-関東方面鬼霊対策室-
「うっ……間に合ったかっ!?」
仰向けの状態で、モニター前の床にぶっ倒れながら、首だけを蓮葉に向けて状況を確認する。
私の後ろでは、千草と燐が同じく
「はい……白様が寸の所で間に合いました。静夜様……ありがとうございます」
千草が私の前に立ち、真剣な表情で提案してきた内容は、祓い屋にとって規格外な提案だった。
他者から他者への霊相の移乗。千草からはじめに話を聞いた時は、にわかには信じられなかった。
霊相の譲渡は、昔から天鳳家に伝わる代表的な術式の為、よく知られている。
己の霊相を高めて譲渡する事ができるとは聞いていたし、実際に体験した。素晴らしい技術だ。
だが、まさか他者の霊相までとは──ここまで来ると異常だ。祓い屋の常識が変わるかもしれない。
しかし、千草の話では天鳳家の中でも、彼女だけが唯一それが可能なのだそうだ。
千草さんの才能の問題なんだろうか? もしかして神器持ちってやつなのだろうか?
スイと霊相が似ているのも、なにか関係あるのだろうか?
でも、お陰で助かった。あやうく全力が出せない白を夜叉へ送り出す所だった。それはマジで笑えない。
燐の六割方の霊相と、千草の四割の霊相を、私に移乗してもらう。
それにより、ようやく全力で式達を早池峰へ送る事ができた。
蓮葉が、目に涙を貯めたまま、皆に深く頭を下げている。部下を絶対に死なせないと言い出したのは私だ。
新生鬼霊対策室の発足式当日に、死者を出すような事があれば、私はおそらく一生立ち直れる気がしない。
もしかしたら責任を感じて、自害していたかもしれない。いや、さすがに言い過ぎか、式達に止められるやろうし。
何があっても守るつもりであったし、その自信もあった。だが考えが甘かったと後悔した。
想像以上に天網での霊相の消費量が凄まじく、枯渇する状況になってしまった。
天鳳千草がここにいなければ──そう考えると、全身に寒気と痺れが走る。
後頭部を、鈍器で殴られるようなとんでもない頭痛がして、脂汗と動機が止まらず顔が青ざめてしまう。
「燐、千草さん……大丈夫?」
脂汗を拭い、上半身を起こして二人に声をかける。
二人が、突っ伏した顔を、ゆっくりと起こす。
「はい、問題ありません」「まだ行けます」
千草と燐が、まだいけると目に力を灯し立ち上がる。
その意気は大変素晴らしい。だが、これ以上の無茶はさせられない。
「いや、これ以上はあかん。それに送ったのは白だけやない。これでいけるはずや」
天網のモニターを確認すると、白が睡蓮を拘束している糸を、爪で切っている姿が映し出されている。
白のあの爪、久々に見たな。あの爪で切れないものってあるんかな?
過去に一度、訓練中に咲耶の扇子切ってしまって、しばらく咲耶を拗ねさせてたもんな。
「あの高位の夜叉に一撃で致命傷を与えるなんて──あれが白龍の力、これが栄神のご加護……」
千草が顔を紅潮させながら、目を輝かせている。
どうやら千草は式に興味があるのか、モニターに釘付けになっている。
既に夜叉の半身を喰らった白から、夜叉の霊体が送られてきて来ており、腕に激痛が走っていた。
「がぁっ……んっ」
歯を食いしばり堪える。おそらくあとこれの二倍強の霊体は来るはずだ。
見た目、半身を喰らったとはいえ、実際に喰らえたのは三割程度だ。
「静夜様っ!」「統括室長っ!」燐と千草が駆け寄ってくる。
「大丈夫です」とだけ答えて椅子に座り直す。
机にある冷めたコーヒーを啜り、荒い息を整えて一息つく。
冷めたコーヒーが、こんなにうまく感じるの初めてかもな。体にしみる。
「
-早池峰中腹-
白様は、マルディラへとある程度の距離まで近づくと、相手を見つめながら様子を見ているようだった。
体の痺れが少しずつ和らいで来たので立ち上がる。懐から取り出した解毒薬を飲み、ゆっくりと白様へと近づく。
少しでも白様のご支援をしなければ。
「く……くくく……」
半身を失ったマルディラが、何が楽しいのか、まさに鬼の形相でほくそ笑み始める。
失った半身を補うように、半身から糸が生え始め、全身を補修してゆくのがわかる。
次々と糸が神経となり、筋肉となり臓器と変換される。
なんて修復能力なんですか。これでは煉獄陣が通用しないのも納得ですね。
「は……白様、回復を許し……ては……なりま……せん……」
まだ舌が痺れて、正常に話す事もできないが、失礼とは知りながら白様へ追撃を進言する。
白様は、こちらへ振り返らず、アルディラを見つめたまま答える。
「大丈夫です。じきに終わります。あなたは部隊と通信をとり、至急保護してもらいなさい」
私は、一度白様と距離を取る。
木々がひらけた地点まで出ると、白様に言われる通り通信機で部下につながるチャンネルを探す。
通信は、思っていたよりすぐに繋がった。
「応答ねがいます」「!? 睡蓮室長ですか!? ご無事ですかっ!?」
どうやら無事に繋がったようで、聞き慣れた羊一の部隊長の声が聞こえる。
「え……ええ、わ……私は大丈夫です……静夜様が……式神様を送ってくださいました。山の反対側の中腹に居るので保護をお願いできますか? 狼煙は上げておきます……ですが、式神様が抑えてくれるとはいえ、まだ夜叉がいるので注意してください。」
私の返答に、通信機の向こう側から歓声が上がる。
「お任せくださいっ」「承知しましたっ」「丙補佐も無事ですよっ」
思ったより皆元気そうですね。よかったです。
「室長……」
弱々しい細い声が通信機から聞こえてくる。
誰なのかは、すぐに分かった。丙ですね。
「丙。無事とはいきませんが、生きていてくれて本当によかったです。私がもっと早く止めることができていれば、申し訳ありませんでした」
「室長のせいじゃありませんよ……。近くにいた私が、もっと杭の性質を見計るべきでした。申し訳ありません……」
丙が、ひどく憔悴している中、謝罪してくる。あなたのせいじゃありませんよ。
「丙、あなたに責任はありません。とにかく今は、栄神のご加護に縋らせてもらいましょう」