞠目し、次いでニィ……と口角を上げてみせた。面白いものを見つけた、そう雄弁に語る、喜悦で染まった眼差しをこちらに向けながら。
スモークフィルムが貼られたフロントガラスの向こう側。違法車両のその内側を窺い知る術などあるはずもない。だが████は男が笑っていたのを───あるいは嗤っていたのかもしれないが───見たのだ。この目で、はっきりと。
走馬灯現象が起こるわけでもなく、これこそが最期の最後に見た光景となる。
少しの翳りもない、冴え冴えとした輝きを放つ赤月に目を奪われたある冬の日。████の人生はこうして閉幕と相成った。