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第10話 鏡


 審査会から1年後。

 帰り道、馬車の中でカリヨンは、アレッシャンの差し出した書類に目を通し、報告を聞いていた。


「例の家は先日の嵐で塀が少し傷みました。修理の手配のための見積もりです」

「ありがとう。相見積もりもとってくれたのね。この、中間の値段の業者で進めて」


 書類を閉じ、窓の外を見る。


 春の光に満ちた街路樹が、風に揺れている。


「本気を出せば、あのふたりのお金も、命も、奪ってやれた。でもそれでは、私が怪物になる」


 ふと漏れたカリヨンの声に、アレッシャンが微笑んだ。

 カリヨンはそっと耳に手をやった。


 そこにあるのは、母の形見のイヤリング。

 豪華な馬車には、化粧直し用の鏡。


「……そんな自分を、鏡で見たくないの」


 アレッシャンは力強くうなずいた。


「社長は自身の光を持っている人です。いくら元伯爵や元令嬢が利用したり、真似したりしても、その光を再現はできない。彼らの真似をして、光を曇らせる必要はない」


 アレッシャンはカリヨンに寄り添う。ふたりの顔が鏡に映る。


「僕も、同じです。だから、社長……カリヨンの隣で、ずっと一緒に笑っていたい」


 カリヨンの表情がふわりとほころぶ。


 「……じゃあ、新婚旅行の旅程表、急いでね」

 「はい! やりがいのある仕事です!」


 ふたりの笑い声が、春の風に乗って馬車の外へとこぼれていった。


 ***


 カリヨンは、もう振り返らない。


 王妃陛下の愛され薬師として、そしてアレッシャンの隣にいる自分として、前を向いて生きていく。

 自らの意志と努力で作り上げた未来へ、アレッシャンと肩を並べ歩んでいく。


 ──この顔を、鏡に映して誇り高く見返せるように。そして、誰よりも強く、優しく、美しく……。


【終わり】



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