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岩手ノ渡 十


-早池峰山頂付近-


 呪刀を構えると同時に、術式展開の準備を終える。

腰を落とし、漆黒の槍を構えたマルディラと視線を交わす。

二人を囲むように、部隊長達が距離をとりながら、それぞれ得意な武器を構えている。


「部隊長は、隙を見つけて相手の足を止めてください。無影むえいで相手の背後を取ります」

通信機を通じて、極めて小さな声で部隊長達へ指示を出す。それぞれの部隊長から承知と返事が返ってきた。


 マルディラは、周りの部隊長にはまるで興味がないようで、こちらを一点に見つめ、そして──先に動いた。

それと同時に、私も術式を発動する。呪刀から濃い紫色の大量の霧が噴出して、一帯の視界を奪う。

六メートル程あった距離を一瞬で詰め、横一線に槍を薙いでくる。


 強烈な風圧で、大量の霧が瞬時に吹き飛び、視界が広がる。

ですが──そこに私の姿はありませんよ? さて、どこまで惑わされてくれますかね。


「!?」


 マルディラが周りを見渡し、私の気配を探っている。

簡単に見つけてもらっては困ります。本番はこれからですよ。

霊相と気配を消し、黒い釘を地面に設置して、一旦距離を取る。


 鬼戸家の歴史の始まりは、呪術具での暗殺の歴史。

今では祓い屋と呪具の生成が主な生業ですが、元々は人間を相手にした、殺しの任務に長けた一族。

正直、私は戦闘は得意ではありませんが、相手の虚をつくのは得意ですよ。


 呪刀【無影】を発動し、紫霧と共に霊相と気配を完全に断つ。

無影の能力により高度な光学迷彩のように、完全に回りの景色に溶け込んでいる為、姿は視認できない。

一切の音を無効化する呪具【無奏むそう】と同時に使用する事で、相手からは私を認識ができなくなる。


 先程、彼が立っていた位置まで移動すると私は姿を表す。

マルディラが私の姿に気づき、こちらへ向き直る。微笑みは消えたようですね。


「それでは当たりませんよ? 鬼ごっこでもしますか?」

実は、相手の一撃があまりに速くて、ギリギリではありましたが──少しでも深く長く困惑してもらいましょう。


「…………」


 マルディラは、私の挑発にも一切表情を変えず、無言で再度槍を構えてゆっくりと腰を落とす。

ダンッ!──という音と共に、踏み込んでくる相手に、再び霧を噴出し姿を消す。

もちろんその先の私の姿は、相手には認識できていないでしょう。


 再び私を探すマルディラの背中へ、二名の部隊長からの遠距離攻撃が突き刺さる。

彼は振り向くと、ため息をつき冷静にそれを引き抜く。


「邪魔をしないでください」

一名の部隊長へ、毒酸の黒玉を発射しようと腕を振るう。


 狙われた部隊長へ、数百の黒玉が迫る。

部隊長と、その隣で布陣していた部隊長が、協力し大型の防御障壁を生成し、受け切ってみせる。


 毒酸の黒玉の発射と同時に、残り二名の部隊長が、突進し近接武器で斬りかかる。

近接での連続攻撃は、漆黒の槍によって受け止められてしまう。

だが、ある程度の効果はあったのか、彼は距離を取ろうとする。


「……ほう」


 マルディラは、少し驚いた表情そしている。うちの部隊長を甘くみすぎですよ。

まさか黒玉が防がれて、反転に転じて来るとは思っていなかったのでしょう。

油断からの想定外の展開は、思考と行動を遅らせる。


「今っ!」


 その瞬間、私は無音で移動していた背後から、超至近距離から対象の首を薙いだ──つもりでした。

ガキンッ!──硬質な金属を叩いたような音が響き渡り、腕が激しく痺れる。


 刀の捉えた先を確認すると、光沢のある黒い鞘のような物に拒まれていた。

鞘?──いや鞘じゃない。これは足──蜘蛛の足?

そこには、マルディラの背中から、巨大な蜘蛛の八本の足が生えている姿があった。


「なっ」

まずいっ!──危険を感じ、即座に距離を取ろうと後ろへ飛び、同時に紫霧を噴出させる。


「遅いですよ」

霧の中、マルディラは一瞬で距離を詰め、ノーモーションで中段突きを放つ。


 ガキッ!──高い音が響く。かろうじて防御障壁で、直撃は防ぐことができた。

だが、姿を消すことができずに、そのまま後方へと吹き飛ばされる。


「「室長っ!!」」部隊長達の声が響く。


 吹き飛んだ私へ、瞬時に距離を詰めてくるマルディラの一撃を、ギリギリの所で無影で受け止める。

重い一撃に、全身に衝撃が走り、膝が震え潰されそうになるのを堪える。


 そこからは、距離を取りながらの、一方的な防戦が続く。

部隊長達が、距離を詰める夜叉との間に防御障壁を生成してくれるが、槍の一撃で砕かれてしまう。

部隊長の防御障壁が弱い訳じゃない。夜叉の一撃一撃が強すぎますね。


 私は、連撃を防御障壁で受け止めながら、部隊長達へ通信を繋ぐ。


「私は大丈夫です、心配いりません。早速ですが、このまま煉獄陣れんごくじんに移ります。準備を」


 私の言葉に、部隊長達が「はっ」と術式陣を生成する為に、各々の位置へ動き出す。

まさかこの術式を、こんなに早く使うことになるとは思いませんでした。

本当に、世の中何があるかわかりませんね。備えあれば患いなしとはよく言ったものです。


 攻撃を障壁と無影で受け流し、下がりながら移動する。

ある一点で私は立ち止まる。最初に黒い釘を打ち込んだ場所。


 さて、高位の夜叉に通用するでしょうか。これで無傷なら、正直お手上げですね。

マルディラの強烈な一撃を無影で受けながらも、そこで口に含んでいた含み針を吹く。


「!?」


 複数の極細の針が、彼の眼球を捉えて、一瞬ではあるが動きが止まり隙を生み出す。

無影を発動させ、霧と共に距離を取り、己の陣形位置へ移動する。

既に他の部隊長達は、位置について印を結んでいる。皆に合図を送り、大型統合術式を発動する。



一式黒縄獄炎術式ひとしきこくじょうごくえんじゅつしき煉獄陣れんごくじん──展開っ!!」




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