目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

回天復生


 咲様が、ボロボロな静夜へ両手をかざして、神命式を開始します。


回天復生かいてんふくじょう


 回天復生とは、日本の神の中でも、咲様のみが使用することができる神命式です。

対象の心の臓が動いている限り、欠損した部分も全て修復する事ができる。まさに神の御業です。

しかし、実際は途方もない量の霊相が必要となる為、手足の一.二本を修復するのが関の山とされています。


 柔らかい風と眩い光と共に、咲様の神命式が発動しました。

静夜の欠損部分である脇腹、肩、腕の部分が、深緑色の神の光に包まれました。


 式が発動したその瞬間、白と紅の顔が歪むのが見えます。

身体の修復が開始され、各々が成形した静夜の型の維持に必要な霊相が増えたのでしょう。


「白、紅。大丈夫かしら? 二人共、きつかったらすぐに言いなさい」


「水様、問題ございません。このまま行きます」

白が、少し無理をしながら答えました。


「私も行けるよっ!! 水姉っ!!」

紅も、健気に歯を食いしばり返答を返します。


 ふふ、かわいい。念のために、二人にも霊相を少し送ってあげる。

霊相に少し余裕ができて落ち着いたのか、二人の顔が真剣な表情にもどる。

よしっ──安心して視線を静夜に戻す。


 まったく……この子はいつの間に、こんな危険な状況になってしまったの?

私は、どれぐらい静夜と会っていなかったのかしら?

静夜がまだ屋敷にいた時は、月に二.三回は会いに行っていたと思う。


 来週から当分この屋敷を出て、京都で仕事の同僚と共同生活をすると聞いて。

え? 就職したの? よかったじゃないっ!──と喜んでいたのに。

それが、久々に会ってみたらこれなんだから。はぁ。


 私の力は、指定した範囲の場の霊相を吸収する事ができる。

基本的には、その場に浮遊している霊相のみを吸収する。


 けれど、状況によっては主の命令に従い。

霊相を宿した生物や物質、すべてから強制的に霊相を吸収する事もある。

過去に私や下僕の水虎達が、壊滅させた森林や村、城下町は決して少なくない。


 そんな過去を知っている今の静夜である司は、私をと言うより、私の扱いを間違う事を何よりも怖れた。

故に、静夜は私を式として呼ぶことは決してなかった。


 たまに呼ばれたとしても、一緒に酒を飲もうと誘われるぐらい。それはそれで嬉しいんだけどね。

今回も、久しぶりに呼ばれたと思ったら、咲様からだし、静夜は死にかけてるし……。


 もう、一体何が何なんだか……。静夜の馬鹿。馬鹿馬鹿。

静夜が屋敷を離れてからも、静夜から呼ばれなくても、静夜を通して環境を見ておくべきだったと反省する。

だが、それも一瞬だ。「よしっ」──気持ちを切り替えて静夜をみる。


 咲様の神の深緑光に包まれた臓器部分の欠損箇所の細胞組織が、ゆっくり生成されているのがわかる。

臓器と骨の型は、咲様自身が行っているのでしょうね。一番難しい箇所ですしね。


 修復と型の維持を同時に行うなんて、流石です。

咲様自身は、涼しい顔で両手を静夜へかざし、神言祝詞を唱え続けています。

ふと咲様の後ろ、奥の壁際に目が止まりました。


 そこには、三名の若い女性が正座をして、様々な感情の表情で静夜を見つめています。

あの方たちは、どなたなのかしら? 伴侶ではないわよね? うんない。ないない。ないわよね?

各々の女性が、神の御業に驚き震えている。いえ、震えているのは静夜の霊相の影響かしら?


「静夜様の臓器が……臓器が再生されて行く……」

長髪の黒髪を後ろに束ねた女性が、喜び涙を流しています。よかったですね。


「これが神の力なのですね……やはり次元が違いすぎますね……」

そうでしょうそうでしょう……ふふん。


「統括室長ぉ……うぅ……咲耶姫様ぁ……うぁぁん」

おぉう──えらく号泣していますね……もう大丈夫ですよ。


 あら? この女性の霊相ってもしかして──

やっぱりそうですか、あなたがあの時の──大きくなったわね……ふふっ。

感傷に浸りたい気分になりましたが、今はそんな時ではありませんね。


 まぁ皆、静夜の部下なのでしょうね。皆それなりに強いのはわかります。

だけど、何故お若い女性ばかりなのかしら? 静夜の趣味とかじゃないわよね?


 経緯は存じませんが、おそらく静夜は大社へ戻ったのでしょうね。

何故、一言言ってくれなかったのかしら?

