咲様が、ボロボロな静夜へ両手をかざして、神命式を開始します。
「
回天復生とは、日本の神の中でも、咲様のみが使用することができる神命式です。
対象の心の臓が動いている限り、欠損した部分も全て修復する事ができる。まさに神の御業です。
しかし、実際は途方もない量の霊相が必要となる為、手足の一.二本を修復するのが関の山とされています。
柔らかい風と眩い光と共に、咲様の神命式が発動しました。
静夜の欠損部分である脇腹、肩、腕の部分が、深緑色の神の光に包まれました。
式が発動したその瞬間、白と紅の顔が歪むのが見えます。
身体の修復が開始され、各々が成形した静夜の型の維持に必要な霊相が増えたのでしょう。
「白、紅。大丈夫かしら? 二人共、きつかったらすぐに言いなさい」
「水様、問題ございません。このまま行きます」
白が、少し無理をしながら答えました。
「私も行けるよっ!! 水姉っ!!」
紅も、健気に歯を食いしばり返答を返します。
ふふ、かわいい。念のために、二人にも霊相を少し送ってあげる。
霊相に少し余裕ができて落ち着いたのか、二人の顔が真剣な表情にもどる。
よしっ──安心して視線を静夜に戻す。
まったく……この子はいつの間に、こんな危険な状況になってしまったの?
私は、どれぐらい静夜と会っていなかったのかしら?
静夜がまだ屋敷にいた時は、月に二.三回は会いに行っていたと思う。
来週から当分この屋敷を出て、京都で仕事の同僚と共同生活をすると聞いて。
え? 就職したの? よかったじゃないっ!──と喜んでいたのに。
それが、久々に会ってみたらこれなんだから。はぁ。
私の力は、指定した範囲の場の霊相を吸収する事ができる。
基本的には、その場に浮遊している霊相のみを吸収する。
けれど、状況によっては主の命令に従い。
霊相を宿した生物や物質、すべてから強制的に霊相を吸収する事もある。
過去に私や下僕の水虎達が、壊滅させた森林や村、城下町は決して少なくない。
そんな過去を知っている今の静夜である司は、私をと言うより、私の扱いを間違う事を何よりも怖れた。
故に、静夜は私を式として呼ぶことは決してなかった。
たまに呼ばれたとしても、一緒に酒を飲もうと誘われるぐらい。それはそれで嬉しいんだけどね。
今回も、久しぶりに呼ばれたと思ったら、咲様からだし、静夜は死にかけてるし……。
もう、一体何が何なんだか……。静夜の馬鹿。馬鹿馬鹿。
静夜が屋敷を離れてからも、静夜から呼ばれなくても、静夜を通して環境を見ておくべきだったと反省する。
だが、それも一瞬だ。「よしっ」──気持ちを切り替えて静夜をみる。
咲様の神の深緑光に包まれた臓器部分の欠損箇所の細胞組織が、ゆっくり生成されているのがわかる。
臓器と骨の型は、咲様自身が行っているのでしょうね。一番難しい箇所ですしね。
修復と型の維持を同時に行うなんて、流石です。
咲様自身は、涼しい顔で両手を静夜へかざし、神言祝詞を唱え続けています。
ふと咲様の後ろ、奥の壁際に目が止まりました。
そこには、三名の若い女性が正座をして、様々な感情の表情で静夜を見つめています。
あの方たちは、どなたなのかしら? 伴侶ではないわよね? うんない。ないない。ないわよね?
各々の女性が、神の御業に驚き震えている。いえ、震えているのは静夜の霊相の影響かしら?
「静夜様の臓器が……臓器が再生されて行く……」
長髪の黒髪を後ろに束ねた女性が、喜び涙を流しています。よかったですね。
「これが神の力なのですね……やはり次元が違いすぎますね……」
そうでしょうそうでしょう……ふふん。
「統括室長ぉ……うぅ……咲耶姫様ぁ……うぁぁん」
おぉう──えらく号泣していますね……もう大丈夫ですよ。
あら? この女性の霊相ってもしかして──
やっぱりそうですか、あなたがあの時の──大きくなったわね……ふふっ。
感傷に浸りたい気分になりましたが、今はそんな時ではありませんね。
まぁ皆、静夜の部下なのでしょうね。皆それなりに強いのはわかります。
だけど、何故お若い女性ばかりなのかしら? 静夜の趣味とかじゃないわよね?
経緯は存じませんが、おそらく静夜は大社へ戻ったのでしょうね。
何故、一言言ってくれなかったのかしら?
