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喰龍 一


-関東方面鬼霊対策室-


「うっ……間に合ったかっ!?」


 仰向けの状態で、モニター前の床にぶっ倒れながら、首だけを蓮葉に向けて状況を確認する。

私の後ろでは、千草と燐が同じく憔悴しょうすいしきったように、机に突っ伏している。


「はい……白様が寸の所で間に合いました。静夜様……ありがとうございます」


 千草が私の前に立ち、真剣な表情で提案してきた内容は、祓い屋にとって規格外な提案だった。

他者から他者への霊相の移乗。千草からはじめに話を聞いた時は、にわかには信じられなかった。


 霊相の譲渡は、昔から天鳳家に伝わる代表的な術式の為、よく知られている。

己の霊相を高めて譲渡する事ができるとは聞いていたし、実際に体験した。素晴らしい技術だ。

だが、まさか他者の霊相までとは──ここまで来ると異常だ。祓い屋の常識が変わるかもしれない。


 しかし、千草の話では天鳳家の中でも、彼女だけが唯一それが可能なのだそうだ。

千草さんの才能の問題なんだろうか? もしかして神器持ちってやつなのだろうか?

スイと霊相が似ているのも、なにか関係あるのだろうか?


 でも、お陰で助かった。あやうく全力が出せない白を夜叉へ送り出す所だった。それはマジで笑えない。

燐の六割方の霊相と、千草の四割の霊相を、私に移乗してもらう。

それにより、ようやく全力で式達を早池峰へ送る事ができた。


 蓮葉が、目に涙を貯めたまま、皆に深く頭を下げている。部下を絶対に死なせないと言い出したのは私だ。

新生鬼霊対策室の発足式当日に、死者を出すような事があれば、私はおそらく一生立ち直れる気がしない。

もしかしたら責任を感じて、自害していたかもしれない。いや、さすがに言い過ぎか、式達に止められるやろうし。


 何があっても守るつもりであったし、その自信もあった。だが考えが甘かったと後悔した。

想像以上に天網での霊相の消費量が凄まじく、枯渇する状況になってしまった。


 天鳳千草がここにいなければ──そう考えると、全身に寒気と痺れが走る。

後頭部を、鈍器で殴られるようなとんでもない頭痛がして、脂汗と動機が止まらず顔が青ざめてしまう。


「燐、千草さん……大丈夫?」


 脂汗を拭い、上半身を起こして二人に声をかける。

二人が、突っ伏した顔を、ゆっくりと起こす。


「はい、問題ありません」「まだ行けます」


 千草と燐が、まだいけると目に力を灯し立ち上がる。

その意気は大変素晴らしい。だが、これ以上の無茶はさせられない。


「いや、これ以上はあかん。それに送ったのは白だけやない。これでいけるはずや」


 天網のモニターを確認すると、白が睡蓮を拘束している糸を、爪で切っている姿が映し出されている。

白のあの爪、久々に見たな。あの爪で切れないものってあるんかな?

過去に一度、訓練中に咲耶の扇子切ってしまって、しばらく咲耶を拗ねさせてたもんな。


「あの高位の夜叉に一撃で致命傷を与えるなんて──あれが白龍の力、これが栄神のご加護……」

千草が顔を紅潮させながら、目を輝かせている。


 どうやら千草は式に興味があるのか、モニターに釘付けになっている。

既に夜叉の半身を喰らった白から、夜叉の霊体が送られてきて来ており、腕に激痛が走っていた。


「がぁっ……んっ」


 歯を食いしばり堪える。おそらくあとこれの二倍強の霊体は来るはずだ。

見た目、半身を喰らったとはいえ、実際に喰らえたのは三割程度だ。


「静夜様っ!」「統括室長っ!」燐と千草が駆け寄ってくる。

「大丈夫です」とだけ答えて椅子に座り直す。


 机にある冷めたコーヒーを啜り、荒い息を整えて一息つく。

冷めたコーヒーが、こんなにうまく感じるの初めてかもな。体にしみる。


はく……こう……二人共、後は頼んだで」



-早池峰中腹-


 白様は、マルディラへとある程度の距離まで近づくと、相手を見つめながら様子を見ているようだった。

体の痺れが少しずつ和らいで来たので立ち上がる。懐から取り出した解毒薬を飲み、ゆっくりと白様へと近づく。

少しでも白様のご支援をしなければ。


「く……くくく……」


 半身を失ったマルディラが、何が楽しいのか、まさに鬼の形相でほくそ笑み始める。

失った半身を補うように、半身から糸が生え始め、全身を補修してゆくのがわかる。


 次々と糸が神経となり、筋肉となり臓器と変換される。

なんて修復能力なんですか。これでは煉獄陣が通用しないのも納得ですね。


「は……白様、回復を許し……ては……なりま……せん……」


 まだ舌が痺れて、正常に話す事もできないが、失礼とは知りながら白様へ追撃を進言する。

白様は、こちらへ振り返らず、アルディラを見つめたまま答える。


「大丈夫です。じきに終わります。あなたは部隊と通信をとり、至急保護してもらいなさい」


 私は、一度白様と距離を取る。

木々がひらけた地点まで出ると、白様に言われる通り通信機で部下につながるチャンネルを探す。

通信は、思っていたよりすぐに繋がった。


「応答ねがいます」「!? 睡蓮室長ですか!? ご無事ですかっ!?」

どうやら無事に繋がったようで、聞き慣れた羊一の部隊長の声が聞こえる。


「え……ええ、わ……私は大丈夫です……静夜様が……式神様を送ってくださいました。山の反対側の中腹に居るので保護をお願いできますか? 狼煙は上げておきます……ですが、式神様が抑えてくれるとはいえ、まだ夜叉がいるので注意してください。」


私の返答に、通信機の向こう側から歓声が上がる。


「お任せくださいっ」「承知しましたっ」「丙補佐も無事ですよっ」

思ったより皆元気そうですね。よかったです。


「室長……」


 弱々しい細い声が通信機から聞こえてくる。

誰なのかは、すぐに分かった。丙ですね。


「丙。無事とはいきませんが、生きていてくれて本当によかったです。私がもっと早く止めることができていれば、申し訳ありませんでした」


「室長のせいじゃありませんよ……。近くにいた私が、もっと杭の性質を見計るべきでした。申し訳ありません……」

丙が、ひどく憔悴している中、謝罪してくる。あなたのせいじゃありませんよ。


「丙、あなたに責任はありません。とにかく今は、栄神のご加護に縋らせてもらいましょう」





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