-早池峰山頂付近-
呪刀を構えると同時に、術式展開の準備を終える。
腰を落とし、漆黒の槍を構えたマルディラと視線を交わす。
二人を囲むように、部隊長達が距離をとりながら、それぞれ得意な武器を構えている。
「部隊長は、隙を見つけて相手の足を止めてください。
通信機を通じて、極めて小さな声で部隊長達へ指示を出す。それぞれの部隊長から承知と返事が返ってきた。
マルディラは、周りの部隊長にはまるで興味がないようで、こちらを一点に見つめ、そして──先に動いた。
それと同時に、私も術式を発動する。呪刀から濃い紫色の大量の霧が噴出して、一帯の視界を奪う。
六メートル程あった距離を一瞬で詰め、横一線に槍を薙いでくる。
強烈な風圧で、大量の霧が瞬時に吹き飛び、視界が広がる。
ですが──そこに私の姿はありませんよ? さて、どこまで惑わされてくれますかね。
「!?」
マルディラが周りを見渡し、私の気配を探っている。
簡単に見つけてもらっては困ります。本番はこれからですよ。
霊相と気配を消し、黒い釘を地面に設置して、一旦距離を取る。
鬼戸家の歴史の始まりは、呪術具での暗殺の歴史。
今では祓い屋と呪具の生成が主な生業ですが、元々は人間を相手にした、殺しの任務に長けた一族。
正直、私は戦闘は得意ではありませんが、相手の虚をつくのは得意ですよ。
呪刀【無影】を発動し、紫霧と共に霊相と気配を完全に断つ。
無影の能力により高度な光学迷彩のように、完全に回りの景色に溶け込んでいる為、姿は視認できない。
一切の音を無効化する呪具【
先程、彼が立っていた位置まで移動すると私は姿を表す。
マルディラが私の姿に気づき、こちらへ向き直る。微笑みは消えたようですね。
「それでは当たりませんよ? 鬼ごっこでもしますか?」
実は、相手の一撃があまりに速くて、ギリギリではありましたが──少しでも深く長く困惑してもらいましょう。
「…………」
マルディラは、私の挑発にも一切表情を変えず、無言で再度槍を構えてゆっくりと腰を落とす。
ダンッ!──という音と共に、踏み込んでくる相手に、再び霧を噴出し姿を消す。
もちろんその先の私の姿は、相手には認識できていないでしょう。
再び私を探すマルディラの背中へ、二名の部隊長からの遠距離攻撃が突き刺さる。
彼は振り向くと、ため息をつき冷静にそれを引き抜く。
「邪魔をしないでください」
一名の部隊長へ、毒酸の黒玉を発射しようと腕を振るう。
狙われた部隊長へ、数百の黒玉が迫る。
部隊長と、その隣で布陣していた部隊長が、協力し大型の防御障壁を生成し、受け切ってみせる。
毒酸の黒玉の発射と同時に、残り二名の部隊長が、突進し近接武器で斬りかかる。
近接での連続攻撃は、漆黒の槍によって受け止められてしまう。
だが、ある程度の効果はあったのか、彼は距離を取ろうとする。
「……ほう」
マルディラは、少し驚いた表情そしている。うちの部隊長を甘くみすぎですよ。
まさか黒玉が防がれて、反転に転じて来るとは思っていなかったのでしょう。
油断からの想定外の展開は、思考と行動を遅らせる。
「今っ!」
その瞬間、私は無音で移動していた背後から、超至近距離から対象の首を薙いだ──つもりでした。
ガキンッ!──硬質な金属を叩いたような音が響き渡り、腕が激しく痺れる。
刀の捉えた先を確認すると、光沢のある黒い鞘のような物に拒まれていた。
鞘?──いや鞘じゃない。これは足──蜘蛛の足?
そこには、マルディラの背中から、巨大な蜘蛛の八本の足が生えている姿があった。
「なっ」
まずいっ!──危険を感じ、即座に距離を取ろうと後ろへ飛び、同時に紫霧を噴出させる。
「遅いですよ」
霧の中、マルディラは一瞬で距離を詰め、ノーモーションで中段突きを放つ。
ガキッ!──高い音が響く。かろうじて防御障壁で、直撃は防ぐことができた。
だが、姿を消すことができずに、そのまま後方へと吹き飛ばされる。
「「室長っ!!」」部隊長達の声が響く。
吹き飛んだ私へ、瞬時に距離を詰めてくるマルディラの一撃を、ギリギリの所で無影で受け止める。
重い一撃に、全身に衝撃が走り、膝が震え潰されそうになるのを堪える。
そこからは、距離を取りながらの、一方的な防戦が続く。
部隊長達が、距離を詰める夜叉との間に防御障壁を生成してくれるが、槍の一撃で砕かれてしまう。
部隊長の防御障壁が弱い訳じゃない。夜叉の一撃一撃が強すぎますね。
私は、連撃を防御障壁で受け止めながら、部隊長達へ通信を繋ぐ。
「私は大丈夫です、心配いりません。早速ですが、このまま
私の言葉に、部隊長達が「はっ」と術式陣を生成する為に、各々の位置へ動き出す。
まさかこの術式を、こんなに早く使うことになるとは思いませんでした。
本当に、世の中何があるかわかりませんね。備えあれば患いなしとはよく言ったものです。
攻撃を障壁と無影で受け流し、下がりながら移動する。
ある一点で私は立ち止まる。最初に黒い釘を打ち込んだ場所。
さて、高位の夜叉に通用するでしょうか。これで無傷なら、正直お手上げですね。
マルディラの強烈な一撃を無影で受けながらも、そこで口に含んでいた含み針を吹く。
「!?」
複数の極細の針が、彼の眼球を捉えて、一瞬ではあるが動きが止まり隙を生み出す。
無影を発動させ、霧と共に距離を取り、己の陣形位置へ移動する。
既に他の部隊長達は、位置について印を結んでいる。皆に合図を送り、大型統合術式を発動する。
「