喜ばしいようで悲しいような、とても複雑な気分だわ……視線を静夜へ戻す。
臓器の修復は終わり、あばら骨の修復に入っている。順調のようですね。
水虎の一体から送られてくる霊相が、大きく減ってきた。そろそろかしら。
他の三体からも、少しづつ送られて来る霊相が減りつつあった。
「咲様、式中に失礼します。集める事ができる霊相の残りは、もう多くはありません」
私の言葉に、咲様は一度祝詞を止めて頷く。
「わかりました、残りの回収分で問題は無いでしょう。水は引き続き残りの霊相の回収と、白と紅の手伝いをお願いします」
そういうと、再び咲様は神言祝詞を再開する。
承知しましたと頷き、痛みに顔を歪に顰める静夜をみる。
脇腹部分はほぼ回復し終わって、残りは肩と腕だけとなった。
「白、紅、もうひと踏ん張りですよ。頑張りなさい」
「もちろんです」「まかせてっ」私の声に頷く二人。
咲様によって、肩の骨が生成される。
その骨の内部と周辺部分に、紅が用意していた型が生成される。
さらに、筋肉と脂肪、皮膚なる部分が、白の型によって成形されてゆく。
そこに、咲様が命を吹き込み、細胞組織を再生させる。うん、問題ないですね。
「静夜、もうすぐ終わりますからね? すごい痛いでしょうけど、もう少しだけ我慢しなさいね」
「ああ……皆の頑張りに比べたら、こんなんなんでもないわ。本当に……本当にすまんな」
痛みに歯を食いしばり、目に少し涙を貯めた静夜が謝罪してくる。
「ふふ……主を救うのは当然の事でしょ? 何を言っているの静夜は……阿呆は相変わらずね……うふふ」
肩の修復が完了し、続いて腕の修復に入る。
「白、紅、初めてではないでしょうけど、静夜の左腕は特殊です。心してかかりなさい」
「「はいっ」」姉妹が最後の力を振り絞る。
それから十五分後、無事に神命式は終了する事ができたのでした。
「咲様、そして白と紅、本当にお疲れ様です。そして、おかえりなさい──静夜様」
◆◇◆◇
-比叡山-
一人の作務衣姿の男が、高台にあるお堂の屋根に胡座をかいて座り、夜景を眺めて酒瓶を傾けている。
「
お堂の正面に立ち、下から法衣姿の若い女性が声をかける。
「おう、
厳生と呼ばれた男が、なんとも愉快そうに笑いながら話す。
「その崩玉は、私が作ったんですから、当然それはわかっています」
竜胆と呼ばれる女性は、たいそう呆れたように溜息を吐く。
「よくもまぁあんな物を贈り物と──わかっているとは思いますが、上が黙っていませんよ?」
竜胆の歪む顔を見て、頭を掻きながら言い訳を少し考えて、巌生と呼ばれた男は酒瓶を大きく傾ける。
ぐびっ──と酒を一口飲むと、お堂の屋根から飛び降り、竜胆の前に降りた。
「まぁ竜胆さん、そう言いなやぁ。これはあくまでも、新生鬼霊対策室の統括室長への発足祝いなんやから」
竜胆は、眉間に指を当てて、ジト目で厳生を黙って見ている。
「考えてみぃ、栄神静夜がこれくらいで逝ってまう訳ないわ。必ずこちらの存在に気づいて行動してきよる。それは竜胆、あんたも望んでいる事やろう? あんさん祓い屋どもに復讐したいんやろ?」
「…………」
厳生がお堂の階段に腰掛けて、再び酒を煽り始める。
「栄神静夜殿ですか……。式が取り込んだあの崩玉を耐えれるのですか?」
「いや多分、半身吹き飛ぶやろな。ははっ」
厳生が、鼻で笑いながら平然と答える。
「ではっ」
竜胆は、苛立ちげに彼の前に立ち睨みつける。
「竜胆さんまぁ落ち着きぃや。酒飲む? せやから問題ないて、栄神には木花咲耶姫がおる」
「木花咲耶姫……」
「あれがおる限り、栄神は不滅や。あとしばらくはやけどな」
竜胆が、怪訝な顔で厳生を見つめる。
「あなた──まさか夜叉を召喚使役したあげくに、次は愚かにも神にまで手をつけるつもりですか?」
竜胆の震える声に、厳生は酒を煽り少し笑って空を見上げる。
「そうや、ワイはな──あのお姫様が欲しいんや……」