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木花咲耶姫 二


 紋様の浮かび上がる陣に入り、中央へ移動する。


「さて……喰うとするか」


 一度、後ろに控える彼女たちを振り返る。

燐と蓮葉は、正座し真剣な眼差しでこちらを見つめている。


 千草は、なぜか目に涙を溜めて、口元を押さえている。

どうしたんやろ? もしかして入れ墨が入っててショックやったんかな?


 箱入り娘って感じやし、なんだか申し訳ない気持ちになる。

まぁ、今はそれはいいとして、白達へ視線を戻す。


「二人共、いけるか?」


 パンイチの四十のおっさんが、腰に手を当てて仁王立ちで少女達へ確認する。

端からみたら、訳のわからない光景やろうな。

パンイチのおっさんが、着物の少女二人に挟まれて立ってるんやから。


「はい」「いけるよっ!!」


 白と紅が、それぞれ返事を返してくれる。

私は目を閉じ、大きく息を吐く。白を見て頷く。


「では、鬼喰ノ宴おにくいのうたげを始めます」

白が儀礼の開始を合図する。


 白が私へ手をかざし、白い半透明の羽衣を生成する。

紅が同じく私へと手をかざして、雅な金糸と複数の紐を生成する。


 白と紅の生成する神衣の源が、それぞれ私を包み込み、狩衣かりきぬが生成される。

純白の上衣、漆黒の下衣。紅の帯を締め、立烏帽子を身に纏う。


「なんて神々しい霊相なのですか、これが栄神静夜様の本当のお姿──すごく綺麗……」


 燐が目に涙を溜めて、顔を紅潮させて震える。

他の二人も、只々唖然として震えて見つめている。


「いくで?」「はい」


 白が、女性陣達への影響を考えて、陣を覆うように結界を張る。

両手で六種類の印を結び、詠唱を開始する。


「月隠れ 風息む刻に 六葉の星 地を穿ちて座す影は結びて輪を成し、火の祈り 水の誓い 陽は陰を抱きて転じ、刃は音無く鎮まれり──ひとたび巡れ、陰陽の環ふたたび交われ、六の刻印封ぜよ、魂の咆、栄神流鬼喰道えいじんりゅうきがどう──滅魂の型・銀鬼灯ぎんほおずき


