ズキッ──左腕に走る鈍い痛みと共に目を覚ます。
天井を見上げると、消灯しているLEDの電灯が見える。
全く見覚えのない部屋である事はすぐに理解できた。
「ん゙ん? ここどこや……」
私はしくじった後、体の左上半身ををふっとばされてしまい、咲耶のお陰で一命を得た。
修復してもらったまでの記憶はあるが、それ以降の記憶がない。
おそらく、とうとう痛みと疲労に我慢ができずに落ちたのだろう。
まだ再生された細胞組織が、完全には体に馴染んでいないのか、ズキズキと痛む。
上半身をゆっくりと起こし、ベットの右手にある窓を見る。
カーテン越しに高層ビル街と、大きな公園が見える。ここは堂上家の病院か?
室内を見渡すと、部屋のソファで燐の寝ている姿が見える。
どうやら蓮葉と千草は先に帰ったのか、姿は見えない。
私は、どれぐらい寝ていたのだろう。てか今何時や?
再度窓を見ると、丁度ビル街の間から朝日が登ろうとしているのがわかる。
という事は、今は早朝か。
痛む体に顔を顰めながら、ベッドから降りてカーテンを開く。
登る朝日を見ている私の隣に、神妙な面持ちの龍姉妹が現れる。
「静夜様……」「静兄ぃ……」
白は、申し訳なさそうに伏し目がちに、下を向いている。
紅は、とめどなく流れてくる涙を拭いながら泣いていた。
「ははっ……白、紅。二人共ホンマにありがとうな。お前らおらんかったら死んでたわ。ホンマありがとう」
二人に近づき、白と紅をぎゅっと抱きしめる。
「静夜様……。そのお言葉はあの方に……」
「うぅ……静兄ぃ……。ほんとによかったよぉ……うぅ……」
その白の指し示すベッドの反対側には、咲耶と控えるように水が立っていた。
「咲耶……水……」
早足でベットの反対側へ移り、咲耶と水へ近づき、二人を抱きしめる。
「ほんまにごめんな……。ありがとう」
二人を強く抱きしめて、精一杯の謝意を伝える。
「もぅ……ほんとこの子は……」
水が目に涙で貯めて、子どもをあやすように頭を撫でてくる。
ほんと水は、いつまでも経っても子ども扱いやな。
「静夜。これを……」
抱きしめていた咲耶から──「はいはい」と言うように、パンパンと背中を叩かれる。
咲耶を正面に見据えると、咲耶が緑色の石を手渡してくる。
それは、ビー玉大の勾玉の様な形状をしていた。
「これは……?」
私は二人を交互に見て、この緑の石の正体を尋ねる。
「それは、静夜が夜叉を喰った際に、同時に腕に取り込まれた崩玉よ」
水が前に出て、説明してくれる。自分の左腕を見つめて、水を見る。
「たしか崩玉というのは、仏道で言えば
私は、今の知っている崩玉の知識を述べる。
「その認識は間違っていないわ。ですが、これは明らかな故意の誘導で、静夜に崩玉を喰らうようにしむけられていた。明確的にあなたを殺すつもりで仕掛けられた罠です」
咲耶が、静かな怒りを含んだ目で私を見つめる。
「…………でも水、なんで崩玉が夜叉の中で残る事ができたんや? 本来は夜叉の中で効果を発動して石に戻るやろ?」
私の言葉に、水が少し頭を捻り答えてくれる。
「あくまで推測なのですけれど、崩玉の上に更に栄神特有の霊相でしか解けない、時限爆弾のような結界を張っていたのでしょうね」
栄神の霊相にのみ反応するって──どんな技術力やねん。そもそもそんな事可能なのか?
てか、どうやってウチの霊相の情報なんて調べたんや? もしかして対策室に敵の仲間がいるんか?
