「もぅ……よくわかんないけど、静夜少し待っていなさい。すぐ霊相集めて来るからねっ」
水が、かがんで私の顔を覗き込んでくる。
黄色い瞳に、透き通る様な水色の長髪の女性。
垂れる長い髪が、さらりと頬に触れる。
「あぁ……でも頼むからやりすぎなや……。水が本気にを出すと、
瀕死状態の私の言葉に、水は何が楽しいのか「ふふっ……」と少し微笑むと、私の頭を撫でてから立ち上がる。
水は、少し私と距離を取ると、一瞬にして姿を巨大な白虎へと変化させる。
純白の毛並みに、透き通るような真っ青な縞模様。いつ見ても惚れ惚れしてしまう。
「あれは白虎ですか……? 大きいです……」
千草がつぶやく。女性陣達は、ただ唖然と巨大な虎を見つめていた。
「水、頼みましたよ」
咲耶の言葉に頷くと、水が飛び上がり上空へ登ってゆく。
咲耶が女性陣へ視線を向けて指示を出す。
「あなた達は壁際まで下がっていなさい。今は邪魔なだけです」
燐と蓮葉が、頭を下げて壁際まで下がろうと立ち上がる。
だが、千草は立ち上がると同時に、一歩前に踏み出した。
「え……? 千草さん?」
蓮葉が、前へ進み出た千草へ声を掛けようとする。
「あなた様が木花咲耶姫様なのですか? あなた様がおじい様と私の命を救ってくださった神様なのですか?」
千草は咲耶の後ろに立つと、跪き頭を垂れた。
その声に、咲耶は苛立ちげに振り返る。
「下がれと言ったで──」
一層声を荒らげた咲耶が、彼女を見て押し黙る。
しばらく頭を垂れる千草を見つめる。千草へと体を向き直る。
彼女が、見知った天鳳荒原の孫だと気づいたのだろう。咲耶は少し頬を緩める。
「そうですか……。あなたがあの時の荒原の孫ですか。とても大きくなりましたね。どうりで霊相の扱いが上手な訳ですね。納得です」
咲耶の顔が、優しく微笑む。
「おじい様は、木花咲耶姫様と先代の栄神静夜様であられる
千草が涙を流し、より深く頭を下げる。
(うちの爺さんの名前まで知っているのか……あの天鳳のジジイ一体どこまで話したんだ? それも、過去に千草の命を救った? そんな話聞いたことがない。初耳だった。もしかして先代の爺さんと咲耶が言ってた、天鳳の爺さんの命を救ったってやつか? けど、千草を救ったという話は出てこなかった。 一体、その時なにがあったんやろ? 今度天鳳の爺さんに聞いてみるか)
「荒原は相変わらず元気そうですね。ときより静夜を通して見かけますが、まだまだ往生するでしょう」
「はい、そのお言葉お伝えしておきます。お邪魔をして申し訳ございませんでした」
千草が立ち上がり、再度頭を下げて壁際まで下がってゆく。
満足したように戻ってきた千草に、燐が話しかける。
「あの……千草さん? 咲耶様? 木花咲耶姫様ってどのような方なのですか?」
燐からの質問に、千草が少しキョトンとした顔をして燐を見ている。
「燐補佐はご存知ないのですか? 学校の教科書でも出てくる神様ですよ?」
「え? 神様? 咲耶様は、静夜様の式神様なのでは?」
千草は首を横に振り。少し呆れたように答える。
「咲耶様は式ではありません。栄神家創設時に初代栄神静夜様が、木花咲耶姫様との賭け事に勝ち、守護神として契約した、純血の日本の高祖の神様です」
「え……? 日本の高祖の神様? 賭け事?」
状況が飲み込めず、燐が助け舟を求め蓮葉を見る。
蓮葉は、ただ無言で頷くだけだが、内容は知っていたようだった。
「私も栄神家の歴史は、おじい様から聞いた限りですけれど、木花咲耶姫様は超有名人ですよ」
予想以上に高尚な神様であることを知り青ざめる燐。そんな燐の肩にぽんぽんと、手を添える蓮葉。