 銀色の炎が、眼の前の空間へ六芒星を引き【銀鬼灯ぎんほおずき】が発動する。

詠唱をを終えると同時に、胸の前に構えていた左腕を水平に横へ突き出す。

左腕全体が発火し、銀の炎に包まれる。


「本当にとても綺麗です……」千草がつぶやく。


 ここまでは順調だ。夜叉からの大きな抵抗もない。

このまま締め込んでしまえば、問題なく喰らい切れるはずだ。


「静夜様」白が発言する。目で続きを促す。

「なにか変です。夜叉は順調に融解できています。ですが──正体不明の何か異物を感じます」


 白は、一度儀礼を中止して原因を調べたいと進言してくる。

腕の中に異物? 鬼自体が異物だが……己の腕を見つめる。


 私には、腕の中にある異物を感じることができない。

判断が難しい為、紅を見て目で意見を仰ぐ。


「んー? 確かに小さな玉みたいなのが残ってるよ? 夜叉の核かな?」


 紅も同じく異物の存在を認めたので、ぐっと危機感が上がる。

既に夜叉の霊体の融解は、ほぼ終りあとは喰らうだけだ。

喰らうのは、異物の原因を解決してからでもいい。


「わかった。一度術式を止め──」

「静夜様っ!!──玉が肥大化し始めましたっ!! 紅っ!!」


 異変を察知した白が、普段は決して出すことのない大声で叫ぶ。

紅が「うんっ」と返事すると同時に、数本の帯を生成する。


「!?」


 銀に燃える腕から、肉を引き裂くような激痛が走り始める。

銀鬼灯の術式を解除して腕を確認する。

左腕の上腕部分が、発光して肥大化しているのがわかる。


「くっ!」白が白い布を生成し、左腕を包帯のように包み込む。

「んっ!」紅が金糸を編み込んだ赤、白、黒の三色の帯紐を、その上から何重にも上から巻き付いてゆく。


 それでも左腕の異変は収まらず、左腕の二の腕付近が肥大し続ける。

途轍もない痛みが発生し、悲鳴が漏れそうになる。

痛みのあまり酷さに、床に膝を突く。


 白達がいくら左腕の肥大化を抑えようと試みるが、肥大化は止まらなかった。

「静夜様っ!!」「静兄っ!!」二人から焦りの混じった声が響き渡る。


 その声に、女性陣も異変に気づき近寄ってくる。振り返りその女性陣に向かい吠える。

「今すぐそこから離れろっ!!」出せる限りの声で叫ぶ。


 その瞬間、左腕が真っ白に光り爆発する。

部屋中が真っ白に染まるが、白が結界を張っていたので部屋への被害はないようだった。


「…………」


 なんとか生きてるか……またやられた……下半身以外の左半身損害が酷いようやな。

左脇腹から首にかけての痛みが酷い。おそらく肩と腕と脇腹もろともふっとばされているのだろう。

血液が背中を浸していくのがわかる。これはまずいな……どうする……。


 白と紅が私を抱えて「静夜様っ!!」「静兄ぃ……」と声を掛けてくれている。

白が止血をしようと左半身を中心に布で覆い、紅がそれを帯で固定しているのがわかる。


「ひっ、し……静夜様っ!!」蓮葉が顔を蒼白に染め、驚き立ち止まる。

「うぅぁ……統括室長……」千草があまりの惨状に泣き始める。

「いや……静夜様ぁぁぁ」燐が泣き叫び、側にへ掛けよろうと走り始める。



「燐、止まりなさい」



 目前にまで迫っていた燐へ、隣から声がかかる。

そこには、静かに私を見つめる咲耶が立っていた。


「さ……咲耶様……」燐が立ち止まり涙を拭う。

「戻りなさい」咲耶は、私を見つめたまま答える。

「…………わかりました」燐は、頭を下げて二人の元へ引き返してゆく。


 白が私を抱いたまま、咲耶へ謝罪する。

紅は涙を流して、私に縋り付いている。


「姫様、申し訳ありません」

「姫ぇ……うぅぅ……ごめんなさい……」


 白達が私の頭をゆっくりと床へ寝かせる。

立ち上がった二人が並び、咲耶の前で跪き、深く頭を垂れる。


木花咲耶姫このはなさくやひめ様、どうか我らにご神力を──栄神に御慈悲を……」

「姫っ!! お願いしますっ!! 静兄を助けてっ!!」


 咲耶は、二人の悲痛な懇願に答えることはなく歩みを進め、血溜まりとなっている私の前に立つ。


「本当に静夜……あなたはどうしようもない阿呆あほうですね。この程度の罠にかかるなんて……」

「面目ない……」只々謝ることしかできない……。


 咲耶が大きくため息をはいた。

心の底から呆れているのが、顔色だけで十分に理解できる。

うわぁ……相当怒ってるなこれ。過去一かもしれん。


「はぁ、明日からはあなたも以前と同じ様にしごきの対象です。最近は多めに見ていましたが、こんな体たらく許してはおけません。努々覚悟しておきなさい」


咲耶は、いまだに頭を下げたままの白と紅へ向き直る。


「白は肩、腕、胴の型をつくりなさい。紅、あなたは全身と心臓を縛り、血流と血圧をできる限り制御しなさい」

「「はいっ!!」」二人が立ち上がり、一斉に動き始める。


すいっ!──あなたは寝てないで今すぐ起きなさいっ!!」

あぁ……水を呼ぶのか……この際しゃーないか。


「んっ……ふわぁーい。咲様どうしたのぉ~? ってあれ? |ここって現世うつよよね? え? えぇ? し……静夜ぉぉっ!? あなた大怪我じゃないのっ!! というか死にかけているじゃないっ!? 一体どうしたのっ? 咲様!?」


青髪の純白の神衣に身を包んだ水が、大慌てでこちらに駆け寄ってくる。


「神の契約者が死にかけてるのに、爆睡している大馬鹿は、さっさと仕事しなさいっ!」

咲耶は扇子を天高く掲げ、居眠り天女へ命令する。



「水、江戸中の回収できる霊相を、すべて集めなさい」



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