「なんやねんそれ……。かなり頭がいかれとんな……」
苛立ちベットに腰掛けて膝を叩く、そんな私の両頬を抓って水が怒った顔で私を睨む。
「静夜っ!──これからは私も、シェアハウス? ってとこで一緒に暮らしますからねっ」
「はぁ? なんで?」
水が、突拍子もなくいきなり訳のわからない事を言いだした。
最近は、咲耶もリビングに入り浸ってるし、これ以上うるさい人間が増えるのはあまり好ましくないんやけど。
「だって……。静夜が心配だから……」
「心配って……水さん? 私をいくつやと思ってんねや……もう四十やで? さすがに子供扱いがすぎるやろ」
いいんですぅ。もう決めたんだからっ!──と頬を膨らませる水と、呆れたようにため息をつく咲耶。
そんな会話の騒がしさに、燐が目を覚ます。
「静夜様?」
燐が、ソファから上体を起こして、皆がいるこちらを見る。
「燐さん、おはようございます。昨日は大変ご迷惑をお掛けしました」
燐へ、今回の謝罪の意を伝えて、深く頭を下げる。
燐が、咲耶と式達がいることに気づき、ソファから立ち上がると、涙を浮かべて跪く。
「木花咲耶姫様、そして偉大なる栄神の式神様方──この度は、静夜様をお救い頂き本当にありがとうございました。本当に……ありがとうございましたっ!」
そんな低頭の燐に、咲耶が近づき閉じた扇子で燐の頭をポンと叩く。
「燐、あなたも早く白か紅と、対等に勝負できるぐらいにはなりなさい」
燐が白と? さすがに無理やろ? もしできたとしても、それはまだまだ先の話やろ?
「えっ?」
燐自身も、明らかに無茶な指示に戸惑い、キョロキョロ周りを見渡す。
ただ咲耶は強気に微笑み、さらに扇子でポンポンポンポンと燐の頭を叩く
「素質は十分にあります。あなたが霊相の底を今の数倍に上げて、その腕の霊具を自由に使いこなせるようになれば、それぐらいは十分可能です。精進してください。これからもしごいてあげますから」
咲耶の言葉に燐は、腕にはめている明翠燐光を見つめる。
今の数倍の霊相か──血反吐を吐くような、途方もない修練が必要になるやろうな。
まぁ、燐が咲耶のしごきに耐える事ができれば、決して不可能ではないのかもしれない。
「はいっ!! 精進致しますっ!! 今後ともご指導宜しくお願い致しますっ!!」
燐が立ち上がり、瞳に大きく緑光の炎を灯す。
咲耶はそれに頷くと、振り返り「では、私達は帰りましょう」と告げて姿を消す。
「静夜、また京都でね」と、水が頭を撫でてから姿を消す。
そして続くように、白が微笑んで頭を下げて、紅が笑顔で手を振って姿を消した。
咲耶に渡された崩玉だった石を眺める。
一見は、ただの博物館などで見られるような勾玉に見える。
だが、これに霊相を込めて、経文術式を施すと崩玉になる。
「静夜様……それは?」
燐が近づき、私と同じく興味深くその石を見つめる。
「私の左上半身をふっとばした石ですよ。見ます?」
燐が、石をつまんで全体を確認する。急に燐の顔が強張る。
「あの……もしかしてこれ崩玉ですかっ!? では犯人は仏道の人間──」
慌てた様子で、顔を蒼白させて私を見る。
「まだわかりません。燐さん、とりあえずそれを大至急で、大社の宇野浄階へ送ってください」
承知しましたっ!──燐が急ぎ部屋を出ていく。
ベットから立ち上がり、朝日が昇りきった窓の前に立つ。
鬼達の急増、秋葉原の夜叉、岩手の渡り、全てが同一の集団による所業なのか?
犯人を突き止めたいのはやまやまだが、その前にやるべき事があった。
天網による、急激な霊相の消費。
反応する鬼が大量であったり強力なほど、消費する霊相も急激に増える。
今回の件を通して、どうしてもやらなければいけない事を確信する。
「天鳳千草、天網には彼女が必要や」