「二人共、おかえり……ほんまご苦労様」
私の目の前に、白と紅の二人が姿を現す。
「ただいま戻りました」「ただいまぁ!!」
白が深く頭を下げる。紅はニコニコしながら周りをキョロキョロしている。
その時、紅が喰らった夜叉の本体の霊体が、送られてきた事により再び凄まじい激痛が走る。
「ぐっ……あぁぁぁぁ……痛い痛い痛い……痛ってぇ。紅よくこんなの一口で食えたなぁ……過去一で痛いわ」
脂汗を垂らし、左腕をさすりながら紅を見ると──「えへへ……」と笑っている。かわいいな。
相変わらず紅は、いつでもマイペースやな。
周りの皆が、私の苦しみ様に心配そうにこちらを伺うが、今はやる事がある。
私は汗を拭い立ち上がり、龍姉妹の二人に近づく。膝を付き二人を抱きしめる。
「静夜様……」「静兄?」二人がキョトンとした顔をして、無言で抱きしめてきた私を見つめる。
「二人のお陰で、死者を出すことなく任務を終える事ができた。本当に感謝している。ありがとう」
心から出た言葉を、そのまま声に出す。
「白様、紅様──母を……睡蓮室長をお救い頂き、本当にありがとうございました」
蓮葉が、涙を流して深く頭を下げている。そんな二人を見て、白が首を横に振る。
「静夜様、私達はあなた様の衣であり刃であり、そしてあなたの命そのものでもあります。あなた様が、私達を扱えるからこそ、私達は本来の実力を発揮することができるのです。あなた様の分身とも言えます。ですから私達に感謝など必要ありません。ご理解ください。それと蓮葉、私は命に従っただけです」
私は、白の言葉に──「わかった」と頷くと立ち上がる。
「二人共、部屋を用意してある。鬼喰の準備をしてくれ。誰か案内を」
関東方面鬼霊対策室の職員が、二人を儀礼用の別室へ案内する。
今回の鬼喰は、対象が高位の夜叉の為、今までの簡易的な儀式ではない。
と言っても、障害物のない広いスペースさえあればいいので、使っていない大型の部屋を用意してもらった。
「蓮葉、霊相はどれぐらい残っている?」今まで蓮葉さんだったが、親御さんをさん無しで呼んでるからな……。
「まだ八割ほど、静夜様……是非使ってください」
千草に頼み、蓮葉の三割の霊相を移乗してもらい、こちらも準備が進む。
まだ白達の準備が終わっていない為、完了するまでの間、睡蓮へ連絡を取る事にした。蓮葉へ指示を出す。
「静夜様、睡蓮でございます」
「睡蓮、本日はご苦労さまでした」
「とんでもございません、白様そして紅様のご加護がなければ、私は死んでいたでしょう」
睡蓮の言葉に、対策室の皆の顔が曇るのがわかる。
当然だ。発足初日に対策室の代表たる室長が、死の淵に立たされたのだから。
これは、すべて私の危機感と認識の甘さが生んだ結果であり、只々申し訳なく感じる。
「そうですね……ですが、今は結果を喜びましょう。それで負傷者の容態は?」
睡蓮は、保護された後すぐに、堂上小黒が率いる関東鬼霊対策室の先行部隊と麓で合流したらしい。
夜叉の毒酸によって負傷した隊員は、現役の医師でもある小黒が、その場で診察したらしい。
堂上家は、四百年続いた徳川幕府の長い時代の中で、代々仕える将軍の体調の管理も行っていたという。
様々な治療の術式を、数多く所蔵していると聞いた事がある。堂上家が経営する病院もいくつかあるはずだ。
小黒は、その場で小規模な手術を含む応急処置を行ったそうだ。さすがは現役のお医者さんやな。
応急処置後、早急に東京にある堂上家の経営する、総合病院で入院治療する事ができれば。
多少傷跡は残るが、今後の任務に支障はない程度に回復するだろうとの事だった。
今は、搬送用のドクターヘリを手配しているとの事だった。
「わかりました。明日の現場検証後、再度情報を精査し、報告を上げてください」
「承知しました。失礼いたします」通信が切れる。
「静夜様」
どうやら準備が整ったようだ。頭に白の声が響いた。
「白達の準備ができたみたいなので向かいます。皆はどうしますか?」
「お供致します」燐と蓮葉が立ち上がる。
「私も、ご同伴してもよろしいでしょうか?」千草も若干顔を紅潮させて立ち上がる。
関東方面鬼霊対策室の職員に案内されて廊下を歩く。
案内された部屋の扉を開き中へ入る。そこは大型の会議室ぐらいのの広さのスペースの部屋だった。
ただ床には何もなく木製の板が敷かれているだけの部屋のようだった。
下駄箱で靴を脱ぎ、更衣室兼シャワー室の横を抜ける。
どうやら武道場らしく、壁には竹刀から木刀、薙刀や様々な武具が掛けられている。
「すごっ!!──関東ってこんなんあんの?」素直に驚き、素が出てしまう。
「え? うちにもありますよ?」燐が答える──え? 関西にもあんの? 知らんかった……。
道場内へ入ると中心には、白と紅が三メートル程離れて向かい合い、印を結び何かを唱えている。
床には、直径三メートルの異様な紋様が浮かび上がっている。
メガネを外し、ジャケットの懐に入れる。
「あ、私着ているもの脱がなきゃいけないんですけど……大丈夫?」
私は振り返り、女性陣に確認する。
「え? まさか全裸ですか?」
千草が赤面しながら聞いてくる。他の二人は問題なさそうだ。肝が座ってはる。
「いや、さすがに下着は脱がないですよ? さすがにそれはね、捕まってしまいます」
わいせつ物陳列罪だっけ?
「……下着を履かれているのであれば大丈夫ですっ!」
千草は納得したように了承する。
脱いだ上着やズボンを、燐と蓮葉が手際よく回収して畳んでくれる。
下着一枚になり、準備は完了だ。ちなみ黒のボクサーパンツである。
よっしゃ、はじめよか──中心の陣に向かって歩き出す。
そんな私の背中を見て、急に千草が声を上げる。
千草が凝視する私の背中には、一面に一人の女性の姿が彫られていた。
「え……入れ墨? あれは天女様、いえ女神様?──まさかあの方が……」
千草の顔色が変わる。目に涙が溜まりはじめる。
私は、パンイチ姿で陣の中心まで歩き、背筋を伸ばしに立つ。
「さて、喰らうとするか」