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発足式 四


「月季室長、秋葉原の夜叉の件は、この報告書に書いている事が以上ですか?」

私が、資料に目を通しながら、月季に質問する。


 私が、シェアハウスに引っ貸す前日に、ニュース速報の現場リポートで目撃した夜叉について。

関東方面対策室は、あれから引き続き、天網と現場で捜査を行っていた。


「はい。あれから捜索を続けていましたが、芳しくないです。大鬼は数体確認し、排除できたのですが、夜叉は不明のままですね。残滓は残っていたので、発現していたのは確実です」

月季が、質問に答える。


 まぁ、夜叉は自らの意思で霊相隠せるからなぁ。近くに祓い屋が近づいたら姿を消すか。

まぁ、相当腹が減ってたら話は別やろうけど。

ちなみに、私が月季に連絡した際に、すぐに天網で調べたそうだが、夜叉の反応は無かった。


「わかりました」蓮葉を見やる。蓮葉が進行を再開する。

「では柊所長、続いて支給品である、霊刀について説明をお願いします」

「はい」柊所長が立ち上がり、隣に座る花絵から刀を受け取る。


 この刀は、対策室の一般隊員用に制作された霊刀とのことだった。

鬼には、基本的には物理的な攻撃は通用しない為。

刀に、己の霊相を込めることができる機構を組み込んだものらしい。


 元々、昔から物理的な武器や防具に、霊相を込めること自体は可能である。

ただ、長年の経験と、高い戦闘技術が必要である。

それを容易に可能にしたのが、この霊刀なのだそうだ。


 天網しかり霊刀しかり、霊相を込める機構を生かした技術が多いようだ。

基本的に、事務員を除き全隊員が祓い屋の家系の人間である。

その為、それぞれ皆得意な得物はあるのだろうが、形式上用意したそうだ。


 脇差し感覚で装備するんだろう。でも、これ銃刀法とか大丈夫なんだろうか?

説明しながら、私の隣まで歩いて来ていた柊所長が、私へ刀を差し出す。


「統括室長、実際に霊相を込めてみてください」


 言われるがままに、立ち上がり刀を受け取り抜刀する。

真っ黒な刀身が現れる。光沢もなく金属と言うより、鉱石のような印象を受ける。


 そこに霊相を込める。会議室にいる全員に、全身に激しい痺れが走る。

「「!!」」初対面の室長補佐達の顔色が変わる。


「これが、栄神の霊相ですか……途轍もないです……」千草が驚嘆する。

「すごいですっ!!」丙が、頬を紅潮させる。

「これは……」蓮華が、呆然としている。

「…………」小黒は汗を一筋垂らし、黙ってただ見つめている。


 右手に持った刀を見ると、真っ黒だった刀が、ルビーのように真っ赤に輝いている。


「統括室長が使用すると、流石に違いますね。こんな発色初めてみました。これでは刀が持ちませんね」

再度、刀を見る。色こそ変わったが、重さや形状は刀そのものだった。

霊相を抑えて、刀を鞘へ納めると、柊室長へ渡す。


「これ銃刀法とか大丈夫なんですか?」

「まあ使用する時は、人払いされている事が前提なので問題ないかと。そもそも、我々特殊機関ですし。そのうち法改正されるでしょう」


「なるほど、わかりました」不安や……。

柊所長が席へ戻り、着席後に簡単に質疑応答を行う。

一通りの問答を終えたので、総括を行う。


 私が立ち上がると、皆も同様に立ち上がる。

「明日の発足式を経て、明々後日より新生鬼霊対策室は本格稼働となります」

皆の顔が、一層引き締まる。


「現在、確実に状況は良くない方向へ進んでいます。まずは、その原因を掴むところから始めましょう」

「はっ!」皆が、一同に敬礼する

「では解散」


 各々が、会議室をあとにしていく中、後ろから声を掛けられる。

「静夜殿」

振り向くと、天鳳の爺さんと、控えるように天鳳千草が立っている。


「爺さん、どうしたんですか?」改めて、お孫さんの自慢かな?

「宇野浄階からの伝言や」


「!?」


 再度、五人で席に付く。

「まだ正確な情報では無いから、浄階も周知共有はしてほしくないようやから、こうやって個人的に声掛けたわ」

なるほど。それならこうやって終わってから声を掛けられたのも納得できる。


「それで、伝言とは?」

「うむ、どうやら鬼を生成している集団の影があるらしい」


「鬼を、人為的に作っているってことですか?」あほか。

「まだ、ハッキリしたことは不明なままや。ただ宇野浄階は、尻尾を掴もうと独自に動いてはる」


 そして天鳳の爺さんは、宇野浄階層からの伝言を伝える。


「恐らく大戦が始まる。くれぐれも気をつけろとのことや」



-発足式当日-


 蔵の施錠を解除し、三人は中へ入る。

エレベーターへ乗り込み、階下へ降りてゆく。

目的のフロアへ到着し、廊下を進み、統括鬼霊対策室の扉を開く。


 今回の再編成に伴い、配属された隊員や、事務員が立ち上がり挨拶する。

私達三人以外に、通信士兼祓い屋八名、技術者兼祓い屋六名、事務員四名。

そして、その他二名が配属されている。宮本さんもこちらへの所属となっている。


「おはようございます」


 挨拶を済ませて、自分の席につく。

すぐに蓮葉が、書類の束を渡してくる。受け取り、目を通す。


 昨日の会議の内容や、各地で発生している大鬼の被害状況が主な内容だった。

やはり、確実に大鬼の被害は、拡大しているようだった。


 宇野浄階の話を思い出す。鬼を生成する集団。

そんな集団ありえるのだろうか、なんの為に?


