目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

感謝状 一

 窓から強烈に差し込む日差しで目を覚まし、ベッドの中から空を見上げる。

今日も、腹が立つくらいの晴天のようだ。


 昨日は、しどろもどろで調書を取られたあと、親切にしてもらったホテルへ戻った。

洗濯・乾燥済みの服に着替え、声をかけてくれたスタッフの方と支配人にお礼を伝える。


「次は普通にお客さんとして泊まりに来ます。お風呂、最高でした」

「はいっ! お待ちしていますっ!」


 はじめは断られたが、ほぼ強引にお礼の気持ちとして代金をスタッフの女性に渡した。

再度頭を下げて、ホテルをあとにする。


 空はまだ明るかったが、河原を見ると納涼床の提灯ちょうちんの明かりが灯りつつあった。


「さて、ええ時間やし、そろそろ飲み行こか」

どこで手に入れたのか、うちわで仰ぎながら康平が歩き出す。

「せやな。どこにしよ? 木屋町にする?」

「せやな」返事が返ってくる。


 すぐ近くの木屋町通りに入る。

一軒目は予約なしで入れる納涼床、二軒目は京のおばんざい居酒屋。

三軒目は鴨川が見えるショットバーと、はしご酒を楽しみ、いい気分で帰路についたのだった。


 上半身をベッドから起こし、背を伸ばす。

私が住んでいるこの屋敷は、もともとは先代――祖父のものだ。


 両親は、私が中学三年のときに、ある事故で他界してしまった。

私は母方の祖父に引き取られ、京都府の宮津市から、今の大阪府枚方市へ移り住んだ。


 祖父は、ある大社に属し、鬼祓いを生業としていた。

あまり自分のことを話したがらない頑固者だったが、周囲からは重宝されていたらしい。

だが、私が中学一年の頃――二十五年前に、ある事情で大社と対立し、一方的に辞したそうだ。


 そして京都市内から今の屋敷へ引っ越し、隠居するようになったらしい。

そんな祖父も、私が二十六歳のときに眠るように逝ってしまった。

今は、一人でこの屋敷に住んでいる。かなり広く、正直、持て余している。

屋敷には道場もあり、よくここで祖父やサクヤに、暇があればしごかれたものだ。


 朝食を食べたら、WEB制作の案件でも探そうかとベッドから立ち上がったその時――。


「チュルチュラーン♪ チュルチュラーン♪」

スマホが、微妙な着信音を奏でていた。


 着信番号を見ると、市外局番〇七五となっていたので、京都からの発信だとわかる。

どこからの電話か察しがついたので、すぐに出ることにした。


「はい」

「あっ、もしもし?」女性の声だった。

「はい」

「朝早くに申し訳ありません。柿本さんのお電話でよろしいでしょうか?」


「はい……」なんか嫌な予感がビンビンする……。


「ありがとうございます。私、京都府警察本部の濱元と申します。今、お時間よろしいでしょうか?」

「大丈夫ですよ」トイレ行きたいけど……。


 京都府警がこんな朝一で連絡してくるなんて、なにか問題が発生したのだろうか?

まさか、救助した男性になにかあったのだろうか?


「昨日は人命救助にご尽力いただき、誠にありがとうございました」

「いえいえ」

「早速ではございますが、昨日の功績に対して、市から感謝状が出ております」ん? 感謝状?


「本日、市役所にて感謝状の授与式を行いたいと思うのですが、ご予定はいかがでしょうか?」え? 今日?


 ん? 授与式? 昨日の今日で? そんな急に準備できるものなのか? いや、無理じゃない?

聞き間違いの可能性があったので、念のために確認する。


「え? 今日?」冗談ですよね?

「今日ですっ!!」即答かよ……。


 なぜか電話の向こうの女性は、なにやら切羽詰まっているようだ。怪しすぎる。


「……え? あの……強制ですか?」任意ですよね?

「……ほぼ強制です」ほぼって何? ねぇ、ほぼって何?


 明らかに不自然な電話ではあったが、まあ特に予定もない。案件探せやって話やけど。

功績を表彰されるというのは、悪い気分でもないので、とりあえず前向きに考えることにした。


「構わないのですが、また京都まで来てくださいってことですよね?」面倒くさい……

「いえ、こちらからお迎えにあがりますので、ご住所を教えていただけますか?」なんか怖い……。


「あと、そんな式に着ていくような大層なスーツとか、一式持ってないですよ?」貧乏なので……

「こちらでご用意いたしますので、問題ございません」やっぱりなんか怖い……。


「柿本さんは、裸一貫で大丈夫です」

裸一貫って……女性の口から初めて聞いたかもしれない。


「はぁ……」


 結局このあと、不安になりながらも自宅の住所を伝えた。

待っている間に朝食を食べ、シャワーを浴びて身支度を整え、外に出る。


 空を見上げると、雲ひとつない快晴だった。今日も暑くなりそうだ。

自治会の掲示板を眺めながら数分も待つと、理解しがたい光景が目の前に現れた。


 最近では滅多に見かけない、黒塗りのセンチュリーが目の前に止まり、三人の男女が車から降りてきた。


「柿本さん、おはようございます」

「「おはようございます」」


 後部座席に座っていた女性が挨拶し、それに続くように他の二人も挨拶する。

おそらく、電話をくれたのはこの女性だろう。


「お……おはようございます」怖い……

「ご挨拶が遅れました。京都府警察本部所属の濱元です」やっぱり……


「白井です」優しそうなお父様

「宮本です」絶対ラグビーやってたでしょ?


「どうもご丁寧に……」ドン引きモード、発動


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?