「
大型統合術式【煉獄陣】が発動し、地面に刺さる黒い釘へ、私と部隊長達の霊相が瞬時に収束する。
黒い釘を中心として、煉獄の術式の陣が地面に生成され、同時に轟音と共に紫霧が吹き飛ぶ。
陣の中心では、瞬時に体を術式によって拘束されたマルディラが立ち尽くしている。
不思議そうに周りを見渡し、己の状況を理解しようとしている。煉獄陣からは、複数の縄が生えていた。
黒と赤が入り混じった炎が縄の形状を成し、拘束対象の全身に絡みついている。
煉獄陣は、高位の拘束術式と高位の黒炎滅却術式を融合させた。
私が対夜叉を想定して考案した、大型統合術式です。
今回の対策室の再編成にあたって、制作したものでしたが、まさか発足初日に使用する事になるとは驚きです。
「発足前に、あなた方と重点的にこの術式の訓練をしておいて、本当によかったですね」
私の言葉に──「そうですね」「確かにっ!」「地獄でしたけど」「まぁ、死にかけましたしね」と返答が返ってくる。
訓練中は、やはり術式が安定せず、術が暴走し我々が縄に絡めとられかけたりしましたね。
さらに、黒炎の縄は今もなお生成され続けており、対象の体へまとわりつき蛇のように締め上げてゆく。
彼の体からは、既に全身から黒煙が上がり、一部が燃え上がり始めている。
自身を保護しようと、全身に纏っている毒酸が蒸発しているせいか、酷い悪臭が周りを包む。
「これは……」
マルディラは、縄の強度を確かめながら、拘束から逃れようと試行錯誤を繰り返している。
縄を断ち切ろうと試みているようですが、たとえ高位の夜叉であっても断ち切ることは難しいでしょう。
とうとう彼の全身が、黒い炎で激しく燃え上がり始める。
しかし、術式を継続できる時間にも、霊相的に限りがある。
術式はもってあと五分。それまでに燃え尽きて灰になりなさいと強く願う。
黒炎が一層激しくなる。
周辺の山に存在する霊相を巻き込み、大きな黒炎の柱となり、業火の渦を巻き始める。
周りの部隊長から「いけるぞ……」とつぶやく声が聞こえる。
それから二分程すると、煉獄陣の中心にあったマルディラの霊相が完全に消える。
中心を確認するが、いまだに激しい黒炎の渦で詳細は確認できない。
だが、所々にまだ燃え尽きていない縄が、地面に落ちているのが見える。
焼き尽くした?──様子を見ながら皆に指示を出し、術式を徐々に解いてゆく。
術を解いたことで黒い煙が発生し、一時的に視界が奪われるが、すぐに煙は晴れた。
「うそっ……」
そこには、光沢のある直径一.五メートルほどの黒玉が鎮座していた。
ぞくりと背筋が冷たくなるのと同時に、黒玉がポコリと音をたてて歪に歪む。
まさか、毒酸であの縄を中和し、あの黒い液体で自身を覆い尽くして黒炎を防いたというの?
しかも、徐々に霊相を隠しながら。
「毒が来ますっ! 障壁をっ!」
叫んだ瞬間、巨大な黒玉が破裂し、周囲の全方位に数千個の黒玉を放射する。
全員が、慌てて防御障壁を生成し、玉を受け止めるべく構える。
部隊長の二名がすべてを受け止め切れず数弾被弾してしまい膝をつく。それぞれ腕と足から黒い煙が上がる。
被弾した箇所を確認すると戦衣を溶かし、さらに身をえぐるように溶かし肌が炭のように黒ずんでいる。
しかし、毒と酸で焼き尽くされて止血されているのか出血は見られない。
「があぁぁぁ……」「ゔぅぅぅ……」と苦悶の悲鳴を上げながらも障壁を構え続ける。まずいですね。
マルディラが追い打ちをかけるように、さらに黒玉を生成し、負傷した二名へ追撃してくる。
懐から赤札を取り出し、負傷者へ送る。
天丿霧笠を再び発動させ、負傷者とマルディラとの間に上級防御障壁の壁を生成する。
障壁が黒玉を弾き飛ばしたのを確認して、マルディラへ紫炎の矢の札を十数枚同時に送り足を止める。
同時に、通信機から部隊長達へ指示を出す。
「動ける二人は、残りの負傷した二人を連れて直ちに撤退しなさい」
私の言葉に、部隊長達が驚愕の表情を浮かべる。
「室長いけません!」「私はまだ戦えますっ」と部隊長から反対の意見が返ってくる。
しかし、このままでは援軍が到着する前に必ず死人が出てしまう。統括室長の命令にも反する事になる。
それだけは、必ず避けなければならない。私一人であれば、無影と無奏でなんとか時間を稼ぐことができるはず。
「これは室長命令です。負傷の二名がいては、いつか死者が出てしまいます」
その言葉に、皆が口をつぐむ。
「私にはまだ無影と無奏があります。隙を見て私も山の反対側へ一度撤退します。時間を稼ぐので、急いで撤退を」
「……承知しました」と羊一部隊の部隊長が答え、負傷した部隊長に駆け寄り撤退を開始する。
「室長……ご無事で」もう一方の部隊長も、苦痛な顔で負傷した隊員を背負い駆け出す。
負傷した隊員からは悔しそうに、絞り出すように「室長……申し訳ありませんっ」と声が耳に響く。
皆が撤退するべく距離を取ったのを確認して、札を送っていた手を止める。
「さて、鬼ごっこをはじめましょう」