 現代の呪術結社や、新興宗教でもそこまではしないと思うが、どうなんやろ?

発足式が終わったら、少し調べてみよう。

午前中は事務処理をこなし、午後となり発足式が始まる。


「それでは、新生鬼霊対策室発足式を行います」

司会者が、マイク越しに式を進行していく。


 式には、我々隊員以外に、来賓者の方も多く出席しているようだ。

我々が立つ隊列の右前には、来賓席が並んでいる。


 主に、宮内庁関係者、防衛省関係者、愛宕日ノ舞大社の関係者だそうだ。

見たことがある人は、一人も居なかった。


 隊員達は、統括鬼霊対策室から七名、各対策室から室長、室長補佐、分隊長の十八名。

鬼霊技術研究所から、所長である柊栞と、助手である柊花絵が出席している。

合計八十一名の隊員が、室長を筆頭に後ろに二列で隊列を組んで整列している。


 現在、来賓者の紹介と挨拶、そして祝辞の読み上げが行われている。

「続きまして、統括鬼霊対策室長をご紹介致します。統括室長 栄神静夜」

一歩前に歩み出て頭を下げる。


 その後、各対策室長の紹介へ移り、同じくそれぞれ室長が紹介され頭を下げる。

最後に、鬼霊技術研究所の柊栞が紹介され紹介は終了した。


 その後も、つつがなく式典は進行され、最後に私の挨拶で締めとなった。

「それでは、最後に統括鬼霊対策室、統括室長栄神静夜より発足声明です」


 壇上へ立ち、マイクのスイッチを入れる。

こんなスピーチなんて、小学校の生徒会選挙以来なので、うまくできるか不安だった。


 かといって、もうすぐ齢四十のおっさんが、しどろもどろになるのを晒すのは流石にまずいと思う。

気持ちを切り替えて話し出す。



隊員の皆さん。


本日をもって、対鬼障専門機関――新生鬼霊対策室は、正式に発足いたします。

私は、統括室長としてこの日を迎えられたことを、皆さんと共に心から誇りに思います。


鬼障は、いまや従来の法的・軍事的対応だけでは制御不可能な段階へと進行しています。

この国の平穏と、人々の暮らしは、すでに見えざる脅威に蝕まれている。

その最前線に立ち、未然に脅威を断ち、命を守ること――それが、我々鬼霊対策室の存在理由です。


私たちの任務は、鬼障の早期探知、封印・鎮圧、民間人の避難誘導に至るまで、多岐にわたります。

従来の「祓い屋」の技術と血統を受け継ぐ者、科学的知見を有する研究者、迅速な対応を担う機動部隊――

そのすべてが統合された、この新たな戦力こそが、鬼霊対策室です。


だが、どれほど制度を整えようとも、最後に人を動かすのは、命の重さへの理解と覚悟です。


皆さんにお願いがあります。

我々の使命は尊く、時に命を賭すこともあるでしょう。

ですが、決して「死ぬこと」が美徳ではありません。


国民の命も、隊員の命も、その重さに違いはない。

無茶と無謀は似て非なるものです。

絶対に死なないでください。必ず、生きて戻ってきてください。


あなた方の中に流れる祓い屋の血は、幾世代にもわたり大切に受け継がれてきました。

それは、単なる血筋ではなく、「帰ってくる」ことを信じて命を託された人々の願いの結晶です。


我々は、その血を、歴史を、ここで終わらせるわけにはいきません。

それぞれが、次の時代を繋ぐ灯火であることを、どうか忘れないでください。


私自身、この職を任じられた時、重責に押し潰されそうになりました。

鬼障などという、形も定かでないものと戦う――

そんな大層なことが、自分に果たしてできるのか。何度も自問しました。


ですが今は、迷いはありません。

私は、この国の人々を守るため、そして何より、あなた方を守るために鬼霊対策室に入りました。


それが、統括室長としての私の使命です。

この信念を、どれほど困難な局面にあろうとも、私は必ず貫き通します。


以上をもって、鬼霊対策室・発足に際する声明といたします。


ありがとうございました。



 深く頭を下げる。そして顔を上げる。

「敬礼っ!」燐が声を上げる。隊員全員が一斉に敬礼する。

壮観なものだな思いながら。最後に宣言する。



「只今を以て、新生鬼霊対策室発足を宣言します」



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