喜ばしいようで悲しいような、とても複雑な気分だわ……視線を静夜へ戻す。


 臓器の修復は終わり、あばら骨の修復に入っている。順調のようですね。

水虎の一体から送られてくる霊相が、大きく減ってきた。そろそろかしら。

他の三体からも、少しづつ送られて来る霊相が減りつつあった。


「咲様、式中に失礼します。集める事ができる霊相の残りは、もう多くはありません」

私の言葉に、咲様は一度祝詞を止めて頷く。


「わかりました、残りの回収分で問題は無いでしょう。水は引き続き残りの霊相の回収と、白と紅の手伝いをお願いします」


 そういうと、再び咲様は神言祝詞を再開する。

承知しましたと頷き、痛みに顔を歪に顰める静夜をみる。

脇腹部分はほぼ回復し終わって、残りは肩と腕だけとなった。


「白、紅、もうひと踏ん張りですよ。頑張りなさい」

「もちろんです」「まかせてっ」私の声に頷く二人。


 咲様によって、肩の骨が生成される。

その骨の内部と周辺部分に、紅が用意していた型が生成される。


 さらに、筋肉と脂肪、皮膚なる部分が、白の型によって成形されてゆく。

そこに、咲様が命を吹き込み、細胞組織を再生させる。うん、問題ないですね。


「静夜、もうすぐ終わりますからね? すごい痛いでしょうけど、もう少しだけ我慢しなさいね」


「ああ……皆の頑張りに比べたら、こんなんなんでもないわ。本当に……本当にすまんな」

痛みに歯を食いしばり、目に少し涙を貯めた静夜が謝罪してくる。


「ふふ……主を救うのは当然の事でしょ? 何を言っているの静夜は……阿呆は相変わらずね……うふふ」

肩の修復が完了し、続いて腕の修復に入る。


「白、紅、初めてではないでしょうけど、静夜の左腕は特殊です。心してかかりなさい」


「「はいっ」」姉妹が最後の力を振り絞る。

それから十五分後、無事に神命式は終了する事ができたのでした。



「咲様、そして白と紅、本当にお疲れ様です。そして、おかえりなさい──静夜様」



◆◇◆◇



-比叡山-



 一人の作務衣姿の男が、高台にあるお堂の屋根に胡座をかいて座り、夜景を眺めて酒瓶を傾けている。


厳生げんじょう

お堂の正面に立ち、下から法衣姿の若い女性が声をかける。


「おう、竜胆りんどうか。なぁなぁ聞いてくれや。無事ワイからの贈り物、受け取ってくれたみたいやわ」

厳生と呼ばれた男が、なんとも愉快そうに笑いながら話す。


「その崩玉は、私が作ったんですから、当然それはわかっています」

竜胆と呼ばれる女性は、たいそう呆れたように溜息を吐く。


「よくもまぁあんな物を贈り物と──わかっているとは思いますが、上が黙っていませんよ?」


 竜胆の歪む顔を見て、頭を掻きながら言い訳を少し考えて、巌生と呼ばれた男は酒瓶を大きく傾ける。

ぐびっ──と酒を一口飲むと、お堂の屋根から飛び降り、竜胆の前に降りた。


「まぁ竜胆さん、そう言いなやぁ。これはあくまでも、新生鬼霊対策室の統括室長への発足祝いなんやから」

竜胆は、眉間に指を当てて、ジト目で厳生を黙って見ている。


「考えてみぃ、栄神静夜がこれくらいで逝ってまう訳ないわ。必ずこちらの存在に気づいて行動してきよる。それは竜胆、あんたも望んでいる事やろう? あんさん祓い屋どもに復讐したいんやろ?」


「…………」


 厳生がお堂の階段に腰掛けて、再び酒を煽り始める。


「栄神静夜殿ですか……。式が取り込んだあの崩玉を耐えれるのですか?」

「いや多分、半身吹き飛ぶやろな。ははっ」

厳生が、鼻で笑いながら平然と答える。


「ではっ」

竜胆は、苛立ちげに彼の前に立ち睨みつける。


「竜胆さんまぁ落ち着きぃや。酒飲む? せやから問題ないて、栄神には木花咲耶姫がおる」

「木花咲耶姫……」


「あれがおる限り、栄神は不滅や。あとしばらくはやけどな」

竜胆が、怪訝な顔で厳生を見つめる。


「あなた──まさか夜叉を召喚使役したあげくに、次は愚かにも神にまで手をつけるつもりですか?」

竜胆の震える声に、厳生は酒を煽り少し笑って空を見上げる。



「そうや、ワイはな──あのお姫様が欲しいんや……」



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?