「ところで蓮葉補佐。質問ですが、ここで千里眼って使用可能ですか?」
千草が、隣に座る蓮葉へ声をかける。
「先程の水様ですか?」
蓮葉はすぐに目的を察したのか、準備を始める。
「はい。できる限り情報は集めておきたいので」
千草の言葉に、蓮葉が視線を咲耶達へ向ける。
「やってみましょう。霊相探知は苦手ですが、とりあえずこの周辺で霊相の高い地点を調べてみます」
蓮葉が普段から身につけているポーチから、スマホと黒水晶と札を取り出し、周辺の探索を始める。
「いましたっ!──水様ですっ」
蓮葉が、水の位置を特定する。他の二人がスマホの画面を覗き込む。
そこには、水が真っ白な神衣に身を纏い、青い扇を開きまばゆい夜の東京の上空で舞を踊っている。
「綺麗……」そのあまりの優雅さと美しさに千草が光悦とした表情を浮かべる。
よく見ると踊る水の脇には、四体の水虎が控えている。水の身長から察するに、
一般的な虎よりも一回り大きいぐらいのサイズの水色の毛に白の縞模様の虎。
「ここは、どこなのですか?」燐が画面を見つめながら蓮葉に質問する。
「今私達がいる、新宿御苑の上空のようですね」と蓮葉が答える。
水が舞を終えたのか、扇を閉じて動きを止める。
そして方向を指し示して、控えていた四体の水虎へそれぞれ指示を出しているようだった。
主から指示を受けた虎達が、走り出すと同時に姿が消える。
それと同時に、咲耶の隣に水が姿を現す。
「咲様、水虎の配置は完了しましたよ。あと江戸の範囲ではなく、現在地である新宿区を中心に、周囲六区を範囲としました。静夜にやりすぎるなと言われちゃいましたから……」
水が咲耶へ準備が整った旨を伝える。
「わかりました。引き続きお願いします。白と紅は、一度静夜から離れて次の準備をなさい」
報告を受けた咲耶は、頷き白と紅へ一度私から離れるように伝える。
咲耶が私の前に立つと、
三十秒ほどして咲耶が祝詞を唱え終わると、私をを中心に幾何学的な紋様が現れる。
咲耶が移動し陣の縁に立つと、陣を挟むように咲耶の向かいに水が立つ。
陣の左右には、白と紅がそれぞれ立った。
「水、流れ出た静夜の血液と臓器、白が止血に使用していた布をすべて霊相に変換して吸収しなさい。相手の罠は、おそらくただの崩玉なので毒はないでしょう」
咲耶は、私を見つめながら指示を出し続ける。
「もぅ……静夜ったら、いつの間にこんな危険な環境に身を置いたの? あとでちゃんと話するんだからねっ」
水が流れ出た血液と臓器、血液を抑えるために当てていた白布を吸収する。
白には外側の型つくりを続行させ、紅には血管と神経のもとになる型を生成させる。
水は、四体の水虎が吸収してくる霊相を、咲耶が生成した陣へ注ぎこんでいる。
「白、型の準備は?」咲耶が確認する。
「はい、問題ございません」白が、必死な表情で答える。
「紅、型は?」紅へも同じく確認する。
「うん、こっちは大丈夫だけど。姫?──これ私達、臓器と骨の型取ってないけど大丈夫なの?」
紅の質問に「問題ありません、あなた達は自分の仕事をしなさい」とだけ答える。
咲耶は扇を開き、陣へ力強く扇を仰ぐ。それと共に暴風のような風が発生する。
壁際にいた女性陣達が、吹き飛びそうになるのを必死に堪えている。
「始まったか……」──首を横に向けると、陣から草や蔓、花々が咲き乱れ始めている……。
咲耶を見る。咲耶も私を見ていた。目には薄っすらと涙が張っているように見えた。
私の目線に気づいたのか、咲耶が少し目を逸らす。
彼女は「ふふっ」──と少し微笑んでから目を閉じた。
「