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岩手ノ渡 七


-関東方面鬼霊対策室-


「……くそったれ。やってもうた。発足初日からこれか。爺さんに顔向けできひんわ」

肩で息をしながら、椅子に沈み込み天網のモニターを凝視してぼそりと呟く。

その隣では、燐と千草が心配そうに、モニターと私を交互に見ている。


 間違いなく夜叉や。それも高位の個体やな。外見だけで判断するのは正しくない。

だが、その身の丈と、身なりから、それはわかる。ほんま最悪や。


 長髪の黒髪を後ろで束ねた、漆黒の肌をした長身の黒夜叉。

赤色の幾何学の模様をあしらった、黒色のの袈裟のような衣装を身にまとっている。


 夜叉は、拘束された丙を無言で見上げている。

以前、秋葉原連続通り魔事件を伝えるニュース速報の番組の途中。

現場の秋葉原において、現場リポーターの背後に見た夜叉は、少年の姿だった。


 天網のモニターに映る夜叉は、成人の男性に近いように見える。

ただ、顔つきがあの時の夜叉に、とてもよく似ているのはすぐにわかった。

同一の個体か? まぁ間違いないやろうな。


 おそらくの杭の中に、あの夜叉が封印されていたんやろうな。 

しかも、杭に施された術式で、渡りを強制的に発動させて、それを夜叉の贄にした。

まさか、私達が杭を破壊する事まで、計算に入れて設置されていた?


 であれば、完全に相手の掌で転がされている事になる。

夜叉が、自ら杭を設置して、己を術式を施した杭に封印した?


 いやそんな器用な事できるんか? 夜叉は知性があるとはいえ、本能を行動の理念としている個体が多い。

自らを再度封印して、杭を破壊させる計略を考えたとは考えにくい。


 絶対に、裏で動かしている人間がいるなこれ。

これって、もしかして宇野浄階が言ってた、鬼を生成しているっていう集団の仕業か?

宇野浄階が、大戦が起こる可能性が高いって言ってたけど、まさかこんなに早く動いてくるとは思わんかった。


「睡蓮、聞こえますか?」


 椅子の肘置きで、重たい体を起こす。

しっかりと椅子に座り直し、睡蓮に確認を取る。

天網のモニターの前では、蓮葉が千里眼を操作し、食い入るようにモニターを凝視している。


「はい、聞こえております」

睡蓮の落ち着いた声に、蓮葉の強張った顔が少し和ぐのがわかる。


「睡蓮、発足初日からいきなり正念場です。杭の破壊の指示は、私の判断ミスです。本当に申し訳ないです。状況的にとても厳しいとは思いますが、絶対に誰も死なせないように」


「承知しております。杭の異常をすぐに判断できず、丙を止める事ができなかった私にも責があります。静夜様だけのミスではございません。各部隊には、丙の保護を優先させます」


 夜叉は、睡蓮一人で対処するつもりか。せめて補佐である丙さんが動けたらな。

抑えられるか? 相手の情報がないので、しばらくは動きを見るしかないか?


「わかりました。相手は高位の夜叉です。おそらく睡蓮が全力で戦って互角、状況によっては不利になるでしょう」

「ええ……そうでございますね」

強者であればあるほど、互いの力量を計る事は難しくない。睡蓮も、あの夜叉の強さを理解しているに違いない。


「丙を奪還保護したら、各部隊の撤退を指示してください。後方支援部隊の部隊長と共に防御障壁と術式で時間を稼ぎ、撤退部隊が夜叉と距離が取れたら、睡蓮たちも至急撤退してください。現在の各部隊の被害状況は?」


まぁ、素直に撤退させてもらえるとは……思えへんけどな。


「はい。承知しました。現在は、部隊への大きな被害はございません。先程の闇に、数名あてられた程度です。現在は回復しています」

「わかりました。では、くれぐれも気をつけて」


 高位の夜叉の殲滅には、睡蓮の部隊だけではあまりに危険すぎる。

先程出発した援軍である、月季の部隊を合流させる必要がある。


 しかし、月季達が合流するには、まだ一時間はかかる…

あまりにも時間が足りない。奥歯を強く噛み締めて、己の中に指示する。


「白、紅……準備しておいてくれ……」



-早池峰頂上-


「おや? お話は終わりましたか?」


 夜叉がこちらへ向き直り、両手を広げ話しかけてくる。明治の中級華族のような雰囲気を纏っている。

私達を、大きな脅威とは一切捉えていないのが理解できる。


「あら? 待っていてくれていたのですか? 夜叉なのに意外と紳士なのですね」

私の皮肉めいた言葉に対し、夜叉は胸に手を添えて目を軽く伏せ首を横にふる。


「いえいえとんでもない。紳士などではありませんよ? 私は、悪魔ですから。この地では夜叉でしたか? この贄をどう調理しようか考えていただけですよ。まずは肥えさせないとですね」


「…………」


 夜叉が、改めて「んん~?」と捕らえた丙と私、そして後ろに控える部隊をじっくり観察する。

「やはり今回は、僧坊の仕業ではないのですね。あなた達は、祓い屋ですか?」

僧? 僧侶のことを言っているのでしょうか?


「僧? あなたの言う僧とは、宗教においての仏僧の事を言っているのですか?」

「ええ、そうです。そもそも、今回私を召喚生成したのが、その僧達だったのですよ」


「!? ……仏僧が、夜叉を召喚したというのですか?」

僧侶が悪魔を召喚? 夜叉の言っていることがうまく理解できない。


 そんなの、私が持ち合わせている日本仏教の歴史の知識でも、今まで聞いた事がない。

そもそも可能なのでしょうか? もしかしたらインド仏教などでは、可能なのかもしれませんね。

夜叉は何か考えるように、再び丙を見上げながら話し出す。


「召喚後は、しばらくは何をするでもなく、僧の監視を付けられた状態で、首都の都市部で放置されていました」

思い出すように話を続ける。


 首都? 東京? そういえば、静夜様が東京の秋葉原で夜叉を発見していた。

まさか、この夜叉がその時の夜叉なのでしょうか?

ただ、資料にあった情報とは食い違う点が多い。成長している?


「では、あの通り魔事件は、あなたが起こしたのですか?」

丙を見上げたままの夜叉へ詰問する。


「事件? よくわかりませんが、私は食事をしていただけですよ? 無情に無慈悲に魂を奪われた女性達の、悲痛に染まった負の感情の魂はとても美味なのです」

「…………」畜生ですね。


「ですが。このまま手は出してこないかと思えば、急に私を召喚した僧によって、仏像杭に閉じ込められましたがね、何がしたいのやら」


 それは、夜叉を自らの意思で召喚生成し、再び封印できる実力をもっている集団という事になる。

仏教の流れを組んだ新興宗教か何かでしょうか? なぜこのような事を……目的がわかりません。


「そして、再び目が覚めてみれば、大量の霊相と贄に満たされて、ここまで成長させてもらって開放されるんですから」

夜叉が、再び手を広げて微笑する。やはりそうですか。


「本当に人間とは、愚かなことを考えますね……まあ目的は大方察しが付きますが。罪深い欲望です。ほんとうに愚かだ」


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