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岩手ノ渡 十二


「おや? ようやく邪魔な鼠どもが消えましたか」

呆れたような顔をして首を振る。


「でもよかったです。あなたにはこの毒は当てたくなかったので。これが当たると、味が落ちてしまいますから」


 まるで商品に傷をつける事がなくて良かったとでも言うように、安堵した顔を浮かべて微笑む。

彼からしたら、私は高級食品としか見えていないのでしょうね。

本当に夜叉の考え方は、理解ができませんね。


「本当に、私だけが目当てなのですね……」ふふ……ある意味光栄ですね

「ええ。粗悪な鼠に興味はありません」腰を落とし、槍を構え直す。


 だんっ!──相手が動いたと同時に、無影を展開し、紫霧と共に姿を隠す。

横へ飛ぶ。顔の右側間一髪の空間に槍の突きが入る。風圧だけで、頬が切れるのがわかる。


「っ!?」


 向こうも慣れてきたのか、移動の際の空気の流れで、大体の位置は把握できるようになっている?

皆が撤退した下山道とは、反対側にある下山道へ向かい走り出す。

このまま山の反対側で、無影で逃げ回り時間を稼ぐ事ができれば。


 追ってきているか振り返ると、マルディラは地面に槍を突き立てて何かを唱えている。

大方の位置は掴めているはずなのに、彼は何故追ってこないのでしょう?

何か術式を展開している? 嫌な予感がしますね。


 しばらく様子を見ていると、私の位置を把握したのか、槍を引き抜き一直線にこちらへ向かい走ってくる。

急に位置を把握するようになった? 先程の術式か何かの影響でしょうか?


 完全に姿と気配と音を消した状態で、素早く足元に障壁を生成しながら山を下る。

しかし、マルディラは確実に後ろに迫ってきている。やはり位置がバレているの?

岩山を飛び、木々の間をすり抜けて、背後から放たれる黒い矢を躱しながら峰を下ってゆく。


 ある程度の距離は保てている。このまま時間を稼ぐことができると思った瞬間、なにかに足を取られる。

転倒しそうになるのを必死にこらえて足元を見る。


 はじめは何も見えなかったが、徐々に白い糸が足に絡みついているのが目視できるようになる。

驚き糸を引きちぎろうとするが、無数に両足に絡みついており、すぐには千切れそうにない。


 いつの間に、こんなに糸が絡んだのでしょうか? 全く見えませんでした。

罠にかかった獲物を迎えるマルディラが、落ち着いた足取りで近づいてくる。


「蜘蛛はですね、大方の種類は糸で獲物を捉えます。そして獲物の捕獲の合図を、糸の振動で把握します」


「…………!?」

急に蜘蛛の習性を語り始めるマルディラの言葉に、状況を把握して愕然とする。


「察しはつきましたか? そうです。先程、ここ一帯に糸を張り巡らせました。もう既にここは、私の巣の中なのですよ。しばらく逃げてもらったのは、泳がせて糸をよく絡ませるためです」


 無影を振るい足に絡みついた糸を切ろうとするが、伸縮し断ち切ることができない。

左手で札を取り出し、紫炎で焼き切ろうとするが、周囲の木々から、さらに白い糸が生成される。

刀を振るう腕までが捕らわれ、全身に糸が絡みついてゆく。


 抵抗しようとするが、糸に麻痺毒が含まれているのか、体が痺れはじめる。

それにより脳神経の制御が乱れ、無影の術式が解ける。


「お母様っ!」


 その時、通信機から蓮葉の呼びかける声が聞こえる。だが、体が痺れ声を出す事ができない。

マルディラが眼の前に立つ。耳元では蓮葉の声が響きわたる。

耳元では──「もうすぐですっ!!」 という言葉が聞こえるが、意味を理解することができない。


 朦朧とする意識の中、謝罪する事しかできない自分がとても不甲斐なく感じる。

ごめんなさい蓮葉。愛しています。あとは対策室を頼みましたよ。

そして静夜様、ご期待に沿うことができず申し訳ありません。


「では、いただきましょう」

マルディラが待ちかねた表情で槍を構える。これまでですね……。


「母様っ!」蓮葉の悲鳴が聞こえる。


 目を閉じようとした時、空全体が一瞬真っ白に光る。

それとほぼ同時に──目の前に青白い光の柱が落ち、眼の前が真っ白に染まり目が眩む。


 轟音と共に、途轍もない衝撃波が周囲に広がる。

吹き飛ぶかと思いましたが、絡まった糸で衝撃が吸収されたのか、私に被害はないようです。


 なんですか? 青白い雷が落ちた?──何が起こったのか理解ができないまま光が収まる。

そこには、信じられない驚愕の光景が広がっていた。彼は、捕食されていた。

直前、眼の前にいたマルディラは、食いちぎられたように左半身を失い、後方へ吹き飛んでいる。


 代わってそこには、蒼白の着物に身を纏った、白髪の少女が立っている。

あの少女は、一度見たことがある。静夜様が、初めて天網で鬼を探索し、鬼を喰らう際に現れた白龍の少女。


 少女は、一度こちらを振り返り、ゆっくりとこちらに近づく。

半透明の白い長い爪を手の指から生成し、一瞬にし絡みついた糸のみを切り裂き、私を開放してくれる。

あの糸を一瞬で……なんて切れ味なんでしょうか。それより──


「ああ……あな……たは」


 まだ麻痺がとれず、舌が痺れて上手く声が出すことができない。

白龍の少女は、再びこちらに向き直ると、凛とした表情で静かに答える。



「私の名は白。栄神の衣であり刃です。鬼戸睡蓮──あなたに栄神のご加護を……」



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